貴族
「ふん、貴様ら平民か」
北門に着いたクウスとカリオッツを見た男の第一声だ。
「……オレはクウス。こっちはカリオッツ。とりあえず、よろしくな」
何となく見下された気がするが、気にせず自己紹介する。だが。
「おい、口に気をつけろ! …私はタカス・ベッショ。由緒あるベッショ騎士爵家の者だぞ。貴様らとは身分が違うんだ」
「はあ? ……き、しゃくって何だ?」
なんだか偉そうな物言いだが、クウスはこの男の言ってることがよく分からなかった。
「お、あの貴族の兄ちゃんまたやってるぜ」
「あーあ、あいつら、あの二人組と依頼受けたのか」
「やめとけやめとけ、ストレス溜まるだけだぞー」
通りすがりの冒険者たちが野次を飛ばす。どうやらタカスの態度はこれが普通のようだ。
「ちょ、ちょっと、タカス! これから一緒に依頼を受けるんだから、やめなさいよ」
野次を受けて顔を少し赤くしたソーマが嗜めるも、タカスはクウス達を睨みつけたままだ。
「……すまん、ちょっといいか? 俺もクウスも、その男の言う通り平民だ。貴族に対する礼儀作法は分からん。悪いが、一緒に依頼を受ける間だけ、口調など大目に見てほしい」
カリオッツが下手に出てお願いをする。意外だったのでクウスは少し驚く。
最も、カリオッツはこのお願いを断られたら、同行を辞めて別の依頼を探すことを視野に入れていたのだが。
「そうね。知らないことをいきなりやれって言っても難しいわ。この依頼中はパーティー内に身分格差を持ち込まないようにしましょ」
「なっ! ソーマ、本気か? こいつら――」
「お願い、タカス」
ソーマの提案に不快感を露わにしたタカスだったが、ソーマにジッと見つめられて言葉に詰まる。
「くっ。……おい、貴様ら。ソーマに免じて多少の無礼は許してやろう。だが忘れるなよ。私たちが貴族に連なる者だということを」
クウスもカリオッツも、返事をしない。
「はあ……。さ、さあ行きましょ? 明日の昼までには村に着きたいわ」
ため息をついたソーマが促し、四人はツァムルの門から出発した。
目的地はツァムルの北にある小さな村、モミジ村で、依頼を出したのは村民一同のようだ。
村の近辺で赤目狼が出没するようになった。いつ村人に犠牲が出るか、不安に襲われた村人達が、なけなしの金を持ち寄って依頼を出した。
しかし集まった報酬は、銀貨4枚。
ツァムルからモミジ村までの距離は丸一日で、平均的な四人組パーティーが受けた場合、往復分で日給を考えるとかなり安くなる。
さらに、村に出没する赤目狼の数は四、五匹らしく、素材を売却しても銀貨2枚ほどだ。
割が良いとは言えず、依頼を受ける者は中々いなかった。
ソーマはタカスと二人で後衛のみのパーティーだったので見送っていた。しかし、この依頼を誰も受けずに数日が経った。
村人に被害が出てしまう前に、他の人間を誘って受けようと決めたらしい。
「ふーん。それでオレらに話しかけたのか」
「そうよ。クウス達も討伐依頼を探してるみたいだったから、丁度良いと思って」
今は日が落ち、野営をしている。
意外なことに、タカスは背嚢に積んでいたテントを手際良く建てていた。野営に慣れているらしい。
最も、最初はクウスたちに建てろと言ってきたのだが。当然クウスたちは無視した。
ちなみに、クウス達はロープ・防水布・枝・石で簡易テントを作ったので、そこで寝る。
簡易テントの作り方は簡単だ。
太めの長い枝を地面に深く突き刺し、枝の上部と布をロープで結ぶ。結んだ上部から布を斜めに引っ張って、四角に石を置いて留めれば完成だ。枝のある側は出入り口となりガラ空きになるが、魔物の夜襲などに素早く対応できる。
テントと言うより屋根といった感じなので下は地面むき出しだが、草や葉を適当に敷けば寝れるものだ。
この簡易テントの作り方は、祖父ノーマンに教わった。ノーマンが現役冒険者だった頃に、テントを持ち運ぶのが面倒で、ロープと布だけで何とかしていたそうだ。
ソーマが枯れた枝葉を集め終わると、タカスに声を掛ける。
「タカス、火をお願い」
タカスは持っていた長い杖を枯れ枝に向ける。
「火の御手包まれし 赤き粒よ 灯れ 《灯火》」
杖の先に小さな火が生まれ、枯れ枝の中に落ちる。すると、少しずつ煙が上がり、やがて火が大きくなった。
「ふっ、見たか平民よ。これが選ばれし者だけが使える魔法というものだ。明日は我が炎が魔物を焼き払うところを見せてやろう」
「へー、そりゃあ楽しみだ」
(こいつ、面倒くさいやつだな。灯火なんて子どもでも使えるだろ)
集落ではモリー婆に教わり、魔法が使える子どもは何人かいた。
適性さえ有れば、子どもでも灯火は使える。
「そういや、ソーマも貴族なんだろ? タカスが言ってた、きしゃくって何なんだ?」
クウスがタカスと呼び捨てにした瞬間、どこからか舌打ちが聞こえてきたが気にしない。
「きしゃく? ああ、騎士爵ね。貴族の階級の一つよ。クウスは貴族についてあまり知らない?」
「ああ、よく分からん。とりあえず王様と貴族は、偉いって決まってるらしいな」
「……まあ、間違ってはいないわね。なら少し教えてあげる。エステマ王国のことを」
ソーマはなんだか少し嬉しそうに話し始めた。お喋りが好きなのか、それとも何かを人に教えるのが好きなのだろうか。
エステマ王国では、国を治める君主とその一族を、王や王族と呼ぶ。
そしてその下に、貴族がいる。
貴族とは功績や血縁によって、王から社会的特権を認められた者、またはその一族のことだ。
貴族には階級があり上から、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士爵の順となっている。
そして、貴族の下に平民がいる。宿屋の女将、雑貨屋の店主、冒険者、農民。みんな平民だ。
「ツァムルや今向かっているモミジ村は、男爵の位を授かったマオリ男爵が治める領地よ。
私の家、カシィ家と、タカスのベッショ家はどちらも騎士爵の家ね」
「ふーん。騎士爵ってのは貴族の一番下なのか」
いきなり貴族階級の説明を受けて、半分くらいしか頭に入らなかったクウス。何気なく呟いた言葉に、タカスが反応する。
「貴様! 騎士爵を馬鹿にしているのか? ベッショ家は爵位は低くとも歴史ある名家だ! 本来なら貴様ら平民が気安く声を掛け――」
「やめて! 依頼中は無礼講にするって決めたでしょ⁉︎ 明日は魔物の討伐よ。連携しなきゃいけないんだから」
ソーマがついに怒ったようだ。タカスはバツの悪そうな顔をして立ち上がる。
「ちっ。私はもう休む。見張りは貴様らがやれ!」
そう言って、テントの中へ入ってしまった。
「はぁ、ごめんなさい。なんて言うか、ちょっとプライドが高い人だから」
ソーマはクウス達に頭を下げた。
「頭を下げる必要は無い。……だが、貴族がなぜ冒険者をやっているんだ?」
カリオッツは本当に気にしてなさそうに、話を変える。
「私とタカスは、魔道士を目指してるの」
「魔道士? 魔法使いとは違うのか?」
クウスが聞き覚えない言葉に反応する。
「魔法使いは、魔法を使う者のことよ。魔術を使う者は魔術士」
「魔術って確か、魔力の少ないやつでも使える魔法だっけ?」
「そう。魔術は魔力が少なくて魔法が使えない人でも使えるように人類が編み出した技術よ。魔法よりも知識や研鑽が必要だけどね」
とんがり帽子を脱いで膝におきながら話すソーマ。
その明るい茶色の長髪は、焚き火に照らされ赤く靡いている。
「魔道士っていうのは、魔法と魔術の両方を使い、どちらにおいても一定以上の知識と実力を認められた者のことよ。
私が冒険者をやってるのは、実戦経験を積むため」
ソーマは王都にある王立学校を去年卒業してから、魔道協会に登録したという。
魔道協会は魔道学の発展と、世界中の魔法使い・魔術士の地位向上と保護を掲げて設立された組織なんだとか。魔道士と名乗るには、協会の認定を受ける必要がある。
協会の魔道士から、魔法や魔術の腕を磨くなら実戦が一番だと言われ、冒険者になったらしい。
冒険者は魔物の討伐で実践経験が積める。素材の採集では、魔術に使う素材・触媒の勉強になる。お金も稼げるので自立にもなる。
それで冒険者になったのはいいが、なぜかタカスまで冒険者になりソーマについてきた。
タカスは王立学校の同級生で、ソーマと同じく魔道士を目指していたのだ。
ソーマが冒険者になると聞いたタカスは、親を説得し自身も冒険者登録をしてソーマに同行した。
それ以来、半年間もタカスと他の冒険者が揉めるのを、仲裁してきたそうだ。
ちなみに、年齢はソーマもタカスも十六で、クウスの一つ上だった。
「私は半年も経てば冒険者のちょっと失礼な言動にも慣れてきたわ。むしろ貴族であることを隠した方が、上手くやれると思うんだけどね」
髪を手櫛で梳かしながら苦笑するソーマ。
「ははっ、あいつがいたら無理だろ」
「まあね。今までに何度も他の冒険者とパーティーを組んだけど……。タカスの態度に怒って仲間割れして依頼失敗。依頼達成できても二度と組んでくれなかったりって感じね」
ソーマは遠い目をしながら語る。半年間を振り返っているようだ。
「ツァムルには二ヶ月前に来たんだけど、すぐに有名になっちゃったわ。魔法使い二人組、偉いお貴族様だから近寄るな、って」
ツァムルを出る前、冒険者たちが野次を飛ばしていたのも、タカスやソーマを知っていたからだろう。
「だったら、パーティー解散しろよ。あいつと組まなきゃいけない理由でもあるのか?」
クウスが疑問を口にすると。
「うーん、実家の両親のことを考えると、タカスを無下にできないのよね。
実家のカシィ家とベッショ家は派閥が同じなのだけど、派閥の中でベッショ家は発言力が強いのよ。騎士爵にしてはだけど。
領地経営が上手くいっていて裕福だから、根回しとかもできるのかもね」
「気に食わない男だが、魔法には自信が有りそうだった。ソーマたちの実力はどの程度なんだ?」
干し肉をかじっていて静かだったカリオッツが聞いた。
「そうねぇ、私もタカスも一人で豚怪人を倒せるわ。ただ魔法主体だから、接近戦は苦手よ。杖とナイフしか無いしね」
「そうか。俺とクウスは、剣と体術が得意だ。明日の討伐は、基本的に俺とクウスが前衛で、ソーマとタカスには後ろから魔法で援護して貰う形でいいな?」
「ええ、大丈夫よ。タカスも陣形には文句を言わないと思う」
「それじゃ、今日はもう寝ようぜ。カリオッツ、交代になったら起こしてくれ」
「ああ、分かった」
「あ、見張りなら私もやるわよ。まだ九時ぐらいだと思うから、三時間ごとに交代にしましょ」
「三時間なんて計れねえぞ?」
時計とか、時刻とか、最近知ったクウスには時間を計ることは難しい。
「これを使えば大丈夫よ」
ソーマは黒い棒状の物をクウスに見せる。
「なんだこれ?」
「獣炭か」
その正体をカリオッツが口にする。
「そうよ。これは獣炭って言って、魔物の脂やおが屑から錬金魔術で作られた固形の燃料よ。
油は魔術で変質しているから長時間燃え続けるわ。これを使えば焚き火の火持ちが良くなるというわけ。
そして私が持ってる獣炭は三時間で燃え尽きるサイズなの。これを一本消費したら見張りを交代すればいいわ」
ソーマは半年間、冒険者をやっているだけあり、野営に便利な道具を持っていた。
その晩は、カリオッツ、ソーマ、クウスの順で見張りが行われた。
タカスは一度も起きなかった。
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