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雨上がりの火花


 翌朝、モクバの町を守る門の前広場にクウスたちの姿があった。

 空はどんよりと曇っていて、いつ降ってもおかしくなさそうだ。


「それでは出発しましょう」


 商人のアントンが声を掛けると、馬車がゆっくりと動き始めた。馬車は二頭曳きが二台で、御者はアントンの部下たちが務めている。

 アントンは仕入れた商品と一緒に荷台に乗る。


 クウスたちは護衛なので、馬車の周囲を歩く。

 馬車の少し前を歩くのはカリオッツと、“俊英の槍”で斥候のクワイスだ。クワイスは狐人族という狐の獣人種で、大きな耳と尻尾が特徴。耳がたまにピクピクと動いている。


 馬車の左側は、クウスとソーマが。

 右側は、“俊英の槍”の丸刈り男ポズルと、紅一点のアノリが守っている。

 アノリはクワイスの妹で、同じ狐人族だ。気のせいかクワイスよりも尻尾の毛がフワフワしている。


 そして、二台の馬車の後ろを歩くのは、“俊英の槍”のリーダー、サイスロだ。今のところ真面目に警戒しながら歩いている。


 サイスロたちは“俊英の槍”というパーティー名で活動しているのだが、名前の由来は全員が槍を使っているからだと言う。

 前衛で戦士のサイスロとポズルは長槍を使い、斥候のクワイスと魔法使いのアノリは短槍を使う。

 アノリは魔法使いと言っても、治癒魔法を多少使えるだけで攻撃は武器頼りだそうだ。


 

 朝から天気は悪かったが、昼前になると小雨が降り始めた。

 クウスたちは外套が防水使用になっているので多少の雨なら問題ない。ただ、地面が濡れて危ないので転倒には注意する。


 昼過ぎに雨が強くなり始めたので、街道沿いに生えた木々の下に馬車を入れ休憩となった。


 クウスたちは朝に宿屋で買っておいたパンを出して食べる。肉と野菜、卵が挟まれていて、上からソースが掛けられている。

 少しパンが硬かったが味はよかった。ソーマに聞くとユリン鳥の肉と卵だと言う。

 アグにはナッツと干し果実だけ与えた。ここで集落から持って来ていたグイミの実が尽きてしまった。最後の一個はクウスが食べた。おねだりするアグの鳴き声なんて聞こえなかった。

 ちなみに、移動中のアグは馬車の幌の上にいる。アントンやサイスロたちには普通の猫として紹介済みだ。



「――でも、俺たちも槍を使う以上は、負けてられねえよ。だろ? クウス」

「え? すまん、聞いてなかった。何の話?」


「だからな、最近“青天の導き"って四人パーティーが名前を売っててさぁ。んでそいつら、俺とタメぐらいの年らしいんだよ」


 また他の冒険者の噂話をしてるのか、と思うクウス。たしか、サイスロはカリオッツと同じ十九歳だと言っていた。他の俊英の槍メンバーは十八から二十歳。

 

「しかも四人のうち二人は銀級なんだぜ? こっちはまだ四人とも銅級なのによ〜」

「へえ、銀級ってエドと一緒か。じゃあ強えのかな?」


 昨日模擬戦をしたエド・ロブソンは強かった。互いに本気を出す前に終わってしまったが。

 銀級に上がる条件は知らないが、強さが基準なら、その青天の導きとやらも間違いなく実力者だろう。


「どうだろうな? たまたま運良く上がれただけかもしれねえぜ。そいつらも他国の――」

「あまり憶測で噂を流すのは良くないですよ、サイスロ」

 嫉妬丸出しで熱が篭ってきたサイスロの語りを、アノリが遮った。

 サイスロは昨日のエドたちとの一件を思い出したのか、咳払いを一つして話を続ける。

 

「……まあ、俺たちも負けてられねえぞって話をしてた訳よ。その青天の導きにも一人、槍使いがいるっていうしな」

「槍か〜、オレは槍はあんまりなぁ。剣の方がいいだろ」


 クウスは少し苦い顔をしながら呟く。

 それというのも、槍というと昔を思い出すのだ。一度も祖父ノーマンに勝てず、槍を教わるのをやめた幼少期が頭をよぎる。


「何言ってんだよ、槍はいいぞー! 間合いは剣より広いし、狭い場所でも突き技がある」

「まあ、それは知ってるけどよー」

「サイスロたちは全員槍を使っているのは何でなの?」


 サイスロの槍推しにクウスが顔をしかめていると、ソーマが気になってたことを聞く。

 パーティー全員が槍使いってどうなんだ、と。


「ああ、僕ら四人は同じ街の出身でね。槍を教えてくれる道場が近所にあって、そこで知り合ったんだ。だから、皆んな最初から槍使いなわけ」


 丸刈り男ポズルが答えた。


「全員槍だと、バランス悪くないのか?」


「それが、同じ道場に通ってたから連携は悪くないんだ。ただ、魔物の種類によっては遠距離攻撃が欲しいね」


 クワイスが苦笑しながら話しているが、長槍と短槍では近中距離しか対応できない。


「でも、みんな槍を離したがらねえんだから、しょうがねえさ」

「やっぱ有名な槍使いに憧れて冒険者になったしねー」


 サイスロがロイホ棒を食いながら呟くと、アノリも頷いて笑う。


「槍使いか、どんな奴がいるんだ?」


 カリオッツがサイスロに有名な槍の使い手を聞く。


「そうだな、強いやつはいくらでもいるけど。あ、中央ブリアテス大陸だと特に有名な槍の名手が三人いるぞ」


 中央ブリアテス大陸は、今クウスがいるエステマ王国を含め数十の国がひしめく大きな大陸だ。大陸名に中央と付いているのは、世界地図の中央に描かれているからだとか。

 


「一人は、“イビルランサー”だな」

「あーやっぱり」

「その二つ名は絶対出ると思いました」


 サイスロが一人目を挙げると、ポズルとアノリが予想通りだと反応する。よほど有名らしい。


「“イビルランサー”はゼーレイド帝国の軍人で、とにかく強えって話だ。戦争の度に名前を聞くぜ。

 で、二人目はそうだな……“聖槍”かな」


「ああ、外れた」

「ふふ、“聖槍”も予想どおりです」

 今度はポズルは外したようだ。アノリは二連続で正解。


「“聖槍”……名前的に聖国か?」


 カリオッツが二つ名から、予想する。


「お、そうそう。ティーブル聖国の聖騎士さ。まだ若いのに、遥か彼方の敵を槍で貫いたとか悪魔を屠ったとか逸話は多いんだよな。

 そして最後の三人目は……言わなくても、みんな分かるよな?」


 サイスロがクウスたちを見回す。ポズルたち俊英の槍はみんな頷いているので分かっているのだろう。クウスは全く分かっていない。ソーマやアントンも怪しい。カリオッツは表情が読めん。


「クウスは分かってなさそうだな。最後の三人目は、“朱白槍”だ」

「待ってました!」

「わー三人目も正解しました」

サイスロの発表にポズルが湧く。アノリは全問正解したらしい。


「ああ、“朱白槍”かぁ。確か昔の冒険者よね?」


 ソーマは名前を聞いて思い出したようだ。


「そう! 現役だったのは三十年以上前だ。なのに今でも最強の槍使いとして呼び名が高いんだぜ。すげえよなぁ」


 サイスロの目はキラキラしている。かなり憧れが強いらしい。


「朱白槍といえば、その二つ名の由来である槍です。町を滅ぼすほど巨大な大蛇の魔物を討伐した際に、その骨から削り出したという白槍。常に獲物の血で朱に染まっていたことから、付けられたのが“朱白槍”です! ああ、カッコいい。一度でいいから槍捌きを見てみたいです。今はどこに――」


 アノリが急に早口で語り出したので驚いたクウスたち。


「すまないね。アノリは朱白槍の大ファンだから。語り出すと止まらないんだ」


 兄のクワイスがクウスたちに軽く詫びる。


「朱白槍と言えば、突如冒険者を引退してしまい、その後は行方知れずでしたね。当時のギルドは大騒ぎだったとか」


 それまで聞きに徹していた依頼主のアントンが話に入ってきた。朱白槍のいた時代、彼はまだ小さかったそうだ。それでもその二つ名を聞いたことがあったという。


 クウスはそんな先達の冒険者の話を聞いて、そんなすごい冒険者なら会ってみたいと思うのだった。


(そういや、じいちゃんも白い槍持ってたっけ。使ってるのは見たこと無いけど)


 クウスはノーマンの部屋にあった真っ白なカッコいい槍を思い出す。小さい頃、勝手に触っては怒られてよく泣いていた。




「おや、雨が上がりましたね。よかった。では行きましょうか」


 話をしていると、いつの間にか雨が上がり日が顔を覗かせていた。

 休憩は終わりだ。一行は雨でぬかるんだ道を歩き出す。



 足元を泥で汚しながら歩くこと二時間。

 先頭にいたクワイスが立ち止まった。そして辺りを見回し、叫んだ。


「警戒しろ! 何かいる!」


 全員に緊張が走った瞬間。


「ぐあっ!」


 先頭の馬車から声が聞こえてきた。

 クウスが見ると、声を上げたのは御者でその腕には矢が刺さっていた。


 御者は痛みに驚き、そのまま御者台から落下してしまう。


「野盗です!」


 馬車の右側にいたアノリからも声が上がる。

 街道脇の茂みから複数の人間が出てきたようだ。

 矢を受けた御者たちはアントンのいる荷台の中に慌てて避難している。


「ちっ、ソーマ、向こう側に行くぞ!」


 クウスたちのいる左側には気配を感じなかったので右側の加勢に行く。

 ソーマに声を掛けて、クウスは馬車の向こうへ出る。

 すると既に戦闘が始まっていた。


 みすぼらしい格好をした男たちが十人前後。剣や槍を持ってポズルとアノリに襲いかかっている。


「うらぁっ!」


 アノリを取り囲もうとしていた敵をぶん殴り、さらに一人を剣で斬る。


 サイスロも応援に来て、戦いに加わった。

 だが、カリオッツとクワイスが来ない。


「カリオーッツ! そっちはどうした!?」


 まさかと思い大声でカリオッツへ呼びかけると、すぐに返答が来る。


「こっちも交戦中だ! 数は八人!」


 やはり、二手に分かれて攻めてきたようだ。

 それに、御者の腕に刺さった矢。弓手もどこかにいるはず。


「ソーマ! 弓がどこかに居るはずだ。見つけたら魔法で攻撃してくれ」


「わかったわ!」


 遠距離の弓相手は魔法使いに任せる。


 襲いかかる二人の男の槍を逸らし、躱し、防ぐ。

 すると視界の端で、顔のこめかみに大きな傷のある男が、ポズルに向かっていることに気付く。


 ポズルも傷の男に気付き、応戦する。

 傷の男は剣で斬りかかるが、ポズルにあっさりと剣を弾かれ体勢を崩す。

 クウスは違和感を感じた。

 視界の端に映った時の傷男は動きの質が他の連中とは違っていた。


 体勢を崩した傷男にポズルが追撃しようとした刹那。

 傷男が何かをポズルへ投げた。


 小さな玉だ。


 玉はポズルの目の前で発光し弾けると、中から火花が撒き散らされた。

 眩み玉だ。以前、ソーマが赤目狼(ヂリガン)に使用した目眩し用の魔道具である。

 


「うわあっ!?」


 ポズルは大量の火花を至近距離で浴び、目を瞑ってしまう。


「もらったぁ!」


 傷男が隙だらけのポズルを斬る。

 最初に斬りかかった時とは違う、高速の斬撃だった。


 ポズルは一瞬呻いて、前のめりに倒れた。


「ポ、ポズルぅ!!」


 少し離れた所で短槍を振り回していたアノリが叫ぶ。

 

(今のはやべえ! かなりの深傷だ)


 そう感じたクウスは助けに向かう。


「邪魔だ、どけぇ!」

 

 クウスは自分の前にいた二人の敵を、一人は剣鉈で斬り、もう一人は鳩尾に蹴りを入れて悶絶させた。

 すぐにポズルへ走り寄ろうとしたが、そこに傷の男が立ちはだかる。


「やるじゃねえか、小僧。おめえの相手はうちのアホどもじゃ厳しいなぁ」


 傷の男はニヤニヤと笑みを浮かべているが、決して油断はしていない。

 その目だけは冷静にクウスを観察している。


「ぉおらぁっ!」


 地面のぬかるみを感じさせない踏み込みを見せ、素早く斬りつけるが、傷男は剣で防いでみせた。

 

 さらに追撃するも、また防がれる。

 

 ならばと、相手の手を狙う。

 次に頭を、そして足を、さらに胴を狙っていく。


「くっ!」

 

 連続の剣戟に押された傷男はとうとう後ろに飛び退いた。

 その瞬間。


 闘気で足だけを強化し、今まで以上の速度で踏み込む。

 そして放たれたのは、槍使いのお株を奪うような高速の突き。


「ぎゃあっ!」

 

 剣鉈は傷男の右手を貫いた。

 握力の失せた右手から剣がスルッと落ちる。


 クウスは右腕を伸ばし、剣鉈を男の眼前に突きつける。


「ぐうっ、ま、待て。待ってくれ。実は俺たちは――」


 傷男は命乞いを始めた瞬間、左手に隠し持っていた小さな玉を放り投げた。


 しかしクウスは即座に反応。


 左拳で玉を捉え、そのまま傷男の顔面に叩き込んだ。


「ひぶげぇっ!!」


 眩み玉が傷男の顔面で弾け、火花を顔に咲かせて傷男は気絶した。



 傷男を倒してクウスは周囲を見回す。

 サイスロとアノリは短槍で五人の男と一進一退の状況。ソーマは魔法の詠唱を終え発動待機したまま、弓使いを探し草むらの方を見ている。


 馬車の先頭の方ではカリオッツとクワイスが戦う剣戟の音が聞こえてくる。


 クウスはうつ伏せに倒れたポズルの元に駆け寄り、身体を起こした。

 ポズルは胴体を袈裟斬りに深く斬られていて、かなり血を流したせいか気絶していた。


 クウスはその場にいる全員が戦いに集中しているのを確認し、詠唱を始める。

 使うのは、初めて封印の第一門《真抗門》を開いた時に手に入れた()()

 これで助ける。


「病に掛け 傷に注ぎ 再生に向ける力――」


 詠唱に伴い体内の魔力が急速に活性化していく。そして大きな魔力が蠢くように手へと移動する。

 

「――其は神の奇蹟ならぬ魔の必然なり 《魔注治療(キビダンプル)》」


 クウスの手から魔力が流れポズルへと注がれる。ポズルの傷口に触れた魔力は、まず血を凝固させた。さらに傷口周辺部に与えられた大量の魔力は、養分となって修復を開始する。


 三年前、魔物にやられ絶対絶命だったクウスが、第一の門を開き手に入れたのは、治癒魔法だった。

 当時、重傷だったクウス自身を助けたこの魔法ならば、とポズルに魔力を注ぎ続ける。


 ポズルの傷が重傷から中等傷になったところで、アノリが駆け寄ってきた。

 クウスは魔法を切って、手で傷口を抑えているように見せる。


「アノリ、治癒魔法を頼む」

「任せて! ポズル、絶対助けますからね!」


 アノリはポズルに呼び掛けると、ひとつ息を吸い精神を集中させた。


「いと優しき光 癒しの(かむ)ながら 助け給へ 《癒光エトハップ・シェカーゴ》」

 

 傷にかざしたアノリの両手が優しい光を放つ。

 使える者の少ない光属性魔法だ。

 ポズルの顔色は少しずつ良くなっている気がする。もう大丈夫だろう。


 改めて周囲を見れば、既に大勢は決していた。


 カリオッツとクワイスがこちらに加勢し、サイスロと三人で、残った敵を圧倒している。

 十メートルほど離れた場所には、弓使いが倒れ伏している。ソーマの魔法を喰らったのだろう。

 ソーマは馬車の中に待避していたアントンから、ロープを受け取っている。たぶんあれで生き残りを縛るのだろう。

 

 数分後、ポズルが僅かに意識を取り戻すと、アノリに礼を言ってまた眠りについた。

 

「うっ、うゔ〜。良かったですぅ」


 アノリは泣いて喜ぶ。斬られた時は相当な深傷に見えたので、助からないかもしれないと不安だったのだろう。

 

 先に魔注治療(キビダンプル)を掛けておいてよかった。

 クウスは胸を撫で下ろすのだった。



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