魔人 VS バトルマスター
「よしっ! これで四匹目だ」
勝負開始から一時間が経過した。
今仕留めた長尾大蛙で四匹目となる。
「な、なかなかやるじゃねえか」
帽子男はクウスを褒めるが、頬の筋肉が引き攣っている。一匹目以降も邪魔してきたが、予告通り長尾大蛙を投げつけてやった。
帽子男は三回投げつけられて、ようやく手出しをやめた。結構タフなやつだ。
数分後、さらに五匹目を見つけたクウスだったが、後ろから再び声がした。
「あっ」
まだ邪魔する気かとクウスは振り返る。
すると、帽子男は驚愕の表情で、あらぬ方向を見て固まっていた。
「あ、あれだ。あれ」
帽子男が指を指す。
二十メートルほど先。そこにいたのは……長尾大蛙だ。だが、大きさがどうもおかしい。
クウスはさっき見つけた五匹目の方を見る。うん、普通の長尾大蛙だ。
もう一度帽子男の方を見る。
うん、やっぱおかしい。二倍くらいあるぞ。
体高三メートル、尻尾は長すぎて分からない。
「あ、ありゃあ突然変異個体だ。やべえ」
「変異? 強えのか?」
聞いといてなんだが、明らかに強そうだ。
「強えよ! 長尾大蛙の突然変異はランク4相当だって聞いたことある。ジパードさんじゃなきゃ勝てねえよ」
(ふーん。あのジパードってやつ、やっぱり強いのか)
「どうするかね。明らかにこっちに気付いてんだよなあ」
長尾大蛙、いや長尾巨蛙は、こちらを凝視している。
あのサイズなら人間を一呑みできるだろう。
五匹目の方は人間を誘き寄せる囮だったのかもしれない。
しかし、ランク4と言えば、以前倒した大魔鳥と同格だ。
帽子男がいるので、魔人化はしにくい。
魔人化無しで勝てるだろうか。
クウスが考えている間に周囲が動いた。
最初に動いたのは、長尾巨蛙。
飛び跳ねてこちらに向かって来る。
次に動いたのは、帽子男。
「う、うわあぁぁああつ!」
一目散に足場を移動して逃げていく。
五匹目の長尾大蛙が尻尾を伸ばすが、帽子男はギリギリで転がって躱す。
そして、そのまま走り去った。
これで、魔人化しても平気だ。
左手を胸に置き、迫り来る巨大蛙を前にクウスは笑う。
「来やがれ!」
数十分後、長尾巨蛙はクウスに解体されていた。
魔人化したクウスにはさほど手こずる相手ではなかった。大魔鳥の方が強かったと感じる。
尻尾は長すぎるので、ロープで縛りまとめている。
五匹目の普通の長尾大蛙も仕留めた。
これで、合わせて六匹だ。
もう山に日が掛かりそうなので、時間切れだろう。
クウスは開始地点へ戻るのだった。
戻る途中でも長尾大蛙に遭遇して狩ったクウス。
開始地点へ着くと、ジパードたちは談笑していた。鼻水たらして逃げて行った帽子男も元気そうだ。
「よお、待たせたか?」
クウスが声を掛けると、ジパードたちは振り向いて驚く。
「なっ! てめえ、生きてたのか?」
帽子男が一番、びっくりしている。あの長尾巨蛙に丸呑みにされたと思っていたのだ。
「逃げ切ったのか、運がい――」
ジパードは話しかけるが、クウスが背中に背負った尻尾の塊を見て、言葉が止まる。
「ちゃんと討伐してきたぜ。全部で七匹だ。さて、お前らも尻尾見せろよ」
クウスは自分が狩った尻尾を置き、ジパードたちに促すが、彼らは顔を見合わせるだけで動かない。
「ん? どうした。何匹狩ったんだ?」
「……五匹だ」
ジパードが答える。
「そっか、じゃあ俺の勝ちだな。尻尾と魔石はオレがもらうぞ」
クウスはジパードたちの方へ近づいていく。
「……はっはっは、参ったねー。いや、参った。長尾大蛙狩りは君の勝ちだよ。文句なしだ! ははは」
急に笑い出したジパード。
クウスは足を止めた。
参った君の勝ちだと口では言っているが、ジパードの目は僅かに殺気を孕んでいる。
「ふーっ、追加で褒美をあげよう。そうだ、俺が稽古をつけてやろう! これでも銀級冒険者としてウルカでは有名なんだ」
(稽古とか、何言ってんだこいつ。てかこいつ、銀級かよ)
銀級冒険者といえば、数日前に模擬戦をやったエド・ロブソンが思い出される。
あの時は木製の武器だったが……。
「おお、ジパードさんが稽古つけてくれるってよ!」
「運のいいガキだぜ。“バトルマスター”ジパードに胸を借りられるなんてなぁ」
帽子男たちはニヤニヤと笑いながら囃し立てる。
「なんだ? バトルマスターって」
クウスがジパードに質問する。
「俺の二つ名さ。これでもあらゆる武芸に精通した男として通ってる。さあ、剣を抜け。稽古開始だ!」
ジパードは槍を左手に持った。真剣でやるつもりだ。
稽古と称して甚振りクウスに負けを認めさせるつもりか。
いや、殺すつもりかもしれない。
「ふう、くそったれが」
クウスは剣鉈を抜き構える。
もうジパードは完全にやる気だ。なら勝つしかない。
ただ、一つ問題がある。
今のクウスは魔人化が使えない。
一日に二度以上の魔人化にはリスクがあるのだ。
リスクとは、疲労、そして力の暴走だ。
魔人化は元々、クウスの心身に負担を掛ける。少しずつ力を付けたクウスは、魔人化に耐えられるようになったが二度目になると、かなり厳しい。
疲労がひどければ動けなくなる可能性すら有る。
そして、クウスの制御を離れれば力は暴走し、周囲に危険を及ぼす。
幼い頃、集落で力を暴走させた時には家を数軒、吹き飛ばしたらしい。
とにかく、森の中で動けなくなるのはマズいので、魔人化は使えない。
素の戦闘力だけで、勝たなければいけない。
「ふむ、良い構えだ。剣はどこで習った?」
「故郷の鍛冶師に教えてもらった」
クウスが問いに答えると、ジパードの顔が歪む。
「ふん、田舎剣術か。ならば本物の武術というものを見せてやろう!」
ジパードは槍で真っ直ぐに突きを放つ。
クウスが剣鉈で弾くと、さらに突きを連続で放つ。
「ふむ、なかなか防御がうまいな。どんどん早くしていくぞ!」
連続の突きはスピードが上がり、時たま脛を狙って来る。ジパードは左手一本で槍を完全に操っている。
クウスはタイミングを見て突きを躱すと、間合いの中へ飛び込む。
「甘い!」
ジパードはいつの間にか右手に握っていたナイフを投げてきた。
「うっ」
ナイフを躱し、地面を蹴って下がる。
「ふっ、さあ行くぞ!」
ジパードは片手で槍を回し、勢いよく振り下ろした。
(埒があかねえ! まずはこの槍、ぶっ壊す!)
剣鉈に闘気を通して槍を迎え撃つ。狙いは穂先の下、茎だ。
「おらぁあっ!」
高速の剣が僅かに早く、槍の穂先の下を破砕した。
槍が砕かれたことに目を見開くジパード。
追撃だ。
クウスはさらに剣鉈を切り上げる。これで決める。
だが、既にジパードは右手を腰に回し柄を逆手に掴んでいた。
柄の正体は小ぶりな斧。
斧による切り上げがクウスの剣鉈と激突。
クウスの剣鉈が弾かれ、後方に飛んでいく。
それでも剣鉈に込められた力は強かった。
ジパードの斧もまた、上空に回転しながら打ち上げられたのだ。
互角か。
クウスはそう思ったが、ジパードの右手を見て戦慄する。
逆手で斧を切り上げた勢いで、振り上げた奴の右手は背に回されていた。
そして背中にある柄を掴んだ。
背負っていた片手剣が抜かれ、クウスへと袈裟斬りが迫る。
「ぐぅっっ!!」
クウスは仰け反って躱そうとしたが、胴当てを斬られた。
(くそっ! 傷は浅いか? っ、何だ!?)
僅かに出血を感じるが、問題ない。
それよりも、奴はなぜ背を向けているのか?
ジパードは袈裟斬りの勢いで何故か身体を回し背を向けた。
いや、回転は止まらない。
振り向くジパードは左手を上に上げている。
そこに。
斧が落ちてきた。
上空に打ち上げられていた斧だ。
ジパードは左手で斧を掴み振り下ろす。
「っ! 風よっ!」
咄嗟に根源魔法を発動。
突風が足元に起こりクウスを後方へ吹き飛ばした。
ジパードの斧は空振り、風を吹き散らしながら、地面に叩きつけられた。
強い。これが、銀級冒険者か。
槍、斧、剣、そして斧。
クウスが間合いから完全に外れるまで、連続攻撃は止まらなかった。
離れていてもナイフの投擲があるから気は抜けない。
ジパードは少し驚いた表情でクウスを見つめる。
「直撃だと思ったが……今のは魔道具か? あの一瞬で発動させられるなんてすごいな」
クウスが使った風の根源魔法を、魔道具によるものだと勘違いしたようだ。
「まあいい、君の実力は分かった。俺の連撃には勝てん」
勝手に勝利を確信したジパードは、クウスが剣鉈を拾う前に勝負を決めに来た。
両手に剣と斧を持ち、歩いて来る。
クウスは魔人化を使うか悩んだが、思い出す。
朝、会得したばかりの魔法を。
「てめえは、これでぶっ飛ばす!」
クウスは魔力を右手に集める。
「む、何を?」
「練魔せし掌球に幕をかけ 触れれば弾けん 破裂の波動」
右手を半透明の球体が包み込んだ。
「魔法だとっ!? くっ!」
予想外の魔法にジパードが構える。
「喰らえっ! 《魔衝球》」
フックのように右手の《魔衝球》を撃ち込む。
ジパードは右手の剣を振り下ろし迎撃する。
剣は《魔衝球に触れた瞬間弾かれる、そして衝撃波が――。
衝撃波が生まれたタイミングでジパードは闘気を込めた斧を振り下ろした。
耳に響く衝撃音。
斧によって《魔衝球》の衝撃波が打ち消されてしまった。
そして。
「終わりだ!」
ジパードの連撃。右手の剣による左薙だ。
「うおっとぉ!」
またしても胴当てを斬られたが、身体は無事だ。
相殺されたとは言え、《魔衝球》の余波でジパードの連撃はわずかに遅れた。
そのお陰で躱す余裕があったのだ。
「ふはは、まさか《魔衝球》とはな」
ジパードは笑う。この反応は……知っているのか。
「《魔衝球》を知ってんのか、おまえ」
「ああ、まあな。……君はフクマにでも習ったか?」
「っ!!」
ジパードの口から訓練場で出会った冒険者の名前が出る。
「その反応は図星か。フクマは珍しい無属性魔法の使い手だからね。訓練場で以前見せてもらったことがある」
やはり、すでに知ってる魔法だったか。クウスは歯ぎしりをする。
「……くく、その時も今のように魔法を相殺してやったよ。奴の顔は傑作だったな。無属性魔法など、役に立たんものをよく磨いたものだが、所詮その程度だ。洗練された武技の前では無力――」
「うるせえぞ、こら…… !」
クウスは殺気を放った。
訓練場でクウスに魔法を教えてくれたフクマは、確かに強くない。
魔力量も多くないし、身体能力も普通だ。
だが、あの冒険者を馬鹿にするのは許せない。
無属性魔法を組み合わせた戦法で強くなる。
そう決めて自分の冒険に突き進む男を、馬鹿になどさせない。
させてたまるか。
「決めた。てめえは、絶対この魔法でぶっ飛ばす!!」
再び魔力を右手に集めるクウス。
それを見てジパードは嗤う。
「くくっ、大した殺気だと思ったが……所詮ただのガキか。フクマのような雑魚を気にかけるとは。
ならば、そのくだらん魔法もろとも斬ってやろう!」
ジパードは構え、剣と斧に闘気を通す。今度は相殺ではなく押し勝つつもりだ。
「いくぞ! 練魔せし掌球に幕をかけ 触れれば弾けん 破裂の波動」
魔力の大半を込めていく。
クウスが訓練場で会得した魔法、その真価を見せる。
魔力による球体が右手を大きく包んだ。
「おぉぉおっっ! 《《《魔衝球》》》」
クウスは踏み込むと一気にジパードの間合いに入る。
そのスピードは早いが、ジパードは驚かない。
クウスの撃ち込む《魔衝球》とジパードの剣が接触。
半透明の球体が弾け、衝撃波が襲う。
それをジパードの斧が即座に相殺する。
今度は、衝撃の余波すら残さない完璧な相殺だ。
魔力を随分と込めていた割に呆気ないとジパードは感じる。
そして、ジパードはすでに回転し連撃に繋げている。
勝負を決める斬撃。
ジパードは最後にクウスの表情を見た。
笑っている。
なぜ?
クウスはなぜか右手を再び撃ち込もうとしている。
やけくそか? そう思ったジパードは右手を見て驚愕する。
半透明の球体が右手を覆っている。
たしかに相殺したはずの、しかし間違いなく《魔衝球》だった。
剣には既に闘気を纏っていない。
耐えるしかない。
鎧をつけている自分ならば耐えられる。
そう覚悟を決めたジパードの剣と、クウスの《魔衝球》が再び接触した。
今度の衝撃波は、破裂音とともにジパードを襲った。
凄まじい衝撃。
剣は砕け、鎧には亀裂が入った。
だが、身体はまだ動く。
「耐えたぞっ!!」
ジパードは雄叫びを上げた時、クウスの右手を見た。
衝撃波を放出し切った瞬間、球体が内側から現れた。
なぜ、視界に半透明の球体が映っているのか。
まるで、重ねて発動したような――。
再びの衝撃波にジパードは吹き飛んだ。
そして、数メートル離れた巨木に激突。
鎧は完全にくだけ、意識は朦朧となる。
「どうだ、これがフクマの《魔衝球》だ!」
クウスが自慢げに吠えた。
「……いや、これは……別物……だろ」
魔法の多重発動による連撃だ。
この化け物によってフクマの魔法が化けた。
とんでもないやつに稽古をつけてしまったと後悔して、ジパードは意識を失うのだった。
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