立ち退かない使用人
「はあ、はっ、はあ。やっと見えてきたぜっ。はあ、馬車だ」
サイスロが息を切らせながら荷車を引く。数十分かけて積んだ物品は荷車を満載にしてしまい、かなりの重量となっている。その荷車を後ろから押しているのはクウスだ。
先頭は行きと変わらずクワイス。誰か一人は警戒をしなければいけないのだが、クウスとサイスロからは楽に見えて羨ましい。
「お帰り。わ、すごい一杯ねぇ」
ソーマがクウスたちを出迎え、荷車に積まれた山を見て驚く。
「ああ、戻って来ましたか。そろそろ先を進みましょう。明日にはミナワガに着きたいので」
体力の消耗が激しいクウスとサイスロに、アントンが無慈悲の宣告をする。
ミナワガとは、モクバからウルカまでの途中にある小さな町のことだ。明日の夕方には着きたいらしい。
荷車は野盗の生き残り八人のうち四人を手首だけ縛った状態で、二人に曳かせ、もう二人に押させる。
残りの四人は後ろ手に縛った状態で、腰にもロープを結んで数珠繋ぎにして歩かせている。リーダー格だった傷男、チュウもこの中にいる。
奴らの後ろにはクウスとサイスロがついて、逃走を警戒する。
日が落ちるまで歩き、野営を始める。
野盗どもには水だけ与えて木に縛りつけた。
縄抜けをして逃亡する可能性を考えて、最低限の水分しか摂らせないらしい。体力が落ちた状態にしておけば、逃亡しにくいってことだ。
そして、明日はまた長時間歩くので、朝だけ軽い食事を摂らせる。
これらのことはサイスロが得意気に話してくれたのだが、サイスロも先輩冒険者に教えられたと言う。
ちなみに盗賊は町で衛兵に引き渡す予定だ。
そして、現在は食事も終わり、野盗のアジトから持ってきた金品を確認している。山分けにするために。
野党たちの金と武器・防具、置物などの工芸品、魔石や革などの魔物素材、食料や衣類と色々だ。
話し合いの末に工芸品と衣類、食料は、アントンに買い取ってもらうことに。銀貨4枚だ。
武具は武具屋に、魔物素材はギルドに持ち込む。
そしてお金。野盗のアジトに置いてあった分と、奴らの手持ち分の合計は、137万リーセだった。
アントンからの買取代金をプラスして141万リーセ。
「じゃあ、金は七等分でいいな? 1万余るけどどうする?」
サイスロが硬貨を七つに分けながら、みんなに聞く。
「ポズルに渡せばいい。見舞い金代わりだ」
カリオッツの提案に、全員が賛成した。
ポズルは一度起きて夕食を少し食べたのだが、すぐに眠ってしまった。本調子には程遠そうだ。
クウスたちは一人20万リーセを受け取った。
クウスが財布に硬貨を入れていると、サイスロが呟く。
「でも、思ったより少なかったな。あいつらもう仕事を終えて逃亡する予定だったって、言ってたよな? それにしては大した物無かったし、金もそんなでもなかったぜ」
「この辺りの街道が治安悪いって噂になっていたんでしょう? 稼ぎよりも身の安全を選択したのよ、きっと」
サイスロの疑問にソーマが推測を返すが、クウスには理由が分かっていた。
おそらく、小人のコッチャを売り飛ばす予定だったからだろう。コッチャは小人を売れば大金になると言っていた。
それかコッチャの持ち物の中に、貴重な品があった可能性も考えられる。そう考えたところで、クウスは自分の懐にしまっている腕輪を思い出す。
コッチャは貴重な物だと言っていた気がする。
アジトで得た物を山分けするなら、この腕輪のことも話した方がいいかも、とクウスは一瞬考えるがすぐに否定した。
コッチャの物を本人から貰っただけだから、腕輪はクウスが身につけて問題ないはずだ。
ただ、腕輪はしばらく隠しておく。見られると説明が面倒だし、コッチャのこともあまり話したくないからだ。
次の日、小さな町ミナワガに到着した。
予定通り、日が傾く前である。
野盗たちを衛兵に引き渡し、宿へ行く。
宿の部屋は広く、掃除も行き届いていた。二階が部屋で、一階は小綺麗な内装の食事スペースになっていて、他の宿泊客がくつろいでいる。
宿泊費は一泊朝・夕食付きで大銅貨6枚だが、アントン持ちだった。
「綺麗な宿ね。別料金でお風呂も借りれるみたいだから、後でアノリと一緒に行ってくるわ」
ソーマは風呂が有ると聞いてご機嫌だ。安い宿では桶に入ったお湯で、体を拭き清めるぐらいだ。
風呂に入りたければ風呂のある高い宿に泊まるか、たまに共同浴場に行くかだ。
クウスはツァムルで共同浴場に入ったが、狭くてむさ苦しかったので、一度しか利用していない。
ただ、温かいお湯に浸かるのは好きだ。集落で暮らしていた頃は、根源魔法で水を出して火で熱したお湯に、しょっちゅう入っていたのだ。
そのうち、野営時に即席の風呂を作って楽しもうと思っている。
宿の一階でアントンやサイスロたちと、遅めの昼食を摂っていると、アントンに来客があった。
「アントン、野盗に遭ったんだって?」
「おお、町長。お久しぶりです。何とか助かりましたよ」
アントンに会いに来たのは痩せた中年の男で、ミナワガの町長だという。
実はアントンはこの町の出身で、町長とも古い知り合いだそうだ。互いに気安く話している。
町長を呼んだのは、今回野盗のアジトで手に入った工芸品・衣類・食料を安く譲るためだった。宿に着いた時点で御者の男が知らせに行っていたらしい。
アントンと町長は商談が済んだ後も世間話をしていたが、町長は最近悩みがあるという。
「町の西に屋敷があるだろう? あそこの使用人が立ち退きを拒否していてね」
「立ち退き? あそこは確か父親が亡くなってから一人娘が暮らしてたんじゃ?」
町長の話す屋敷をアントンも知っているようで、立ち退きという穏やかじゃない話に驚いている。
「ああ、娘のエメがな。でも三ヶ月前に亡くなってね。契約に基づいて屋敷は接収されることになったんだ。でも――」
話をまとめると。
町の西側にある大きな屋敷で商人の娘エメと使用人が二人で暮らしていた。エメは病弱で屋敷の中から出られず、療養生活を続けていた。
ところが、数年前に遠方の街で商売をしていた父親が、大きな借金を残したまま亡くなってしまう。借金のかたに屋敷の土地も含まれていたが、父親は金主と契約をしていた。
娘の存命中は屋敷の所有権を取り上げないこと。借金の催促も娘には行わないこと。そして、娘が屋敷を出て行ったり亡くなったりした場合は、屋敷と土地を明け渡すこと。
そして、三ヶ月前に娘が亡くなった。
金主は契約通り屋敷と土地を手に入れたので、古びた屋敷を改修して別荘にしようと計画した。
ところが、困ったことに使用人が出ていかないらしい。
「金主が商会の部下たちを屋敷に寄越したんだが、メットは立ち退きを拒否した。あ、メットって言うのが使用人の男でね」
使用人は主の娘を世話していたので、町での買い物や雑用を通して町人とは顔見知りらしい。町長も面識はあるそうだ。
「あの、立ち退きを拒否しても、契約はしっかり残ってるんですよね? 強制的に追い出されるだけでは?」
話を聞いていたソーマが疑問を口にする。
「いや。既に力ずくで追い出そうとしたんだけど、返り討ちにあったんだよ」
金主の部下たちは、何度か屋敷に顔を出し説得を続けたが、使用人の首は横にしか動かなかった。
そしてついに、雇われの力自慢が数人送り込まれたのだが、全員返り討ちにあったという。
それが先月のことだ。
「私も町長として、暴力沙汰になった以上見過ごせなくてね。屋敷を訪ねたんだ。ところがね、……そこにエメがいたんだ」
町長の言った意味が分からず、その場が一瞬静かになる。
「え、えーっと、エメって亡くなった娘さんですよね?」
アノリが確認すると、町長は複雑な表情をして口を開く。
「そう、そうなんだ。亡くなった、……はずなんだよ。でもエメはベッドで横になったまま、弱々しい声で私に挨拶をしたんだ。『ご迷惑を、お掛けして、すみません』ってね。……混乱したよ。無性に怖くなって屋敷を飛び出して走って帰ったさ」
次の日、町長は再び屋敷を訪れ、玄関に現れた使用人を問い詰めたそうだ。
すると、彼は「お嬢様が居るのだから屋敷からの立ち退きは認められない」と言う。
「つまり、死んだと思われていた娘が実は生きていたので、金主との契約はまだ続いていると?」
アントンは、勘違いから始まった話なのかと思ったようだ。だが。
「いや、死んでいるのは間違いないんだ。当時、町の医者も死亡を確認しているし、墓地には墓も作られてる。……意味が分からないよ」
町長は娘が死んだのは確実だと言う。だからこそ今の状況が理解できず、どう対処すればいいのか困っているようだ。
「そんなの簡単だろ」
それまで黙っていたクウスが口を開く。
「おいおい、クウス。話が分からんからって適当なこと言うなよ?」
サイスロが揶揄ってくるが、クウスは話を続ける。
「町長のおっさんが会ったのは、エメってやつにそっくりな誰かか、化けている誰か、だろ?」
クウスの予想は替え玉。
立ち退きを拒否する理由は分からないが、娘が居れば立ち退きは無くなる。
では、そっくりな人間を探すのか。それはかなり難しいだろう。
ならば、手段は限られる。
「そうか、魔法ね! いや、もしかしたら魔道具?」
「ああ。幻惑魔法とかならできるだろ」
クウスの言葉で、ソーマは気付けたようだ。
クウスはアグを撫でながら、正解を言う。
この猫は姿を消したり、声の位置をずらしたりと色々できる器用なやつだ。
その使用人も何か魔法の類を使えるのだろう。
「メットが魔法を? でも、それならあり得るのかな。ならやはり説得しないといかんなぁ」
屋敷に居たのが娘ではないのなら、立ち退きはしなければいけない。と町長は困り顔だ。
「このまま立ち退かないと、次は兵士が捕まえに来るかもしれませんね」
アントンも最悪の事態を想像する。
時間が経てば経つほど、金主側が強行策に出る可能性が高くなる。
「屋敷に行って、魔法を見破ればいいんじゃねえか?」
魔法や魔術なら術者が、魔道具ならその物が存在する。探せば見つかるはずだ。
「うーむ。しかし私じゃ魔法を見破るなんてできないしね。……もし、よかったらなんだが、協力してもらえないかね? そちらのお嬢さんなんかは魔法使いだろ?」
町長はクウスたちを、特に杖を持ち魔法使い然としたソーマを見て、協力を求めた。
「私たちはアントンさんに雇われていますから、依頼主の許可があればいいですけど」
「おお、それなら私は許可しますよ。ぜひ町長の力になってあげて下さい。でも町長、彼らは冒険者ですから何か報酬をあげて下さいね」
ソーマがアントンの許可を持ち出すと、アントンは快諾した。
クウス、カリオッツ、ソーマの三人が協力することになり、町長は三人で銀貨3枚を報酬として提示した。
日が傾き始めた中を町長について行き数百メートル歩くと、茜色に染まる小さな丘の上に建つ屋敷が現れた。
石造りだが、所どころに変色や亀裂などがあり長い年月を感じさせる。
屋敷の周りには草が生い茂っていて、蕾をつけている。
舗装された道を通り屋敷の前、小さな門に着くと、町長が門の呼び鈴を鳴らす。
「おーい、居ないのか?」
何度か鳴らすと、内側から門が開かれた。
出てきたのは、丈の長い上着を着た人物。
「……町長。また来たのですか」
落ち着いた男性の声だ。
「やあ、メット。悪いね。エメと話をしたくてな」
「エメ様に? この前も会ったでしょう。エメ様は体調が――」
「うん、それは分かってるんだが。この前はろくに話さずに帰ってしまったから。今回の一件、しっかりと本人から話を聞かないといかん」
町長が使用人の言葉を遮り、娘に会う必要があると訴えた。
だが、使用人の表情は読めない。
「……エメ様の支度に、時間をもらいます」
メットは小さくため息をつくと、少し待てと言う。
魔道具か何かを使うつもりかもしれないと、ソーマが口を挟む。
「メットさん。我々は気にしませんから、すぐにお会いできれば――」
「突然の来訪だけでなく、身支度の時間すら頂けないと? ……中に入ってお待ち下さいませ」
声は平坦だが、有無は言わせぬ物言いだった。
それ以上ソーマは何も言えず、クウスたちはメットに促され門を潜る。
クウスは少しワクワクしていた。
魔法なのか魔道具なのか。
町長が見た娘の正体。
そんなことよりも気になっていた。
前を歩く使用人のことが。
仮面を被った怪しすぎる男のことが。
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