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エド・ロブソン


「別のとこを探しましょ。ちょっと掃除が行き届いてないわ、ここ」

「何言ってんだよ、寝れればいいだろ。大銅貨3枚だし安いぞ」

「だめよ、安いけど部屋は狭すぎだし、毛布もボロボロだったわ」


 ソーマと言い合いをしているのは、今日の宿についてだ。

 

 野営をした翌日、太陽が真上に昇り腹が減り始めた頃に次の町モクバへ到着した。

 人口は四千人ほどで、ツァムルほど大きくはないが町は賑わっている。宿場町らしい。

 

 町の人間に教えてもらった安い宿屋に行き、部屋を見せてもらった。すると部屋を見たソーマが外へクウスたちを連れ出し異を唱えた、というわけだ。

 

 確かに部屋は汚いが、朝食付きで大銅貨3枚という安さなので、クウスとしてはこの宿を推したい。


「それに、安いってことは食事も相応の物だと思うわ。別の宿屋なら美味しい食事を食べられるのよ?」

「うっ」


 その説得の仕方は、食べ物に弱いクウスに効果的だ。


「想像してみなさい、クウス。

 あなたは今夜、ボロボロの布団を被って寒さに耐えながら寝るのよ。……寒くて……寒くて、寝入りが浅い、そんな状態で朝を迎えると、あら? なんだか体が痒いわ。もしかして、ベッドに虫がいたのかも。体の痒みに耐えながら着替えて、腹を満たすためだけのイマイチな食事を食べて、いざ出発よ!……本当にここでいいの?」


「……分かったよ! 別のとこ探すぞ!」


 想像してしまった。改めて宿の外観を見ると、周りの建物と比べて古いのかボロいし何だか汚い。ありえそうな未来に思えてくる。


 ソーマに口で負かされてから宿屋を数軒訪ね、朝・夕食付きで大銅貨5枚の綺麗な宿に決めた。

 部屋の中を見せてもらうと、ベッド以外に机や棚もあったが狭くは無い。ソーマからも合格点が付けられた。

 

 ひとつ驚いたのが、窓は木の板による開閉式ではなく、透明な板?がはめ込んであった。

 昔モリー婆から聞いたガラスの窓ってやつかと思ったが、ソーマが言うには違うらしい。

 なんでも、札級の冒険者証を覆っていた透明な樹脂、モン樹脂を固めた物なんだとか。

 

 モン樹脂の素材は涅魔(モンベム)という粘体型の魔物の体液で、他の素材とあわせ錬金魔術で合成樹脂に変化させている。

 そうして作られたモン樹脂はそれなりに透明で、水に弱いものや壊れやすいものを保護したり、ガラスの代用に使われるという。

 まさか魔物の体液だとは意外だった。

 そんなモン樹脂の窓を見ると日差しが入って部屋は明るいのに、風は全く入ってこない。これなら雨も防げるだろう。

 とても便利だ。



 宿の部屋を確保したクウスたちは、冒険者ギルドへやって来た。

 モクバの冒険者ギルドはツァムルよりも少し小さいが、二階建ての石造りで外観はとても似ている。魔法陣を背景に竜と剣が描かれた看板も同じだ。


「ツァムルとそっくりだな」

「ああ、見た目か。たぶん、冒険者がどこの町に行っても分かりやすいように形を似せてるんだろう」

「なるほどね。げっ、中混んでるなぁ。昼時だからしょうがねえか」


 クウスが中を覗くと、受付カウンターの前には数組のパーティーが並んでいる。

 横に併設された食堂も繁盛している。ガヤガヤと騒がしい。


「クウス、先にこっちだ」


 呼ばれたのでギルド入口から離れ、裏にある素材受付のカウンターへ行く。


「おう、いらっしゃい。何持ってきた?」


 カウンターに座る若い男が対応してくれた。

 昨日討伐した歩魔木(アゴミィム)の魔石と果実を出す。


「おっ歩魔木(アゴミィム)だな。群れに遭遇したのか。ええ、と……魔石十四個と果実二十三個だな。……よし、これを中に持って行きな」


 男はちゃっちゃと計算し、書き込んだ紙を渡してきた。慣れているのか手際よく、数えるのも書くのもあっという間だった。

 

 素材預かり証を受け取り、ギルドの中の列に並ぶ。

 十数分ほどでクウスたちの番がきた。


「こんにちわ、冒険者ギルド・モクバ支部へようこそ。本日はどうなさいましたか?」

「素材の買取だ。これを頼む」


 クウスが受付嬢に預かり証を渡す。


「はい。ええと、こちらの買取額は12900リーセになります。よろしいですか?」


 受付嬢が提示した紙に書かれたのは以下の通り。


 歩魔木(アゴミィム)の魔石、十四個:大銅貨1枚、銅貨4枚

 歩魔木(アゴミィム)の果実、二十三個:銀貨1枚、大銅貨1枚、銅貨5枚

 合計:12900リーセ 銀貨1枚、大銅貨2枚、銅貨9枚

 

「ああ。三人で分けるから大銅貨と銅貨でくれ」


 三等分するため細かい硬貨にしてもらう。

 報酬を受け取り、ギルド内の食堂で昼食をとることに。

 宿探しに時間が掛かり腹が減って限界だった。


 

 

「ギルドでメシ食うのは初めてだ。何食おうかな」

「メニュー表があるわ」


 ソーマが指差した壁には紙が貼ってあり、数種類のメニューと各値段が書かれている。


 日替わりセット 銅貨7枚

 シチューセット 銅貨5枚

 ジャークライス 銅貨7枚

 クポ豚の香草焼き 大銅貨1枚

 ツブ芋のポテト 銅貨5枚

 パン 銅貨1枚

 オモ茸スープ 銅貨3枚

 ハウジュース 銅貨3枚

 水 無料 


「なあ、ジャークライスってなんだ?」


 一つだけメニュー名から想像のつかない料理があったのでソーマに聞く。


「肉や野菜を香辛料のブラズで炒めて、ムイっていう穀物に掛けて食べる定番料理よ」

「へえ、美味いのか?」


 するとソーマは少し困ったように眉を寄せ答える。


「とにかくブラズの匂いが食欲をそそるのよね。実際に美味しいんだけど、ついつい食べすぎちゃうの。

 大昔に美食家がこの料理を食べて『食べれば確実に太る、でも食べずにはいられない……なんて邪悪な料理だ……』って言ったなんて話があるわ」


 話を聞きそれは期待できそうだなと、クウスは決定を下す。

 

「そんなにか、よし! オレはジャークライスにする」

「私も頼も。話してたら食べたくなったわ」

「ふむ、俺はシチューセットにする」


 カリオッツ、その流れはジャークライスだろ。

 

「ミャァウ」


 アグが鳴き声を上げて自分の分を要求する。

 ツブ芋のポテトでも頼むか。

 


「お待ちどうさん。ジャークライス二人前、シチューセット、ツブ芋のポテト、ハウジュース三つだ」


 注文して数分でテーブルに料理が並べられた。


 シチューセットは普通のシチューにパンが付いているだけ。

 ポテトはツブ芋という小さな芋を蒸したものが十個ほど皿に乗せられ、脇にソースが添えられている。アグは早速齧り付いて、ハフハフしながら熱さに苦戦していつる。

 以前食べた果物、ハウの果汁入りのジュースも三人分頼んだ。


 そしてジャークライス。

 匂いがたまらん。鼻から入ってきた匂いが胃を強烈に刺激する。

 早速、スプーンで掬って口に運ぶ。

 

 美味い!

 匂いに負けず味付けは濃いめ。暴力的な美味さだ。

 スプーンを動かす手は速くなり、食べ終わるまで止まりそうにない。

 見ると隣のソーマも勢いよくパクついてる。

 

 細かく切って炒めた肉野菜はとろみが付けられ少しドロっとしていた。それが掛けられているムイにも味が染み込んでいる。

 ちなみにムイは、薄茶色をした小さな粒々の穀物で食感は少しモチモチしている。地域によってムイの色が白かったり黒かったりするとソーマが言っていた。


 クウスが夢中でがっついていると、隣のテーブルに座っていた男が話しかけてきた。


「うまそうに食うなぁ、お前。食いっぷり見てると、腹一杯なのに食いたくなってきたぜ」


 話しかけてきた男は、長めの金髪の痩躯で、まだ若い。カリオッツと同じくらいに見えるので、二十歳前後か。男のテーブルには槍が立てかけてある。

 

「ああ、初めて食ったけど美味いぞ」

「なんだ、初めて食ったのか。そっちの嬢ちゃんもか?」


 クウスが食べながら答えると、男はソーマたちに視線を向ける。


「私は何度か食べたことあるわ。まあ、食堂(ここ)のは平均的なレベルね」


 ソーマが言うにはこのジャークライスは平均レベルらしい。と言うことはもっと美味いジャークライスも有るというのか。

 クウスは食事を続けながら、心中では衝撃を受けていた。


「はは、そうか。兄ちゃんがあんまり美味そうに食うから、ここのジャークライスはそんなに美味いのかと思ったぜ。

 あ、俺はサイスロってんだ。よろしくな。あんたらはモクバの冒険者かい?」


 長髪男はクウスの食べっぷりが良くて勘違いしたようだ。


「ちげえよ、オレたちはツァムルから来た。ウルカに行く途中だ」

「私はソーマ。こっちの赤髪はカリオッツ。そっちのあなたと話してるのがクウスよ」


 クウスが長髪男サイスロに返事だけすると、すぐにソーマが自分たちの名前を紹介した。

 

(……初めて会った時、名乗られたら名乗り返せって言われたな、そう言えば)


 数日前にソーマに言われたことを思い出したクウス。何となくソーマの方を見れない。

 


「なんだ、そっか。“金牛”について聞こうと思ったんだけどな」


 サイスロは当てが外れたという顔をする。


「きんぎゅー?」

「おう。今な、モクバの町にあの“金牛”がいるらしいんだ。一目、見ておきたいよな」

「えっ、金牛って、エド・ロブソン? 帝国で戦ったっていう」


 クウスは何のことかさっぱりだが、ソーマは知っていたのか驚いている。


「そう、その金牛さ。俺はさっきこの町に着いたばっかなんだけど、知り合いの商人が教えてくれてな」

「その金牛ってのは、珍しい牛なのか?」


 クウスが金ピカの牛を想像しながら質問すると、サイスロは目をパチクリして驚く。


「お前、知らねえのかよ? 金牛エド・ロブソンって言やぁ、この国エステマじゃ結構有名だぜ」


「クウス、金牛は冒険者よ。二つ名が“金牛”なの」


 サイスロが言っていたのは牛ではなく冒険者のことらしい。


「二つ名ってのは?」

「二つ名は、本名以外でその人物を表す通り名のこと。冒険者や魔道士の中でも有名な実力者には、大抵二つ名がついてるわね」


 クウスはジャークライスを食べ終わりスプーンを置く。


「へえ、かっこいいな。オレもいつか二つ名がつけられるかな?」

「ははは、高ランクの魔物を倒したり、活躍すればいつか二つ名で呼ばれるぜ? 金牛みたいに悪名じゃなきゃいいけどな」


 サイスロはクウスが冗談を言っていると思ったのか、笑いながら軽く返してくる。

 クウスとしては、祖父ノーマンを超えるなら活躍するのが当たり前だから、当然の質問なのだが。


「悪名って、そいつは悪い奴なのか?」

「悪党ではないけど、この国では評判が悪いのよ」

「金牛はここエステマ王国出身の冒険者なんだが、ゼーレイド帝国の戦争に参戦してな。そこで活躍して、部隊を任せられたんだ。

 んで、部隊を率いてからも連戦連勝。ついには、その功績が認められて帝国の名誉騎士爵になっちまったんだ」


 名誉爵というのは一代限りの貴族に与えられるもので、騎士爵は帝国の貴族位では一番下のものらしい。

 しかし、それでも歴とした貴族だ。

 

 サイスロの話を聞きながら、ハウのジュースを飲む。

 甘くて美味い。

 だが果実のままのハウに比べると、このジュースはその甘さを水で薄めている感じだ。

 それよりも。


「なんとか帝国の戦争で活躍して貴族になったんだよな? それがなんで悪名になるんだ?」

「ゼーレイド帝国だからさ。帝国は中央ブリアテス大陸の南西部一帯を支配する大国なんだが、周辺国を侵略しまくってる。他国からは評判が良くねえ。このエステマ王国でもな」


 サイスロが得意気に教えてくる。

 

「もちろん、冒険者はどこの国に行こうが戦争に参加しようが、自由だ。だが侵略を繰り返す帝国側で戦い、帝国貴族位を得る程の活躍をしたとなればな。

 出身国でもあるエステマの民衆からは非国民扱いだ」


 カリオッツからも追加の情報がきた。こいつも金牛のことを知っていたらしい。


「ふーん、なるほどな」

「しかも、噂じゃ金牛が任されて率いた部隊は、犯罪者達で構成されてたらしいぜ。

 犯罪者を従えて他国を侵略したってのは、イメージ最悪だろ?」


 それは確かに印象が悪いな。


「へへ、つーわけでよ。そんな評判の悪い“金牛”、見てみたいだろ?

 山賊のボスみたいな巨漢らしいから、居ればすぐ分かるんだけどなぁ、はっはっは、、は?」


 ハウジュースをちびちび飲みながら話を聞いていたが、気付くと周囲の喧騒が止んでいた。

 サイスロの声だけが響き、彼も異様な静けさに気付いたようだ。


 周りにいた冒険者たちの視線は、サイスロの後ろに注がれている。


 そう。髭を生やし斧を担いだ、山賊のボスみたいな巨漢に。


 


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