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侵入者を探せ


「この依頼を受けても、銅級には昇級できませんよ?」


 

 どういうことか説明してもらおう。

 クウスたち三人は朝一にギルドで集まり、依頼を探した。昨日までで群れがほぼ壊滅した屍肉蟻(ハイエナアリ)の討伐を受けて、森を探索しようと考えていたが、受付嬢から冒頭のお言葉を頂いたわけだ。

 


「なんでだ? たしかこれで十件目の依頼だぞ」

「十件目ではあるのですが、クウスさんは他の条件をクリア出来ていないんです。

 二十日以内に十件の依頼を達成すること。その中に討伐系・採集系・その他系を最低1件ずつ含むこと。

 この条件の内、クウスさんはその他系の依頼を受けてません」


 言われてクウスは今までの依頼を思い返す。

 刺兎(チモピア)の討伐、常設の薬草採集、豚怪人(オーク)の討伐を二件、赤目狼(ヂリガン)の討伐、屍肉蟻(ハイエナアリ)の討伐を四件。

 確かに、討伐と採集しかしていなかった。



「じゃ、じゃあその他系を受ける。いいか?」


 カリオッツとソーマへ振り返って確認する。


「ああ。屍肉蟻(ハイエナアリ)は飽きたから丁度いい」

「私もいいわよ。昇級することが優先でしょ」


 二人は依頼の変更を快く賛成してくれた。


「クウスさんたち三人でその他系の依頼なら、これなんてどうでしょうか?」


 受付嬢が紙束の中から一枚取り出してクウスに渡す。紙束は、掲示板に貼られている依頼書と同じ物のようだ。

 


 依頼:ユリン鳥飼育場の侵入者捕獲

 報酬:大銅貨6枚 何人で受けても報酬は固定

 受注条件:なし

 備考:鳥の餌を食べる侵入者を捕まえてほしい。

    よく猫の鳴き声が聞こえる。



「要するに、猫を捕まえろって依頼か」

「おそらくそうですね。三人で受けると報酬は少ないですが、どうでしょう?」

「報酬はしょうがねえ。よし、この依頼を受ける」


 (飼育場に来るって分かっているなら、数時間で終わるだろ)


 猫はすばしっこいが鳥の餌を食べに来るなら、そこを取り押さえるだけだ。


 依頼を受注してギルドを出た三人は、さっそく依頼主の元へ向かう。


 歩くクウスの上半身を新しい胴当てが守っている。

 昨夜は宿の裏庭で胴当てを丹念に何度も洗い、頑固な汚れを落とした。

 水気を拭って磨き終わった時、胴当ては臭いも全くしなくなっていた。

 綺麗になった胴当ては見た目も中々悪くない。洗うのは面倒だったが、安く手に入ったのだから満足だ。

 また装備が壊れたら中古の武具屋に行こう。



 しばらく歩き、街の端まで来ると目的地が見えてきた。

 ユリン鳥飼育場。

 ユリン鳥というのは家畜の鳥で、卵用の種と肉用の種がいる。今回の依頼先は卵用の飼育場らしい。

 鳥舎がいくつも建っている。


「すいませーん。どなたかいらっしゃいますかー?」

 

 ソーマが声を張り上げると、建物の陰から壮年の男が顔を出す。作業服を着ているので飼育員だろう。


「なにか用かい?」

「ギルドから依頼で来た。猫かなにかを捕まえにな」


 クウスが飼育員の男に冒険者であることを伝えると、男は思い出したようだ。


「ああ、もう来てくれたのか。そうそう、多分猫だと思うんだ。よく声が聞こえるからね」

「猫の姿を見たことは?」


 ソーマが尋ねると、飼育員は首を横に振る。

 

「いや、姿は見てないんだ。鳥舎から猫の声が聞こえたらすぐに探しに行ってるんだが、すばしっこい奴なんだろうね」


「本当に侵入されているのか? 建物の側を通った猫が鳴いただけかもしれん」


 一度も姿を見ていないなら鳥舎の中には入ってないのかもしれない。カリオッツが疑問を口にする。


「侵入されてるのは間違いないよ。実際にエサを食べられてるんだ。最初は妙にエサの減りが早いと思ったんだがね。開けてないエサ袋まで開けられてたし」


 どうもその猫はかなりの量のエサを横取りしているようだ。いつかユリン鳥にまで危害を加えるかもしれないと、飼育員は心配らしい。


「分かりました。じゃあ探してみます。ちなみに捕獲した後はどうすればいいですか?」

「うん。かわいそうだけど、街の外に放して欲しいね」


 ソーマが聞くと飼育員は少し気まずそうに答えた。

 街中で放せば、また飼育場に戻ってくるかもしれない。街壁の外は魔物もいるがしょうがないのだ。


 トマと名乗った飼育員に、まずは被害の出ている鳥舎の中を見学させてもらう。

 開け放たれた扉を潜ると白っぽい鶏冠(とさか)を垂らした鳥が元気よく動き回っている。これがユリン鳥だ。この鳥舎に四百羽のユリン鳥がいるという。

 ちなみに白い鶏冠はとても柔らかく垂れ下がっているのだが、これは雌の特徴らしい。逆に雄は鶏冠が固くて上に伸びていると、トマは言う。


 

 ユリン鳥を掻き分けて、鳥舎の中を隅々まで見ていく。侵入者がいるなら侵入口がどこかにあるはずと、カリオッツが言うので探しているのだ。

 すると、侵入口になる箇所は鳥舎に四つあった。

 

 一つは明かり取りの窓。窓にはめられた木の板は跳ね上げ式で、開けると猫ぐらいなら入れそうだった。

 もう一つは壁に空いた小さな穴。かなり小さいのでそのままでは猫でも通るのは難しい。しかし、板をめくればすり抜けることはできる。

 後の二つは、世話をしている飼育員の出入り口だ。表口と裏口。

 


「四つか、どうする? 三人で手分けしても角度的に無理な気がするけど」


 出入り口、窓、穴は場所がバラバラで全て見張るには四人必要になる。


「そうね。……あ、もうすぐエサやりの時間だって言ってたから、エサやりの後に表口を閉めてもらったらどう? 窓、穴、裏口を見張ってみましょ」

「なるほど、三箇所にしちまえばいいのか」


 クウスはソーマの案に感心した。

 飼育員のトマに話をすると、表口を閉めるのは問題ないと言うので協力をお願いした。

 

 午前九時を知らせる昼二の鐘が鳴る。エサやりを終えて鳥舎を出たトマが表口を閉めて、別の鳥舎へ歩いて行く。


 オレは裏口、カリオッツは穴、ソーマは窓を、それぞれが鳥舎から少し離れた位置に隠れて見張っている。

 裏口の横には水瓶や農具が置いてあるが、猫が通ればすぐに分かるだろう。


(さあ、いつでも来い。死角は無――)


 「ミャァウ」


 聞こえたのは猫の声。しかも()()()()()()だ。

 

「おいおい、さっきまでトマが中にいたんだぞ?」

 

 クウスは鳥舎に向かって駆け出す。

 

 クウスたちは、トマがエサやりをする前から鳥舎を見張っていた。その少し前には中を見回っている。いつ侵入したというのか。


 裏口から鳥舎へ飛び込む。

 

(猫は……居ない? なんで……。鳥はエサにガッついてる。ん?)


「クウス、居たか?」


 クウスの入ってきた裏口からカリオッツも現れた。


「いや、居ねえ。お前離れていいのかよ」


 カリオッツが裏口に来ているならそれまで彼が見張っていた穴は今ノーマークということだ。


「問題ない。穴の前に木箱を置いてきた。猫では退かせない重さだ」


 さすがカリオッツ。クウスの心配は無用だった。

 カリオッツと二人で中を再び見回ったが、やはり猫は見つからない。


「妙だな。クウスは鳴き声と同時に裏口に来たのに居ない。……一旦、ソーマを呼んでくる」


「わかった」


 カリオッツが裏口から出てソーマの元へ行く。カリオッツが出ると同時に、念のため裏口の引き戸を閉める。


「……なんか妙なんだよなぁ。中に入るとこも出るとこも見てねえのに、見当たらねえ」


 まるで幻聴でも聞こえたようだ。だが、カリオッツにも聞こえているなら、クウスの空耳でもないだろう。


「いや……幻聴? たしか、さっきも……」


 何かに引っかかったクウスは、目を閉じて深呼吸を始めた。


 そして、目を開けると共に、闘気を練って解放する。エサに夢中だった鳥たちが、闘気を感じたのか、動きを止める。


 さらに、クウスは殺気を放った。


「「コケーッ!」」


 全方位に振り撒かれた殺気に鳥たちが羽をバタつかせ騒ぎ出す。


 すると、騒ぎ暴れる鳥とはわずかに違う、怯えた気配を感じる。

 やはり、何かがいる。


 気配を感じた方へ、踏み出そうとしたクウス。しかし、その後ろから耳に入ったのは。


「ミャーッ」


「なに!?」


 確かに前方に気配を感じたのに、いつの間に後ろへ移動したのか。

 驚いたクウスは後ろを振り向く。

 しかし、そこには何もいない。


(なにも居ねえ! ウソだろ? 確かに声が、いや)


 クウスは再び殺気を放った。先ほど気配を感じた()()()


 すると、また。


「ミ、ミャァウッ」


 やはり()()()()鳴き声がした。


「へっ、もうだまされねえぞ?」


 クウスは前方へ一歩、踏み出す。


 すると、前で微かに地面の砂を踏む音。


 さらに二歩、踏み出す。


 今度ははっきりと、焦ったように後退りする音。


 しかし、次に一歩踏み出すと、気配は音を出さず静かにゆっくりと横へ移動した。

 

 クウスはそれに気付いていないふりをして、真っ直ぐ進む。

 気配は横にズレたままジッとしている。やり過ごす気か。


 そしてさらに前に一歩踏み出す。と見せかけて、クウスは横の気配へいきなり飛びかかった。


「ミャーゥヴッッ!!」


 クウスの両手が()()を捕らえた瞬間、薄い魔力の風が解け、そいつは姿を現した。


 銀色の毛に黒い模様が入った猫だ。

 猫を掴んだ両手にモフモフとした柔らかい感触が、そして震えが伝わる。


「キャルルゥッ!」

「ほう、オレを威嚇してんのかお前? でもめちゃくちゃ震えてんじゃねえか」


 クウスはもうとっくに殺気は消しているのだが、猫は小さな身体を震わせながら懸命に鳴いている。

 明らかにビビっているが、勇気のある猫である。


「お前、面白い猫だな。さっきのあれ魔法だろ?」

「ミ、ミャー?」


 クウスに笑顔で話し掛けられると猫は、この人間は敵じゃないの?とばかりに困惑して鳴く。

 

 この猫は先ほど、魔法を使った。気配とは別の離れた場所から声を出したり、自分の姿を消したりしていた。

 クウスはこういう魔法に覚えがあった。

 

 幻惑魔法。

 幻を生み出し周囲を惑わす魔法である。

 幻惑魔法は種類の名称で、どの属性でも理論上、実現可能な魔法らしい。モリー婆から聞いた有名なものでは、火属性なら陽炎、闇属性なら暗闇、そして風属性なら()()と言った形で幻覚を生み出す。


 まさに、この猫がやったのは風属性の幻惑魔法だ。幻聴を生み出し、惑わした。鳴き声のする方を探しても見つからないわけだ。

 さらに猫は自分の姿も、幻惑魔法で隠していた。

 おそらく、飼育員のトマが探した時も鳥舎の中にずっと居たのだろう。鳥と一緒に寝起きしてエサを食べて暮らしていたのだ。


「大したやつだぜ。でも、ここは鳥のための家だから、勝手に住んじゃダメだ」

「ミャァウ?」


 クウスは撫でながら褒めたり叱ったりするが、当然、猫は何を言ってるか分からない。

 しかし、撫でられるのは気持ちいいのか目を細めている。

 

 クウスは撫でながらちょっと不思議だった。

 この猫、なぜか親近感が湧く。


「クウス! 捕まえたの?」


 その時、裏口の戸が開きソーマとカリオッツが入ってきた。二人は猫を撫でているクウスを見て驚く。


「おう、何とかな。なかなか可愛いやつだぞ」


 猫の両脇に手を入れて持ち上げソーマへ見せる。

 持ち上げられた猫は戸惑ってる。高くて怖いのか、また震えている。


「ええっ、可愛い! 何だかプルプルしてるわ」


 ソーマが顔を近づけると、猫は弱々しいパンチを繰り出す。パンチする猫を見つめるソーマは満面の笑みを浮かべている。


「これで達成だな。その猫を街の外へ放しに行くぞ」


 ほのぼのとした空気をモノともしないカリオッツが、冷たい目を向け猫に宣告した。


「お、おい。待て待て。こいつ頭良さそうだから、ちゃんと言い聞かせれば――」

「なんだ、情が沸いたのか? ……この短時間で?」


 カリオッツが理解不能なものを見た顔をしている。

 だが、猫とクウスを見比べるように見つめ、何かに気付く。


「ああ、似てるからか」

「あっ、ほんと。そういえば似てるわね。クウスと、その猫ちゃん」


 カリオッツとソーマに言われ改めて猫を見れば、銀色の毛むくじゃらに、黒い隈取りが混じっている。

 銀と黒。クウスが魔人化した時とそっくりだ。

 親近感の正体が分かった。


「外に放すのが嫌なら、クウスが躾して世話しなきゃダメよ? 冒険者に着いてくるのは大変だと思うわ」


 ソーマが最もなことを言う。クウスたちはこれから別の街ウルカに向かう。旅の途中には魔物に遭遇したりするだろう。猫にはハードすぎる旅だ。

 普通の猫ならば。


「大丈夫だって。こいつはすげえ猫だからよ。な?」

「ミャー」


 カリオッツとソーマは軽くため息をつくが、クウスの次の言葉に意表を突かれる。


「こいつは魔法が使えるしな」


「「え?」」





 飼育員のトマに猫を見せ、クウスが旅に連れて行くので依頼は達成したと伝える。

 トマは冒険者の旅路に付き合う猫の今後の人生いや猫生に少し同情しながら了承した。

 受注書にサインを貰ってギルドへ報告に向かう。


 

「あらぁ〜、かわいい猫ですね」


 受付嬢はクウスの頭にしがみつく猫を見ると、顔を緩ませる。

 魔法の使える猫とは言わずに報告を済ませる。

 その様子を後ろから見つめるソーマは冷や汗をかいている。カリオッツはポーカーフェイスだ。


「つーわけで依頼は達成だ。これで銅級だろ?」

「ええ。では冒険者証を更新しますので、お貸し下さい」


 受付嬢にギルドカードを渡す。

 ペラペラな札級カードを受け取った受付嬢は、奥に消え、数分後に戻ってきた。

 その手に持つトレーの上には、光沢がある褐色のカードが載せられていた。


「これが、新しい冒険者証になります。今日からクウスさんは銅級冒険者となりました。おめでとうございます。そして、これからも冒険者ギルドでの活躍を期待しております」


 銅級のギルドカードをクウスが受け取ると、受付嬢が小さく拍手をしてくれた。

 それを見た猫もクウスの頭をポンポンする。


 クウスは一人前の冒険者と認められた。

 祖父を超える冒険者になる。

 その目標のための第一歩を踏み出したのだ。

 

 クウスは嬉しさと感動が混ざって、つい涙を流してしまった。

 

 それに驚くソーマ。

 一緒に鳴く猫。

 またかと、ため息をつくカリオッツ。


 この仲間たちと、明日からも旅を続ける。

 どんな冒険が待っているのだろう。

 

 

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