あれから三年
クウスは膝を震わせ、目の前の魔物を見上げる。
山獣主。
その体長は五メートルを超え、山の主と言うより山そのものだ。土にまみれた茶色い毛が全身をおおっているのも、より助長している。
周辺地域で最も危険な魔物だ。
山羊のような目は感情を読み取れない。しかしその大きな口は鋭利な数十本の牙を見せ嗤っていた。
巨大な腕についた爪もまた大きかった。小さなクウスの身長とあまり変わらない。
その爪が迫り来る。
「うわあっ!」
爪をすんでのところで避けたクウス。転がって起き上がると、山獣主の爪は家を簡単に押し潰していた。
あんなの喰らったら絶対に死ぬ。
愛犬のロクが後ろで吠えている。
「ロク! 逃げて! 家に走って、早く!」
クウスはロクに叫ぶ。このままじゃロクも殺されてしまう。
ロクは迷ったが苦悩の末に、後ろへ走り出す。助けを呼びに行ったのだ。
「ヴェェェエエッ!」
山獣主が逃げていくロクに気付き雄叫びを上げる。
足を動かし、追いかける体勢を取った。
「うわぁぁああっ!」
追わせるかとクウスは木剣を振り上げ、山獣主の腕を殴りつけた。
しかし、山獣主には虫に刺された程度の痛みだ。
「ヴェエエッ、エッ、エッ、エッ」
山獣主がまた嗤う。
「ロ、ロクは追わせないぞ! お前はボクが倒すんだ!」
クウスは目に涙を貯めながら虚勢を張る。
分かっている。この魔物に勝てる可能性は無いと。
でも、諦めない。
まだ冒険者になってもいない。
冒険はこれからなんだ。
しかし、現実は無常だった。
「ヴェェエエッ!」
横薙ぎに振われた山獣主の腕はクウスの体を木の葉のように舞い上げた。
「ぎゃっ! げほっ! ううぁ……」
家の壁に叩きつけられるクウス。
見れば、腹から血がドクドクと流れている。
爪に切り裂かれたのだ。
(ああ、すごい血が、お腹が熱い。死んじゃうのかな?)
朦朧としていく意識。
そんなクウスに向かって山獣主がゆっくりと歩き出す。
自分にトドメを刺しに来るのだと、すぐに理解った。
涙が頬を流れる。
おじいちゃんに男なら泣くなと言われたから我慢してたのに。
おじいちゃん、ボクが死んだら悲しむかな。
もしかして泣いてくれるかな。
「ヴェェエッ、エッ、エッ、エッ」
山獣主が、見下ろしていた。
泣くクウスを見て三度、嗤っていた。
悔しい。
こんなやつに殺されるなんて。
そのせいでおじいちゃんを泣かすなんて。
まだ、まだ諦めない。
諦められない。
「……ま、負け、ないぞ。絶対、お前を……ぶっ飛ばす!」
山獣主は嗤うのをやめた。
手を大きく振り上げ、すでにクウスの血に塗れている爪を振り下ろした。
クウスは心の限り、強く、強く叫んだ。
叫びは大きく、身体を震わせる。
そして、
夢から覚めた。
「はっ!?」
目を開くと、そこには見慣れた天井があった。
見下ろし嗤う魔物はいなかった。
「……ゆ、夢か。くそ」
クウスは起き上がり、根源魔法でコップに水を出す。
水を飲み干すと、部屋の木窓を開ける。すると日が差し込み、眩しさに目を細める。
もう朝だ。
昔の、夢。
昔と言っても三年前だが、クウスには随分遠くのことに感じる。
あの時、山獣主に襲われたのはトラウマだ。
当時はまだ、根源魔法が少し使えるだけの子どもだった。自分のこともボクと呼んでいた。
夢の続きは分からない。
大怪我をして、叫んだところまでしか覚えていない。
気付いたら祖父のノーマンに抱き抱えられていた。ギリギリでノーマンに助けられたらしい。
山獣主は既に死んでいた。やっぱりおじいちゃんは最強なんだと思ったものだ。
(よく覚えてないけどあの後、モリー婆やじいちゃんにいっぱい怒られたんだよなぁ)
当時は頭がクラクラしていたので、何故怒られたのかよく覚えていない。
おそらく、ロクを逃がして一人で立ち向かったからだと思うが。
部屋を出て廊下を歩く。
「今なら、あいつにも勝てる気がするんだけどなぁ」
三年前に遭遇したきり、山獣主には一度も出くわしていない。
しかし、いつか必ず再戦し勝つつもりだった。
「誰に勝つんですか?」
後ろから声がして振り返ると、金髪の小さな少女がいた。
エミリーだ。
「いや何でもねえよ。おはよう」
「おはようございます、クウスさん」
おっさんの顔が刺繍された部屋着を着て、微笑むエミリー。
この少女は、少し服の趣味がアレだった。
花に剣が刺さったもの、小怪人、誰だか分からんおっさんの顔。部屋着に施された刺繍デザインはどれも独特だった。
どこで買ったのか聞くと、古着屋で探した掘り出し物だと言う。
売れ残ってたんだろうなぁ。
部屋着以外は普通なのだが、昔ナコフにやんわり諭されて無難なものを着てるらしかった。
一か月の共同生活で、服のセンスが判明したが、基本的にいい子である。
そう、パドリソンによる誘拐未遂事件から一か月が経っていた。
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