弔いと、擬進化
赤目狼の群れを討伐した翌朝。
クウスたちは穴を掘っていた。
戦闘後、討伐した赤目狼を運ぶため、村へ荷車を借りに向かった。
しかし村へ戻ってもタカスの姿がない。
一人だけ逃げた手前、会うのが気まずいのかと最初は思ったが、村長がタカスは戻って来ていないと言う。
嫌な予感を感じ、赤目狼の運搬をカリオッツに任せ、クウスとソーマはタカスを探す。
すると明け方になって、草陰でようやくタカスの死体を見つけた。
おそらく、逃げた後に赤目狼の待ち伏せに遭ったのだろう。
ソーマは顔面蒼白になっていたが気丈に振る舞い、村に戻って村長に報告した。
そして、タカスを村の近くに葬ることになった。
深い穴を掘り、タカスを埋葬する。
土をかぶせ、カリオッツがその上に大きな石を置いた。
「なんで大きな石を置くんだ?」
クウスがカリオッツに聞くと。
「遺体を獣が掘り返さないようにするためだ。あとはペパ草を植えておけば、近寄りもしないだろう」
横を見ると、手袋をしたソーマがペパ草を数本持っていた。村の周りに生えていたのを拝借したらしい。
手袋をはめているのは、ペパ草を直接さわるとヒリヒリするためだ。
ソーマはペパ草を植え終わった後も、しばらく墓を見つめていた。
「さあ、赤目狼の生き残りを探すわよ」
振り向いた最初の第一声はそれだった。
怒りを抑えているのか、その表情は厳しい。
「群れのボスだった鬣赤目狼は死んだ。なら縄張りを変える可能性もあるが」
「……今日は周辺を探索しましょう。見つからず、夜も現れなければ、村長に相談すればいいわ」
タカスの遺体の周りには、五、六匹分の足跡があった。足跡の大きさから通常の赤目狼だけと思われる。
だが、ボスだった鬣赤目狼を含め群れの大半が狩られたなら、もう村には近寄らないかもしれない。
見つからなければ、脅威は去ったとして村長に報告し依頼達成にしてもらうのだ。
結局、その日の夕方に、八匹の赤目狼の親子を見つけ討伐した。
子どもであっても魔物だ。勇敢に飛びかかってきたので、クウスたちは全て返り討ちにした。
ソーマは風属性の魔法を使って、二匹の赤目狼を倒していた。
赤目狼の死体を運んで村へ戻った三人は、村長へ報告をする。
「おお、有り難うございました! これで安心して外に出れます。……その、お連れの貴族様が亡くなられたのは、大変、村としても申し訳なく――」
村長は頭を何度も下げて、感謝と謝罪を繰り返していた。
貴族が自分たちの村で死んでしまったことに、不安も感じているようだった。
「タカスは亡くなりましたが、この村に責任は有りません。冒険者として依頼を受けたのですから。気になさらないで下さい」
ソーマは、村長に頭を上げさせた。
村長に気にするなと言うが、そのソーマ自身は明らかに気にしているように見えた。
その後、昨晩と今日に討伐した赤目狼の解体は、村人達がやってくれると言うのでお願いした。
昨晩から寝ていなかったクウスたちは、離れの家で食事を取ると、すぐに眠りについた。
翌朝、解体した魔物の素材を受け取り村を後にした。
「悪いわね。タカスの荷物まで運んでもらって」
残されたタカスの荷物は、テントをクウスが、背嚢をカリオッツが背負っている。
ソーマは睡眠を取って顔色も良くなり、一晩経ったこたでだいぶ調子を取り戻したようだ。
「別にいいけどよ、この荷物はどうするんだ?」
持ち主はもういないのだ。
「テントとか、二人で折半して購入した物は、私が貰うわ。残りの荷物は遺族に届けるつもり。杖と装飾品、あとはギルドカードや魔道協会の会員証ぐらいだと思うけど」
日が落ちてから野営中に、タカスの荷物の整理をした。
タカスが身につけていた装備はボロボロだったので、装備品は杖と指輪、紐が通されたメダルだけ持ってきていた。メダルの表面には魔法陣と本のマークが、裏面には一本だけ斜めに線が入っていた。
このメダルが魔道協会の会員証らしい。
背嚢の中には、水袋、食料、ランプ、布や袋、冒険者証、巻物が二巻、本が一冊、入っていた。
「この巻物は何なんだ?」
「それは魔術巻子よ。魔術を使うためのものね」
「へえ。なんか色々書いてあるな」
魔術巻子の留め具を外し開いてみると、中には円形の図や読めない文字がびっしりと書かれていた。
「それは魔法陣と詠唱句よ。その巻物が杖の代わりになるの。書かれてるのは……魔物避けの呪魔術ね。こっちのは……眩光の魔術」
ソーマは書かれている図形や文字を普通に読めるようだ。
「よし。テントとランプだけ貰って、他の物はウルカまで運んで遺族に届けるわ。あ、食料はあなた達が貰ってあげて」
「いいのかよ、サンキュー。……あれ? ウルカって――」
「俺たちの目的地と一緒だな」
カリオッツがクウスの言葉を引き取った。
「え、そうなの? 私はウルカにある魔道協会の支部に行くんだけど。あなたたちは?」
「俺たちは図書館が目的だ。古代言語の本を翻訳したくてな。ウルカにはタカスの家もあるのか?」
「タカスの家は無いけど、魔道協会にタカスの会員証を届ければ、協会が荷物を遺族に届けてくれるのよ。
……タカスのことが無くても元々、ウルカには行く予定だったの。協会で魔道士の認定試験があるから」
少し悲しそうな顔で俯くソーマ。しかし、すぐに顔を上げる。
「それより、あなたたち古代言語の本なんて持ってるのね、意外だわ」
ソーマはクウスたちが古代言語の本を所持していることを不思議がっている。
「封印魔術の本だぜ。図書館に行けば読めるって言うからよ」
「封印……。あっ! そういえば昨日のアレ凄かったわね。あの魔術が掛かってるなんて!」
ソーマは昨日の戦いで見た、クウスの魔人化を思い出したようだ。
おそらくクウスに封印が掛けられていることは、バレてしまっただろう。なにせ、ソーマは魔術を学んでいる本職である。イライラが限界に達したとはいえ、目の前で封印を解いたクウスの失態だ。
「はぁ。昨日の魔人化は封印を一時的に解いたからだよ。封印魔術の本を調べてるのも、封じられた力の関係な」
バレてはしょうがないと溜め息混じりに白状したクウス。
しかし、ソーマはなぜか眉を顰めて少し驚いた様子だ。
「……魔人化って…何? 封じられた力? あれは《擬進化》じゃなかったの?」
「は? 擬進化?」
今度はクウスが驚いた。擬進化とは何か分からないが、どうやらソーマは違うことと勘違いしていたらしい。
「どういうことよ?」
詰め寄るソーマから顔を逸らし、カリオッツに視線を送るが。
「ふむ、俺も詳しく聞きたいな。魔人化、か」
そう言われてハッとする。カリオッツにも魔人化という名称は教えていなかった。また失態だ。
その後、隠し通そうとしてさらにボロを出しまくったクウスは、面倒になって全部を白状した。
生まれつき強大な魔力と闘気を持って生まれたこと。
ほとんど覚えていないが、幼い頃は力が制御できず、暴走させて村に迷惑を掛けたらしいこと。
五歳の頃、集落に立ち寄った封印術師が、クウスの力のほとんどを封じたこと。
クウスが成長に伴い強くなることで、封印された力の一部を解放できるようになったこと。
解放した時の状態を集落の者が魔人化と呼んだこと。
モリー婆から、その力をできるだけ隠すように言われたこと。
祖父ノーマンを超える冒険者になるため、集落から旅に出たこと。
今よりも強くなって、封印された力を使いこなせるようになろうとしていること。
制御できるほど強くなれたら封印を完全に解きたいので、封印魔術の情報と術師を探していること。
クウスは隠し事を話せたので少しスッキリした。
クウスが全てを話し終えると、ジッと耳を傾けていたソーマが口を開く。
「クウスの事情は分かったわ。……昨日のあなたは確かに凄い力だった。そのモリーさんって人の言う通り、できるだけ隠した方がいいわね。
もちろん私も言いふらしたりしないと誓うわ。カリオッツもいいわね?」
「ああ」
ソーマからの問いかけにカリオッツも頷く。
二人とも、秘密にしてくれるようだ。会って間もないが、何となくこの二人は信用できる気がする。
「それで擬進化の詠唱だったのね。モリーさんって魔道士なのかしら? よく思いついたわね」
ソーマが一人、なにやら関心している。
「なあ、その擬進化って何なんだ?」
「擬進化はね、正式名称は魔力抑留の封印魔術って言うの。簡単に言えば、体内に魔力を溜め込む封印ね」
数分間続いたソーマの話をまとめると。
《魔力抑留の封印》、別名《擬進化の封印》は、体内に魔力を溜める封印魔術だと言う。
長期間にわたり少しずつ魔力が溜まっていき、解放すると溜め込んだ魔力の分だけ強化される。
ただし、強化されるのは一時的なもの。魔力を使用したら、また溜め直さなければいけない。
擬進化という名称は、封印解放時にまるで上位の存在に進化したかのように強化されることから、そう呼ばれているらしい。
クウスの魔人化のように、解放時に髪や目の色など外見が変化することも珍しくないそうだ。
この外見の変化がクウスの魔人化と同じなことをモリー婆は知っていたのだろう。
だから、魔人化を誤魔化すために擬進化の詠唱をクウスへ教えたのだ。
「擬進化の封印は高度な魔術だから、それを施せる人も、施された人も滅多にいないわ。でも、擬進化なんて言われるだけあって、その効果はすごいから魔法使いや魔術士の間では有名よ」
ソーマはペラペラと話し詳しそうだが、封印魔術は使えないらしい。魔道学が大好きで、適性の無い魔法や魔術も知識として学んだり調べたりしているだけだと言う。
「じゃあ、これからは擬進化の封印が掛かってることにすればいいのか」
「そうね。誰かに聞かれたら、旅の封印術士に擬進化の封印を掛けてもらったって言えばいいと思う」
これからは魔人化を見られても、うまく誤魔化せそうだ。
フチでは酒場で思いっきり目撃されているが。
会話は夜中近くまで続き、カリオッツも〈龍脚〉のことをソーマに話した。
ソーマは二人の生まれつき持っていた“力”のことは、聞いたことが無いと不思議がっていた。
楽しそうで、ずいぶんと元気に見えた。
寝る前には、
「書いた人によって術式に癖があって他人のは使いにくいのよね」
と、タカスの遺した魔術巻子を開いて、《魔物避けの呪魔術》を発動してから、ソーマはテントに入って行った。
クウスも簡易テントに入り横になった。
しかし、魔物避けの効果が半信半疑だったのでその眠りは浅かった。
微睡みの中、テントの方から押し殺したような泣き声が聞こえた。
無理に明るく振る舞っていたのだろう。
その内、テントは静かになり夜は更けていった。
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