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娘のわがまま


 クウスたちが今いる部屋はとても広い。

 丸いテーブルが四つ、椅子がそれぞれ二脚ずつ置かれていて、壁にも色々な調度品が飾られている。


 メットがテーブルにお茶の入ったカップを人数分、並べる。

 使用人らしく慣れた手つきだが、その顔には縦に黒い三本線が入った仮面を被っている。異様だ。


「なあ、なんで仮面をかぶってるんだ?」


 クウスが好奇心に勝てず聞く。


「やはり気になりますか。数年前、戦争に巻き込まれまして。顔を大怪我し命は助かりましたが、治療跡が見苦しいので仮面を付けています」


 よく聞かれるのだろう。メットはスラスラと理由を口にした。


「メットはキャドエットっていう国から流れて来たのさ。ゼーレイド帝国との戦争で滅んでしまってね。ひどいものだよ」


 町長はメットの素性を知っているようだ。

 帝国は前にも酒場で噂を聞いた。戦争が強い国らしい。



「それではこちらでお待ち下さい。エメ様は隣の部屋にいますので、すぐにお呼びできるかと思います」


 そう告げると、メットは隣の部屋に入っていった。扉の向こうが一瞬覗けたが、扉の隙間からは棚や壁しか見えなかった。

 案内された部屋と隣の部屋は一枚の扉で繋がっているみたいだ。たしか廊下側にも、位置的に隣の部屋へ通じていそうな扉があった。

 

 

 

 メットが入って行った部屋。町長は昔、(エメ)の父親が生きていた頃に、この部屋で十人ほどが集まって宴会をしたそうだ。


「その頃から隣の部屋は寝室だったのか?」


 カリオッツが尋ねると町長は首を横に振った。


「いや、当時は違ったと思う。十年以上前だからね。この前来た時は隣の部屋でエメに会ったんだ」


 カリオッツたちがそんな話をしている横で、クウスは壁に飾られた大きな刺繍に目を止めた。


 刺繍は絵になっているのだが、恐ろしく細かい。完成には年単位の時間が掛かるはず。

 たとえ刺繍が天才的に上手かったとしても、これを作れと言われたら尻込みするだろう。

 

 色とりどりの糸は、争いを描いているようだ。

 片方は剣を持った人物が先頭に立ち、後ろに沢山の戦士たち。

 そしてもう片方は、両手から火と風を放たんとする金糸や銀糸の混じる白髪の人物が先頭に立つ。

 率いているのは尾を何本も持つ獣や、ゴーレム、それに浅黒い肌の戦士や魔法使いだ。

 

「すごいわね、この刺繍。勇者と魔人の戦いかしら」


 クウスが刺繍に見入っていると、ソーマが話しかけてきた。


「勇者と魔人?」


「ええ。知らない? 五百年くらい前、“魔導の時代”って呼ばれる大昔に、聖剣を持つ勇者が大陸を滅ぼそうとした魔人を討伐した戦争よ」


「……魔人。魔人ってのは何なんだ?」


 魔人という言葉を聞いて、クウスは魔人化を思い出した。封印を解放した時に集落の人間が発した言葉から魔人化と名付けたが、そもそも魔人とは何なのか。


「魔人は……何て言えばいいのかしら。人間だって言われてるけど、逸話が凄すぎて神や悪魔じゃないかとか、架空の存在じゃないかって説もあるの」


「なんだそりゃ。でもこっちの勇者ってやつに負けたんだろ?」


 剣を持った人物を指さす。


「ええ、討伐されたわ。でも数年後に別の大陸にまた現れるのよ。だから不死身だって言われてるの」

「じゃあ今も生きてるとか?」


 もし生きてるなら見てみたい。めちゃくちゃ強そうだ。


「魔人は今――」


 ソーマの言葉の途中で、隣の部屋のドアが開いた。出てきたのはメットだ。


「申し訳ございません。エメ様の支度はもう整いますが、私は別に用事を申し付けられてしまいましたので少し席を外します」


「ああ、それはいいが、君を待った方がいいかな?」


 町長が聞くと。


「いえ。支度が整いましたらエメ様が声を掛けられますので、呼ばれましたら部屋に入って頂いて構いません」


「そうか、わかったよ」


 どうやら、メットは同席しないらしい。


 メットは隣の部屋のドアを僅かに開けたまま、すぐに廊下へ出て行った。廊下を歩く音は遠ざかっていく。



「……廊下で何か魔法を使うのかと思ったが、違うようだな」


 耳を澄ませていたカリオッツが呟く。


「もう魔法を掛けられた後だったりしてな」


 クウスはそう言ったが、それは無いと分かっている。隣の部屋からは魔力の反応は一切無いからだ。


「私たちに魔法を掛けたなら、さすがに気付くわよ。隣の部屋に魔法が掛かってても入る時に気付けるわ」


 ソーマも同意見のようだ。クウスと違って魔力の感知範囲は狭そうだが。

 


 

「あの、すいません。着替え終わりましたので、どうぞお入りください」


 少しして、隣の部屋から少女の声が聞こえてきた。

 クウスたちと町長は、一瞬顔を見合わせ頷くと立ち上がる。


「ええ、それでは失礼するよ」


 町長が扉を開けて入り、クウスたちも続いて足を踏み入れる。


 中で待っていたのはベッドで上半身だけ起こした少女だった。

 服は着替えたのか、寝巻きではなくリボンが付いた服で、肩から上衣を掛けていた。

 少女は痩せていて、顔色も良くない。

 しかし来客に対応するためか、僅かに微笑んでいる。


「ベッドの上から失礼します。町長さん、今日は話がしたいとか」


「あ、ああ。……もう一度見ても信じられない。エメ、君は何で生きてるんだい?」


 町長はやはり、魔法だと思えないのだろう。死人が蘇る。そんな奇跡が起きたのではないかと、考えてしまう。


「ソーマ。この部屋に魔法や魔道具の反応は?」


 カリオッツが小声でソーマに聞くが。


「……な、何も無いわ。魔術の痕跡も見当たらない。あの子も生きている人間にしか見えない。どういうこと?」


 ソーマは部屋に入ってからずっと魔力を感知しようとしていたが、全くといって反応が無かった。

 魔法も、魔術も、そして魔道具も何も使われていないのだ。


「なぜ生きているのか、私にも、分かりません。ですがこの屋敷の解体は待ってほしいです」


 少女は俯きながら弱々しく町長に懇願する。なぜ自分が生きているのか分からず困惑している、ように見える。


「そ、そうか。なら金主には私から話そう」


 町長には、どう見ても本人としか思えなかった。そのあまりに儚い少女の姿に心が痛み、これ以上疑うことができなかった。

 

 だが。


「お前すげえな。それどうなってんだ?」


 心底、驚いた。

 そんな表情でクウスは少女を凝視していた。


 そして、一歩、ベッドへ踏み出す。


「何がですか? あの、町長、この方たちは?」


 少女はクウスに少し怯えるような反応を見せて町長に問いかける。


「おいおい、知ってるだろ。さっき屋敷に入る前に自己紹介したじゃねえか。

 オレは、クウスだ。

 お前は?」


 さらに一歩、ベッドへ近づく。


 クウスの言葉に意表を突かれたのか、少女が固まる。


「……わ、私は――」

「エメ、なんて言うなよ? もう分かってんだ」


 先回りするようにクウスが少女を、いや()を追い詰める。


 そして。


 左の拳を握り、本気で突きを放った。



「「ああっ!?」」


 クウスによる突然の凶行に驚いたソーマと町長。


 だが、すぐにまた驚愕する。


「えっ?」

「うそ? ……受け止めてる」



 クウスの放った突きは止められた。

 

 クウスが自分で止めたわけでも、周りの人間が止めたわけでもない。

 

 突きを打たれた少女が、両手で受け止めたのだ。



「……なぜ、分かった?」


 少女は()()()()でクウスへ問う。

 その視線は先ほどまでの気弱な目ではない。目の前にいるクウスを計るような、観察する目だ。


「何となくだ。魔力の感じ? 中身が同じなんだよな」


 クウスが気付けたのは、覚えていたからだ。


 最初に門で会った時、怪しすぎる仮面男を見て興味が湧いた。この男はどんな魔法を使って町長を騙したのか。

 

 だから、クウスは男を観察した。

 門から屋敷の中へ案内されている時も、部屋でお茶を用意された時も、仮面について聞いた時も。

 ずっと観察していた。

 観察しながら自然と、男が体に宿す魔力の質まで感知していた。

 すると、常人よりも多めの魔力を持っているが、魔法使いほどには洗練されていないことに気付いた。

 

 その魔力の質をクウスは覚えていたのだ。

 かなり朧げな感覚だった。(エメ)に会うまでにもう少し時間が空いていたら、きっと忘れていただろう。

 だが、運はクウスに味方した。


「……一種の、天才か。わた、しの変、装が、見破ら、れると、はな」


 少女の顔が蠢く。そして変わっていく。

 眉の位置がズレ、垂れ目がちだった目は僅かに吊り上がり、唇は少し厚ぼったく、メキメキと音がするので表面だけでなく骨の形まで変化しているようだ。

 ついには男、いや、性別の判断が付かない中性的な顔つきとなった。


 そして彼が再び仮面を被った時、すでに体つきは門で会ったメットの、成人男性の骨格に変化していた。

 クウスは顔の劇的な変貌にばかり注目していたが、肉体も変化していた。


 メットは女物の服を脱ぎ捨て、丈の長い上衣を羽織る。

 毛布に隠されていたが、下半身は門で会った時のままで、最初から着替えていなかったようだ。



「うはー、すっげえなそれ。魔法じゃねえよな? どうなってんだ?」


 実際に見てもどうやって骨格まで動かしているのか、まったく分からない。

 魔力は使われていない。闘気は感じたが。


「これは幼少期から特殊な訓練が必要だ。私のは特に異様だと言われる」


 メットは上衣の内側から、丸い輪っかを取り出す。


「密偵、または殺し屋か?」


 カリオッツが丸い輪に警戒しながら予想を口にする。


「……密偵だ。元な。今はただの使用人さ」


 丸い輪は外側が研がれ刃になっている。


「み、密偵? メット、お前いったい」


 町長はさっきの変形、いや変態を見せられた上に元密偵という新情報に、クラクラしている。


「安心してください、町長。密偵だったのは別の国ですし、何年も前です。この町ではただの使用人として生活してきました」


 丸い輪は一部分だけ、手で握れる持ち手になっていた。


「な、なんで立ち退きを拒否しているの? 亡くなった子に変装してまで」


 丸い輪、チャクラムを指に引っ掛けクルクルと回すメット。

 それに嫌な予感を覚えたのか、顔を強張らせながらソーマが質問する。


「……エメ様のためだ」


 一瞬、今は亡き少女を思い出したのか、チャクラムの回転が止まる。


「エメの? どういうことなんだ?」

 

 町長も、メットの雰囲気に何かを感じとったのか、汗をかきながら問い返す。


「エメ様は、最後の最後に言われたのだ――」


 メットは思い出す。

 あの日、命の灯が消えた日に少女が遺したわがままを。

 メットが少女の父親に雇われた四年前から、病弱な身体に苦しみ続けた少女。

 それでもわがままを言うことの無かった少女が初めて言ったわがまま。

 最初で最後のわがままを。

 

 

 

 『あと三ヶ月もすれば、屋敷の周りに花が咲くね。

 私、あの花が好き。ううん、あの花に囲まれた屋敷を見るのが好き。

 ……パパやママが居たころを思い出すの。

 

 初めてこの屋敷に来た時にね。一度だけ、パパとママと三人で外から屋敷を見たの。

 花に囲まれた丘に立つ私たちの家。見てるだけでとても楽しくて、嬉しくなったわ。

 

 本当に綺麗で、優しい景色なのよ? あ、メットは外に出てるから毎年見てるわよね。

 

 あーあ、見たかったな。

 パパもママも、もう居ないけど、メットと最後に見たかったわ。

 だって、そうでしょ?

 ……一緒に見れば、メットがあの花を見た時に私のこと、思い出してくれるでしょ?

 

 見れなくてもいつでも思い出す?

 ふふっ、だめよ、メット。

 私が死んだらあなたは自由になるの。旅に出てもいいし、新しい主人に仕えるのもいいわね。あなたの百面相があればきっと皆んなに好かれるわ。

 私のことなんか一年に一度くらい思い出してくれれば、それで十分よ』

 

 

『ゴホッ! ゴボッ! はあっ、はあ、もうだめみたい。

 メット、今までありがとう。……最後まで、あなたが、はっ、居てくれたから、はあ、寂しくなかったわ。

 

 ……でも、ごめんね。

 はあ、はあ、さ、最後にわがまま、言うわ。

 私、死んでも、しばらく天国には…行かない。

 ゴホッ! ここに留まって、花が咲くの、を待つわ。

 それで……花に囲まれた屋敷を……あなたと一緒に…見るの。

 だから……それまで、屋敷(ここ)に残って…ね。

 

 ……本当?……約束よ?

 嬉しい。 ……もう、怖く……な…………い………………………………』 




 亡き少女の最後を語ったメット。

 思い出せば絶望も、愛おしさも、願いも、全てがない混ぜになって胸が張り裂けそうになる。

 

 しかし、だからこそ引けない。


 

 「あの子の……わがままだ。……だが! あの子との約束だ! 邪魔をする者は……許さん!!」


 メットはチャクラムを握りしめ、構えた。


 

 

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