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不倒の男


 タカスの父、ベッショ騎士爵に詰め寄られるクウスたち。

 何と言ったらいいかと考えていると。


「おい、貴様ら! ベッショ様が謝罪を求めているのだ。さっさと跪け」


 タカス父の後ろに控えていた兵士たちの中から、体格の良い男が出てきた。

 角刈りの頭に口ひげを生やした壮年の男だ。


「うるせえな、おっさん」


 クウスはイラッときたのでおっさんを睨む。すると、横にいたカリオッツが口を開く。


「タカスが死んだのは残念なことだったが、俺たちに非は無い」


「非が無いだとぉ!? 貴様らが守りきれなかったから息子は死んだんだろうが!」


 カリオッツの言葉に、大声を上げ唾を飛ばすタカス父。だ……が。


「タカスは魔物に怖気付き、俺たちを置いて一人で逃げ出した。逃げた先で他の魔物に襲われて死んだんだ。俺たちにはどうしようもなかった」


 カリオッツは包み隠さず、タカスの死因を話した。


(こいつ、よく親に言えるなぁ。でも……しょうがねえか)


 クウスはカリオッツに少し引いた。しかし、タカス父たちには真実を話すしかあるまい。この連中は、息子が死んだ原因はお前らだと罵詈雑言を繰り返す。タカスの死に塞ぎ込んでいたソーマには堪えるだろう。現にソーマは辛そうに顔を俯けている。



「な、なな、何だとぉ? む、息子を侮辱するのか、貴様らぁ〜」


 タカス父は、太った体をブルブルと震わせる。怒りが限界まで来ている。

 

「平民のクズどもが! 地べたを這いずって謝罪すれば、慰謝料と労役だけで済ませてやろうと思ったが……。わしが甘かったようだ。……ノルド! こいつら痛い目に合わせてやれ」


 謝罪の上に金まで請求するつもりだったのか。しかも労役って、もう犯罪者みたいな扱いだ。

 タカスも平民を見下していたが、この父親も相当だな。


「ははっ、お任せを。……馬鹿なやつらめ。腕の一、二本は覚悟しろ。ああ、泣いて土下座すれば早く終わるかもしれんぞ?」


 ノルドと呼ばれた口ひげの男が下卑た笑みを浮かべて前に出てくる。

 エミリーをカリオッツとソーマに任せ、クウスも前に進み出る。


「おっさんも、やられる覚悟できてんだろうな?」


 クウスはノルドを見上げて笑う。


「ガハハハ! ガキがいきがりおって。俺を“不倒”のノルドと知ってのことか?」

 

 ノルドは大笑いすると、馬鹿にしたような目でクウスを睨みつける。

 

「不倒?」


 クウスが聞き返すと、後ろにいた兵士たちが笑い出す。

 

「おいおい、ノルドさんを知らないなんてどこの田舎者だ?」

「くくく。ノルドさんはなぁ。二年前の反乱戦争において、たった一人で十人の敵兵から騎士爵様を守り切った豪傑なんだよ!」

「敵兵の猛攻に晒されながらも最後まで倒れなかった。その姿からついた二つ名が“不倒”だ!」

 

 兵士たちが説明してくれたが、クウスは不倒なんて聞いたことない。反乱戦争自体、知らない。

 

「フッ、まあ貴様らの様な冒険者風情では知らないのも無理はない。そろそろ詫びを入れたくなったか?」

 

 ノルドはクウスを完全に下に見ているようだ。


(確かにこのおっさん、()()な。でも、気にくわねえ!)


「なにが不倒だ。数分後には倒れてる姿が目に浮かぶぜ」


 クウスが挑発すると、ノルドから笑みが消えた。

 そして左手で掴み掛かってきたので、クウスはその手を逆に掴む。


「貴様ぁ、その手を離さんか! これ以上は許さんぞ」

「どう許さねえんだ? 自分で振り払ってみろよ」


 ノルドはクウスに掴まれた手を払おうとするが、動かない。

 とはいえ、クウスもノルドの手を抑えこむのがギリギリだ。

 

 クウスとノルドの腕力は拮抗していた。


 埒があかないとノルドが剣の柄に手を掛け、クウスも剣鉈を抜こうとする。だが、それと同時に。


 周囲に、闇が訪れた。


 黒いもやが一瞬でクウスたちを、いや街を飲み込んでいく。

 近くは問題なく見えるが、遠くほどもやが濃くなっていて二十メートル先は何も見えない。

 そこかしこから、パニックを起こす住人たちの声が聞こえてくる。



「な、なんだぁ?」


 クウスはノルドの手を離し即座にバックステップ、エミリーの側へ行く。


「クウス、みんな気をつけて。普通のもやじゃないわ」


 ソーマが全員に警戒を促す。


「な、なんだこれは! どうにかしろ」

「はっ! しかし、何が原因なのか」

「視界が悪いぞ、遠くが見えん!」


 タカス父はノルドたち兵士に怒鳴っているが、彼らも慌てふためいている。


 

「どうする?」


 周囲を見渡しながら、カリオッツが問う。


「あ、あの! 一旦、家に戻りませんか? ナコフ様も戻ってくると思いますし」


 エミリーが避難を提案する。ナコフとも何かあったら家に集まると決めていた。


「“不倒”のおっさんたちも固まって動かねえしな。よし、戻るぞ」


 クウスたちが家の方へ歩き出した時、前方のモヤから集団が姿を現した。


 数は、()()

 いや、奥にももう一人いるな。



「残念だが、お家には戻れねえなあ」


 集団の中にいる犬人族の男が、笑いながらクウスたちに話しかけてきた。


「……何だてめえら」


 クウスは聞いたが、何となく分かっている。

 この集団が現れたタイミングからいって、このモヤが人為的であること。

 そして、こいつらの目的は――。


「わしらの目的は、その金髪の娘じゃ。その娘を渡し、わしらに会ったことを忘れよ。さすれば、誰も傷付かん」


 痩せぎすの老人が至極、真面目な顔で提案した。


「……嘘つけ。どう考えてもエミリーが傷つくだろ。後ろにいるおっさんのニヤケ面見たら分かるぜ」


 十人組の後ろにいる紫色のローブを着た男。エミリーに向けられたその視線は、ドロドロとした暗い感情が見える。

 クウスは、絶対に渡すわけにはいかないと感じる。


「エミリーは渡さねえ。今すぐオレらに会ったことを忘れて帰れば、誰も傷付かねえぞ?」


 クウスは先ほど老人が言ったセリフをそのまま返す。

 すると、真ん中に立っていた黒ずくめの男が前に出てきた。

 

 男は髪も服も全身黒だが、目は闇を凝縮したように一際、昏かった。

 その昏い瞳をクウスに向けてくる。

 

 クウスが初めて見る()()()()()()()()()の目だった。


「……俺たちは闇ギルド“雀誅(じゃくちゅう)”の(もん)だ。……十人で“十始末(じゅうしまつ)と呼ばれてる」


 黒ずくめの男は急に自己紹介を始めた。


「闇ギルド……!」

「“雀誅”か、有名なとこだな」


 ソーマとカリオッツは知っているのか男の言葉を聞いて驚いている。


「……そして、俺の名はギルだ」


 ついに名前まで名乗った黒ずくめの男、ギル。

 誘拐をしようという連中がなぜわざわざ名乗るのか。クウスが不思議に思っていると。


「リーダー。なぜ自己紹介を?」


 ギルの横にいた高級な服を纏いステッキを持った紳士が、ギルへ問う。

 仲間も意味が分かってないようだ。


「……俺の名を知られちまった。……これでもう、誰も傷付かない未来は無くなったな……?」


 ギルは僅かに口角を上げて、薄く笑った。

 クウスは全身に鳥肌が立った。

 そのあまりに濃厚な殺気に体が警告を発したのだ。


「……全員……殺せ」


 ギルの命令が下されると、十始末が動き出す。


 目的は、エミリーの身柄。


 護衛は、全員殺す。


 殺意を撒き散らしながら、十人がクウスたちへ殺到した。


 そして。

 


「火よ!」


 辺り一帯に、爆発したかの様な炎が吹き荒れた。



  


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