猫と魔石魔法
銅級に昇格した翌日、クウスたち三人と一匹はツァムルを旅立った。
目指すは、学術都市ウルカ。
途中に町を一つ通過して、四日から五日で着く予定だ。
街道を進むクウスの肩には猫がしがみついている。
街を出た当初は地面に降ろして歩かせたのだが、草花や石ころに興味を引かれて、すぐに遅れる。ところがクウスとの距離が十メートル離れると、慌ててダッシュし、クウスの足にしがみついて離れなくなる。
これを三回繰り返してからは、肩に乗せている。
「う〜ん、やっぱその子、猫なのかしら? 魔物にしては人に懐きすぎ。……でも魔法を使うのよね」
ソーマは猫を訝しげに観察する。
そう、ソーマが言うにはこの猫は動物ではなく魔物の可能性が高いらしい。
動物と魔物の違いは何かと言うと、魔石の有無だ。魔物とは体内に魔石を内包する生物、または存在のことである。
ソーマの話によれば、魔石は空気中の魔素を吸収し、魔力として蓄える。その魔力を使って身体が強化されたり進化を促したりするのだが、一部の魔物は魔石を媒体にして魔法を行使する。
その魔物が使う魔法のことを、魔石魔法と呼ぶそうだ。
つまり、猫が魔法を使ったと言うことは、この猫の体内に魔石が有るという証左に他ならない。
なので、ソーマは魔物なら討伐した方が良いとクウスに話したのだが、クウスは震える猫を庇った。
『こいつが魔物として人間に敵対した時は、オレが始末をつける』
そう言ったクウスに、ソーマもカリオッツも説得を諦めた。その後も猫に対しての警戒は続けているようだが。
「魔物だろうと何だろうと、こいつはオレが立派な猫に育ててみせる。魔法が使える猫がいてもいいだろ。なあ、アグ?」
「ミャァウ」
理解してなさそうだが、返事はする猫、アグ。
「アグってその子のこと? 名前まで付けたの?」
「おう。こいつの名前はアグにした」
昨夜の夕食で、宿の料理人に頼み焼いてもらった肉を与えた時、肉に齧り付くも噛み切れずアグアグしていた。
その肉と格闘する様子を見て命名したのだ。
「まあ、飼うなら名前は必要かもね。にしてもこの子、何ていう魔物なのかしら?」
「見た目は猫か虎だな」
ソーマはアグの正体が気になるが思い当たる魔物が居ないらしい。
カリオッツは外見から類推する。
「ああ、虎ね。確かにこの子の黒い模様は虎っぽいわ。……もしかしたら、この子はまだ子どもなのかもね」
「ミャー」
ソーマを見つめて可愛らしく鳴くアグ。見た目は完全に猫だ。
ソーマはアグが成長し巨大な虎になって、今のようにクウスへじゃれつくのをを想像し苦笑いする。
「虎か! カッコいいな。アグ、大きくなったらオレを乗せて走ってくれよ?」
「ミャウ?」
クウスは大きな虎になったアグに乗って、草原を駆け回るのを夢想する。
楽しみだ。
「ほんと、大丈夫かしら」
目をキラキラ輝かせアグに話しかけるクウスを見て、ソーマはため息をつく。
「――どうやら、客のようだぞ」
その時、カリオッツが街道の先にある茂みを見て、クウスたちに注意を促す。
数十メートル先の街道脇に低木が密集した茂みがあった。
茂みはよく見ると動いている。風が吹いているわけではない。
「歩魔木の群れね。街道の側だけじゃない。森から後続が来てるわ」
ソーマの言うように、森からは同じ低木がワサワサとゆっくり、しかし確実に街道へ近づいて来ている。
歩魔木は植物型の魔物で、見た目は一メートルほどの高さしかない低木だ。
主幹となる木の下部から複数の細かい枝が伸び、こんもりとした茂みを形成している。
二つだけ成っている茶色い果実が感覚器で、この果実が獲物を補足する。
そしてギザギザな堅い枝葉で攻撃し、根を絡ませて獲物を養分として吸収するのだ。
大したことのない魔物だが、街道に出てきている以上、後から通る通行人のために討伐しておくべきだろう。
「アグ、離れてろ」
クウスが臨戦態勢になると、アグは肩から降りる。
「魔法で先制するから二人は突っ込んでね。
…風の塵 集いて縮まれ――」
ソーマの杖の先端に風が集まり、圧縮された風の玉が形成される。
「弾けて裂かせ 《乱風弾》」
発動句と同時に風玉は、クウスたちに向かってくる歩魔木の群れに着弾。
そして風の刃が爆発したように咲き乱れた。
歩魔木は直撃した数体が切り刻まれる。
周りに密集していた個体も風圧でバラけた。
「うらっ!」
「シッ!」
クウスとカリオッツがバラけた歩魔木に斬りかかる。
歩魔木は葉を振り回すが、剣の切れ味には無力だ。
街道脇にいた群れを半壊させたが、後続の群れが追いつき、クウスたちを包囲しようと広がる。
「っがあぁぁああっっ!」
クウスが根源魔法で火を生み出す。
放出された魔力は即座に火となり、炎となり、歩魔木の一角が燃え上がる、
「きゃあっ⁉︎」
クウスの少し後ろにいたソーマが、急に現れた炎に驚く。
「ミッ、ミャーッ⁉︎」
同じく後ろにいたアグも怯えてソーマの影に隠れる。
数分で決着し、全ての歩魔木が討伐された。
解体して木の内部にある魔石と茶色の果実を採取する。魔石と二つの果実が討伐証明部位なのだ。
しかし、三分の一はクウスの火で焼かれてしまい、素材が取れなかった。
「全部で魔石十四個と果実二十三個か」
カリオッツが素材を数えた。魔石に比べ果実が少ないのは、倒した際に剣で斬ってしまったり、地面に落ちて潰れたりしたためだ。
この果実は、錬金魔術で人工生物の素材に使われたりするらしい。
「ちょっと、クウス! さっきの炎は何なのよ。危ないじゃない」
先ほどいきなり火を出現させたクウスに、ソーマが怒る。
「さっきの? ああ、火か。別にお前らに当たってないだろ?」
「当たってはいないけど、いきなり火が現れたらびっくりするでしょ! 何か一声掛けなさいよ」
「確かにパーティーで連携を取る上で、合図無しにいきなり火を出されるのは困るな。何か言葉で合図を考えろ」
カリオッツもソーマと同じ意見のようだ。確かにクウスが逆の立場なら驚くかもしれない。
「そうね、発動句の代わりに『火よ』とか一言出すだけでも良いと思うわ」
「ああもう、分かったよ。今度から火を出す時は『火よ』、水を出す時は『水よ』って言うようにする」
根源魔法は無詠唱で出せるのが強みなのに、他者との連携では気を付けなければいけないようだ。
クウスが面倒に思いながらも了承すると。
「……どういうこと? あんた、火だけじゃなくて水も出せるの? あれ? 根源魔法、よね?」
ソーマがとても混乱している。
そういえば根源魔法が使えると言ったことは無かったかもしれない。さらに複数属性が使えることも言ってなかったかもしれないと、クウスは今さら気付いた。
「い、言ってなかったっけ。実は使えるんだ」
汗をかきながらクウスは白状する。
魔人化のこと、封印のことを話していたので、根源魔法のことも話した気でいた。
「根源魔法とは何だ? 何か特殊なのか?」
カリオッツは根源魔法を知らないらしい。
クウスとカリオッツに質問攻めにされ、全属性の根源魔法が使えることを話した。
ソーマが信じられないと言うので、実際に水を出したり土を出したりしてみせた。
ソーマは驚きすぎたのか、しばらく呆然としていた。
「し、信じられない。いや、使えるのは見たから信じるけど。……全属性の根源魔法が使える人間が存在するなんて」
少しして意識が戻ってきたソーマはブツブツと呟く。
よほどの衝撃だったらしい。
「根源魔法か、詠唱無しの魔法は珍しかったんだな。これも秘密にした方がいいということか?」
カリオッツがクウスに尋ねる。
「ああ、一応な。モリー婆は秘密にしろって――」
「一応じゃなくて、絶対よ! 複数属性に適性が有るだけでも騒がれて、三属性以上なら国や魔道協会からスカウトが来るって話なのよ? それが全属性の適性、しかも根源魔法を使えるなんて言ったら、世界中から魔道学の研究者が押し寄せるわ。いやその前に大国が動いて囲おうとするかも」
「ええ……」
ソーマはクウスの秘密を知りかなり興奮しているが、その予想自体は正しく間違っていない。
そんな大ごとだとは思っていなかったクウスは、困惑する。
「クウスが、お金持ちになりたいとか、貴族になりたいとかって思うなら公表すれば叶うけど――」
「やだよ、オレは冒険者だ! 金持ちになるなら自分で稼ぐ。貴族も興味無え」
ソーマを遮ってきっぱりと宣言する。
「なら、秘密にしましょう。普段は根源魔法を使う時に詠唱のふりをして。戦闘で人に見られてしまった時は、一種類だけ使えると言いなさい。根源魔法はどれか一つだけなら使える人間が稀にいるから」
ソーマの言ったことは、集落のモリー婆が口酸っぱく言っていたことと同じ内容だった。
あれだけ口うるさく言われたのも納得できた。
「分かったよ。モリー婆もそうやって誤魔化せって言ってたぜ。でもつい使っちゃうんだよなぁ」
クウスも普段は気をつけているが、魔力と意思だけで発動するものだから、つい無意識に使ってしまう。
しかも、これからはパーティーでの戦闘中も掛け声を出してから使わなきゃいけない。
面倒だ。
夜、街道沿いで野営を始める。
クウスたちは、夕方に仕留めた刺兎の肉と野草を茹でたスープに、パン。
アグは刺兎の肉の残りと野草をそのまま食べてる。肉も草も食べる、雑食のようだ。
猫は草を食べないし、やはり魔物だからか? まあ元々、ユリン鳥のエサを食べてたしな。
エサに困ることは無さそうでいいことだ。
食後、ソーマが荷物から巻物を一つ取り出した。
「お、それなんだっけ。魔術、かす?」
「魔術巻子よ。これは前も使った、《魔物避けの呪魔術》。効果は完璧じゃないけど、使った方が安心だから」
タカスが残した魔術巻子だ。ソーマは巻子の留め具を外した所で、何かに気付く。
「あ、アグがいるから使わない方が良いかしら?」
クウスの横で丸まっている銀色の毛玉に注目が集まる。アグは魔物だ。魔物避けを使ったらどうなるのか。
「とりあえず試してみればどうだ? アグが嫌がったら解けばいい」
カリオッツがそう言うと、ソーマは難しい顔をする。
「うーん、それが解けないのよね。これって呪いだから。一度使用したら数時間は効果が続くと思う」
呪魔術は、火を生み出したり消したりするのとは少し違うらしい。
「使っていいぞ。アグがここに居れないぐらいの効果だったら、オレとアグだけ離れたとこで見張りすりゃいい」
「そんな、ダメよ。一人じゃ危ないわ」
いざとなればアグと一緒に見張りに周ればいいと提案したが、ソーマは反対する。
「でも、これからもアグを連れて旅するんだぜ? 今のうちに試しておいた方がいいだろ。ここら辺はそんな危ない感じはしねえし」
もっと危険な地域へ行った時に、魔物避けを使って困ったことになるよりもいい。
魔物避けによるアグへの影響を知っておくべきだ。
「……そうね。じゃあ使ってみるわよ?
器物展開」
ソーマが魔力を流すと魔術巻子がひとりでに開かれる。
「環境調整」
開いた巻子が空中に固定される。
ソーマの左手の掌には何かの粉が乗せられている。
魔術の準備が整った。
「術式確認――開始」
再度、ソーマが魔力を巻子に流すと、書き込まれた文字が一文字ずつ淡い光を帯びていく。
「術核生成」
全ての文字が光ると、巻子から魔法陣が浮き上がる。
そして左手に乗せた粉が舞い上がり、魔法陣に吸い込まれた。
「術式発動――《忌避》」
ソーマが発動句を唱えると、魔法陣が強く輝く。
そして魔法陣から何かの波動が周囲に広がった。
数秒で魔法陣が消えると巻子も空中から降りてソーマの右手に収まった。
「ふう、どう? 何か影響出てる?」
一息ついたソーマに聞かれ横のアグを見ると、顔をクシャクシャにして何か嫌がってる様子だ。
顔を手で掻いたり、周りを見回したりしている。
「あー効いてるなぁ。こりゃダメそうだ。しょうがねえからちょっと離れ――」
アグを連れて離れようとしたが、急にアグの魔力が高まるのを感じた。
「ミャァウッ!」
鳴くと同時に魔力が発され、揺ら揺らと漂うベールのような風が、アグの周囲に現れる。
そして不思議な風はアグの身体を包み込んだ。
すると僅かにだが、風が何かを弾いたように感じた。
風が収まると、アグは何も無かったように再び丸まって、寝る準備に入っていた。
「ほ、ほんとに魔法使ってる。すごい、今のって風属性よね? もしかして魔物避けを弾いたの?」
ソーマが驚愕して、丸まったアグを凝視している。そんなに見つめられたら寝れないだろ。
「ほらな。大したやつだろ、こいつ? これで魔物避けを使っても平気だな」
クウスが得意気に言う。
風属性魔法には防御に使われるものが幾つかある。しかし、アグは攻撃ではなく呪いを弾いた。
それは、防御魔法ではなく、防呪魔法だ。
人間では神官など、ごく一部の者にしか使えない特殊な魔法である。
ソーマは心の底から思った。
飼い主といい猫といい、非常識すぎると。
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