銀級冒険者
サイスロの後ろ、数メートルの距離に立っていたのは巨漢だ。クウスより頭二つは背が高い。金色の短髪に、髭面の男は頬をぽりぽり掻いて、こちらを見ている。
そしてその横にも二人の男がいて、一人は小男でサイスロを睨みつけていた。
もう一人はクウスと同じくらいの背だが、がっしりとした体格の男で大きな盾を持っている。
「おい! てめえ、こら! 金牛がなんだってぇ? エドの兄貴に喧嘩売ってんのか、おい」
小男が今にも殴り掛かりそうな形相でサイスロに詰め寄る。
やはりあの巨漢が“金牛”のようだ。
「あ、いや、そんなつもりじゃ」
サイスロはまさか話のネタにしていた本人が後ろにいるとは思わなかったのだろう。狼狽して、しどろもどろになってしまっている。
この状況、どう対応するつもりだ。
「ま、まままさか金牛さんに会えるなんて、い、いやー感激っす!」
どうやらサイスロは媚びることを選択したらしい。
しかし、その見え見えの媚びに小男がキレた。
「この野郎、ぶっ殺――」
「うらぁっ!」
小男の手が剣を抜いた瞬間、クウスが横から闘気を込めた蹴りを放ち、思い切り小男を吹き飛ばした。
剣を抜いたらダメだろう。
「ぐぎゃっ!」
小男は数メートル吹き飛び、壁にぶつかって止まった。鼻から血を出している。
「ぐっ、デ、デメエ!」
ふらついてはいるがクウスに向かって足を進める小男。まだ戦る気か。
さらに、もう一人の男も前に出てきた。席から立ち上がったカリオッツやソーマに向けて大盾を構える。
向こうは三人、こちらは四人いるがサイスロは数に入れないので同数だ。
とりあえず小男を先に気絶させるかと、クウスは考える。
クウス、小男、大盾の男、カリオッツが同じタイミングで動こうとした、その時。
「止めんかいっっ!!!」
馬鹿でかい大声が空気を震わせた。
クウスたちも小男たちも、周囲の冒険者も、あまりに大きな声に耳を抑えて動きを止めた。
声の主は、巨漢の男エド・ロブソン。
「そこまでじゃい、イジミ」
その重みで床をミシミシと鳴らしながら、一歩ずつゆっくりと歩いてくる。
「あ、兄貴! 止めねえでくれ! こいつら兄貴を馬鹿にしやがった、許せね――」
イジミと呼ばれた小男は興奮していたが、エドが手の平を遮るように向けると口を噤んだ。
「ただの噂話だろぃ。そこまで熱くなるなぃ。……だが、お前ら」
エドはクウスたちの前で歩みを止め、上から見下ろす。その巨体はクウスより圧倒的に高く、さらに横にもクウスの倍はありそうだ。
「仲間がやられちゃあ、わいも黙ってるわけにいかねぃ。銀混じりの小僧、わいとお前の模擬戦で片をつけようじゃねえかい」
「……ああ、いいぞ」
どうやら一対一で事態を収めるつもりのようだ。乱闘になるよりかは良いのでクウスも了承した。
「エドの兄貴! それなら、俺にやらせてくれ!」
小男は自分にやらせてくれとエドに直談判するが、エドは首を横に振った。
「駄目じゃい。イジミ、お前はダメージ喰らいすぎじゃい。それに……あの小僧、強いぞぃ」
エドがイジミと呼ばれた小男の肩を軽く叩く。するとイジミは悔しそうに表情を歪めながらも口を閉じた。
「さっ、裏の訓練場に行くぞい」
斧を担いでエドたちは出口へ歩き出す。その後をクウスたちも続いて出て行く。
今まで見えていなかったが、先を歩くエドの背中には大きな円盾が吊り下げられていた。盾には金色の角のような突起が二本ある。
「クウス、気をつけてね。エド・ロブソンは銀級冒険者よ。さっきの小男よりもかなり強いはずよ」
ソーマがこっそりとクウスに耳打ちしてきた。
「ふーん。銀級冒険者とは初めて会ったな。銀級って強いのか?」
「一概には言えないけどね。銀級に上がれる人間は、銅級でくすぶってる連中とは文字通り格が違うって聞いたことあるわ」
「へへ、そりゃあ楽しみだね」
ギルドを出て、建物の裏側に周ると柵に囲まれた訓練場が見えてきた。
三十メートル四方の広さに、鍛錬用の砂袋や金属製の重り、打ち込み用と思われる人型や獣型の的などが並べられている。隅には木製の武器が入った籠が置かれている。
籠の中からクウスは木剣、エドは木斧を選び、中央で対峙する。
「小僧、どっからでも掛かってこい」
斧を構えるエドを見て、クウスは鳥肌が立った。
見ただけで分かる。
強い。歴戦の強者だ。
木製の斧なのに、この巨体が振れば圧倒的な威力が出ると想像できてしまう。
「行くぞっ!」
気圧されたのは一瞬で、先に仕掛ける。
木剣を片手に駆けるクウスの狙いは足。
スピードで掻き回して、最初は足を狙う。
一気に速度に乗ったクウスだが、エドが右手の斧を振り下ろす。
それは予想外に速い斧の一振り。
当たりこそしなかったが、急制動を掛けたクウスの足は止まってしまう。
「むんっ!」
エドは左手の拳でクウスを追撃。
拳もでかい。
自分の頭と同じ大きさの拳。
迫る巨拳に、クウスは回し蹴りで合わせる。
凄まじい衝撃を蹴りで相殺した。
そして次の一撃が来る前に離れる、ことはせず。
木剣をエドの顔に投げつける。
「おおっ?」
いきなり飛んできた木剣を、仰け反り気味に首を振り避けたエド。
クウスは追撃のパンチを放つが、エドは仰け反った勢いで半回転し背を向ける。
すると背中の盾がクウスのパンチを防いだ。
「ちいっ!」
さらにエドの回転は止まらない。
一回転分の遠心力を纏った木斧がクウスを襲う。
咄嗟にしゃがんで斧を躱す。
そしてしゃがんだままクウスは足払いを仕掛ける。
クウスの蹴りが足を刈るが、エドの足は巨木が根をはったように微動だにしない。
そして再び振り下ろしの斧が迫り、慌てて飛び退った。
「やるなあぃ、おい! 本気出すぞぃ!」
エドはどうやら本気になったようだ。
背中の盾を取り、左手で構えた。
金色の二本角が付いた盾を前面に出し、突進するような体勢になるエド。クウスはその姿に一瞬、猛牛を幻視してしまう。
なるほど、“金牛”か。
エドは闘気を練っている。
どんな技が来るのか。
クウスは獰猛に笑い、魔力を練る。
魔法で応戦だ。
互いが機を伺い、ついに動こうと――。
「はい、そこまでです!! 終了ー!」
いきなりクウスとエドの間に一人の男が立ちふさがり、声を張り上げた。
「ああ?」
これからって時に誰だこいつは、とクウスが邪魔者を睨む。
中肉中背で茶髪の頭、目は糸目で一見柔かな表情だが、目の奥は鋭い眼光を放っている。
「おい、何のつもりじゃい。フズレイ」
興を削がれたエドが名前を口にする。仲間だろうか。
「エドの兄貴。これ以上はやめて下さい。……ここから先は模擬戦じゃ済まないでしょう?」
「うっ。だが決着つけなきゃあ駄目だろぃ」
反論するエド。クウスも同意である。
「いやいや、悪口に腹を立てたイジミが最初に剣を抜いたと、野次馬から聞きましたよ? それに悪口を言ったのは別の冒険者だとも聞きました。……決着つける意味ありませんよ」
「ぐっ、確かにそうだがぃ。……分かったぃ。やめじゃ、やめじゃい」
フズレイという男の言葉に、エドはやる気を失ったようだ。
「なんだよ、終わりか?」
少し拗ねたように言うクウス。
楽しくなってきたところで止められ、不完全燃焼だった。
「あ、すいませんね、君も。双方、怪我の無い内に矛を収めましょう。では、我々はもう行きますので」
フズレイはクウスに早口で喋ると、訓練場の出口へエドを促す。イジミと大盾の男もそれについて行く。
「おい、小僧! わいの名はエド・ロブソンじゃぃ。お前の名前も教えろぃ!」
背中を押されながらエドがクウスに呼び掛ける。
「へっ、オレはクウス。クウスだ! また戦ろうぜ!」
「おう、わかったぃ! じゃあなぃ! わははっ」
クウスが挑戦的な笑みで答えると、エドも応え、笑いながら訓練場を出て行った。
「お、お前すげえ強いんだな! びっくりしたぜ!」
模擬戦が終わり、野次馬たちが散り散りになり始めた時、サイスロがやって来た。
とうやら、エド達にビビりながらも模擬戦は見てたらしい。
「あなたねぇ、噂話を始めた張本人が隠れてちゃ駄目でしょ。クウスが怪我するところだったのよ?」
「い、いや、すまねえ! でもあんなデカいヤバそうな奴だと思わなくてよぉ、マジでビビったぜ。あれ、巨人だろ?」
サイスロは苦笑いして謝りながらも、懲りずにエドのことを話す。それよりも今、気になるワードがあった。
「巨人!? あいつでっけえとは思ったけど巨人だったのか?」
クウスは集落でノーマンや鍛冶師の冒険話を子どもの頃から聞いて憧れてきた。そしてその話の中にはヒト以外の人種もよく出てくる。
その中でも特にクウスが興味を惹かれたのが巨人種だ。
常人よりも遥かに大きく、その巨体は恐るべきパワーを誇ると言う。
「エドは確かに異様に大きかったが、巨人はもっと大きい。成人になると三メートルはある」
カリオッツがエド巨人説を否定する。
「あれよりもっとでけえのか! あー会ってみたいなー」
クウスがまだ見ぬ巨人たちに思いを馳せていると、四人の男女がやって来た。
「あ、いたいた。サイスロ、今の模擬戦なんだったの?」
四人組の先頭にいた丸刈り坊主頭の男がサイスロに話しかけた。サイスロの仲間のようだ。
後ろには獣人の男女に、一人だけ年のいったふくよかな男。
「おお、実はなぁ――」
サイスロから話を聞いた四人の男女は、複雑な顔をした。揉め事の原因となった人間が、自分たちの仲間だったのだから。
「ご、ごめんね君たち。サイスロはなんて言うか、間の悪いやつで」
「気にすんなよ。一緒に噂話してたのはオレらだし」
丸刈り男が気まずそうに謝ってくるが、クウスは気にしていない。
サイスロの悪口に近い話し方が最大の原因だが、噂話をしていた時点でクウスたちにも多少の責任は有ると思っていた。
「そう言ってくれると助かるよ」
クウスの言葉にホッと安心した様子の丸刈り男。気が弱そうだ。
「お話中、すいません。よろしいですかな? あなた達はこのギルドにいると言うことは冒険者ですよね? よかったら依頼を頼みたいのですが」
ふくよかな中年男が話しかけてくる。依頼を頼みたいと。
「え? なんでオレらに?」
「先ほどの模擬戦を見させて頂きました。あの“金牛”と互角に渡り合えるとは、素晴らしい実力です!
ぜひ、私どもの護衛依頼をお願いしたい」
頼みたいのは護衛らしい。受けたことがないタイプの依頼だ。
「えーっと、すいません。護衛依頼とのことですが、私たちは今ウルカに向かって旅してまして」
ソーマが話に入ってきた。そう言えばウルカに向かってるんだった、とクウスは思い出した。
「おお、ウルカですか。ならウルカまでの護衛ならばどうでしょうか? 私の商隊はウルカ経由で王都に向かってる途中なのです」
このふくよかな男はアントンと名乗った。
商人で、マオリ男爵領で仕入れた物を王都まで運んでいるらしい。
元々は、サイスロたちを含む二組の冒険者パーティーを護衛に雇っていた。しかし、一組が昨夜の夕食で食中毒にかかり依頼続行できなくなってしまったと言う。
最近のウルカまでの街道は治安が悪いと聞いたので、サイスロたちだけでは不安がある。
そこで、新たに冒険者を雇いにギルドへ来たら、さっきの模擬戦を見たという訳だ。
「モクバからウルカまでの護衛、期間は四日の予定です。報酬は一日銀貨1枚。もちろんお一人分ですよ。護衛依頼はギルドを通しますので実績にもなります。如何でしょう?」
つまり、四日間で銀貨4枚か。クウスたちは三人なので銀貨12枚だ。
「うん、私はいいと思うわ」
目的地は変わらずに受けられるなら、ソーマは賛成のようだ。
カリオッツに視線を向けると、頷いたので賛成。
「じゃあ、受けるか」
クウスは初の護衛依頼を受注した。
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