酒場の噂話
「お、重い。キツいぞ、これ」
ツァムルの門を潜って、歩くクウス達。
その肩には枝に括られた刺兎がぶら下がっている。
クウスは七匹。カリオッツは五匹。それぞれ自分たちで仕留めた分を運んでいる。
森から二時間以上も担いで歩き、ようやく冒険者ギルドへ着いた。
入口に向かおうとした二人に、声が掛かる。
「おーい、そこの二人。素材の持ち込みはこっちだぞ」
声の方へ振り向くと、ギルドの入口から数メートル離れた場所に、「素材受付」と書かれたデカいカウンターがあった。
このカウンターはギルドの建物と繋がっているので、ギルドの一部なのだろう。
カウンターの中にはこれまたデカい男がいた。
頭には横に広がる特徴的な耳と、角の名残りと言われる突起が小さく生えているので、獣人だ。おそらく牛人族。
「買取ってここなのか? 昨日、中の受付に緑剛鬼の皮を持ち込んでる奴らがいたぞ?」
「緑剛鬼ぇ? ああ、嘘っぱちな報告して注意されたっつー阿呆どもか。そりゃあ、あれだ。ウソの報告するのに皮を見せた方が真実味があると思ったんだろ。自分達が緑剛鬼を仕留めたと宣伝にもなるしな」
「へえ、そういうことか。じゃあ、これはここに預ければ良いのか?」
担いでいた刺兎の群れを大きなカウンターに下ろす。
このカウンターがやけに大きいのは、大型の魔物や大量の素材が持ち込まれるからだろう。
刺兎を下ろした後、雑嚢から指のように太い薄紅色の毛と、魔石を出す。
「おっ! こりゃあ凶怪人じゃねえか。お前らまだ若いのにやるなぁ」
首から札級のギルドガードを下げたクウスが、凶怪人の証明部位を出したので、牛人族の男は驚いている。
今出した毛と魔石は凶怪人の討伐証明部位だ。凶怪人の頭部は指のように太い毛が何本も生えているが、後頭部に一本だけ薄紅色の毛が隠されている。
これは、凶怪人の脳みそと繋がっているらしく、めちゃくちゃ急所だ。引っこ抜いたら死ぬので、討伐証明部位になっている。
ただし、素材としての価値は無い。買取価格もゼロだ。
凶怪人はそこそこ強い割に、魔石以外売れないので、冒険者からは嫌われているらしい。
「ほい。これが素材の預かり証だ。これを中の受付に渡せば、報酬や買取代金が受け取れるからな」
牛人族の男から受け取った紙には、「凶怪人の魔石、薄紅色の毛、刺兎の魔石、角、肉、それぞれの数が記載されていた。
「受け取った金は半分ずつでいいよな?」
カリオッツに、報酬の分け方を半々で提案する。
「いいのか? お前の方が狩った数は多かったが」
「別にいいって。じいちゃんたちもパーティー組んだら平等に分けとけって、言ってたし」
「クウスがいいなら構わないが。じいさん達というのは確か冒険者だったか?」
「ああ。故郷のじいちゃんと剣を教えてくれた鍛冶師だよ。二人とも元冒険者なんだ」
「元冒険者か。そういえばまあ金で揉めるのは面倒だから均等割りが無難なのかも知れんな。なら報酬は半々にしよう。ただ、刺兎の討伐数はお前の勝ちだったから、夕食は俺が奢ってやる」
「えっ? いいのかよ!? やったぜ!!」
急遽、今夜はタダ飯が確定し、酒も頼んでみようか迷うクウスだった。
報酬の合計額は、銀貨2枚、大銅貨5枚、銅貨6枚だった。
内訳は、凶怪人の魔石が銀貨1枚。刺兎の討伐報酬は銅貨2枚で、角は銅貨1枚、肉は大銅貨1枚、これが十二匹分となる。
これを二人で分け、余りの大銅貨1枚は夕食代を持つカリオッツに寄付した。
そして今、クウスがいるのは、酒場である。
そう。生まれて初めての酒を飲みたいとカリオッツに話したら、リーフレットを広げてお勧め店に連れて来てくれたのだ。
「お待たせー。エール二つに、甘辛炒め、シチューね。ごゆっくりー」
店員が運んできた料理は、刺兎の肉と野菜を甘辛く味付けした炒め物と、キノコの入ったシチューだ。
それも美味そうだが、目の前のコップから視線を離せない。
初めての酒、エールだ。
「それじゃあ、初依頼達成を祝って」
カリオッツがエールの入ったジョッキを持ち上げる。
(おお! 集落の大人たちがやってた乾杯ってやつか。オレが言えばいいんだよな)
「か、かんぱーい!」
ちょっと声が裏返ったが、人生初めての乾杯をし、エールを一気に呷る。口の中に入ったエールは舌に苦みを与えながら喉を通っていく。
「どうだ、酒の味は?」
「……うーん。よく分からねえなぁ。苦みがあるけど、さっぱりしてて飲みやすい。でも美味い!ってわけじゃないっつーか」
なぜ、大人は酒が好きなのか、改めて疑問に思ってしまう。
「まあ、飲んでればそのうち良さに気付く。ツマミを食いながらだと、酒は進むぞ」
カリオッツの言う通り、料理を食べながらエールをちびちび飲んでいく。
「そう言えば、今日の戦闘。カッコいい技使ってたよな、あれって闘気だろ?」
ふと、今日の戦いで気になったことを思い出し、カリオッツに聞く。
凶怪人が逃走を図った時、カリオッツは数メートルの距離にいたやつの顎を打ち抜いた。
撃ち抜いたものは、矢や投石ではなく闘気の弾だった。
「ああ、俺は〈気弾〉と読んでいる。闘気の拳打を飛ばす。射程距離は十メートルも無いが、貴重な中距離攻撃だ」
「あの技、そこまで威力は無さそうだった。闘気の量をうまく抑えて撃ったんだろ? オレは闘気を放つ技は苦手だから、器用だなぁって思ったよ」
クウスは闘気を操り身体を強化したりはできる。だが、体外に放射するのはちょっと下手くそだった。力を込め過ぎて、大量の闘気を放ってしまうのだ。
「体外に闘気をただ放射させるだけなら、できるだろう? 放射する時に意図的に量を調整するんだ。何度も練習を積めば、その内できるようになるぞ」
「うーん、以前はそういう練習もしてたけど、うまくいかねえんだよ。まあ、やってみるけど。……おっ、これ美味え」
クウスが食べたのは、刺兎の肉が入った甘辛炒め。甘いのに辛い、それは集落では食べたことがない味付けだった。
「凶怪人と戦う前に言ってた、ランクって何なんだ?」
これもさっき気になったが、すぐに戦闘へ突入してしまったので聞けていなかった。
「ランクは脅威度を表すものだ。1が一番下で、数字が増えるほど危険で強いと思え」
全ての魔物はその脅威度からランク分けされているらしい。討伐難易度を表していると言ってもいい。
今日の刺兎ならランク1、凶怪人はランク3だとか。
ちなみに大まかな目安として、ランク1の魔物は武器を持った成人男性なら大抵勝てるらしい。
ランク2になると訓練を積んだ冒険者や兵士が、ランク3は腕利きの冒険者や騎士が必要になるらしい。
料理に舌鼓を打ちつつ周りを見渡せば、店内は大分、混雑してきていた。
近くのテーブルには、冒険者っぽい連中や商人、色々いるが、みんな酒を飲んで話に興じている。
「なあ、聞いたか?レングローバで雪男が異常発生してるらしいぜ」
「はあ? 雪の積もった所に出る魔物だろ? いくら北国でも、今は春だぜ? おかしいだろ」
「だから異常発生なんだって」
「おっ、今日は随分と豪勢じゃねえかお前ら。どうした?」
「へっへっへ、聞いてくれよ〜。今日は昼過ぎまで森をうろついて凶怪人1匹しか狩れなくてよ、もう切り上げて帰ろうかと思ったんだ。そしたら、赤目狼の群れと熊喰猫が争ってるとこに出くわしてな。どっちも弱ってたから横から俺ら5人で突撃して、大漁よ! ラッキーだったぜぇ」
「かーっ、マジかよ。ツイてるな〜。こっちは一日歩き回って赤目狼2匹だけだぜ? やってらんねえよ」
「“鬼人”が死んだってよ」
「いやいやいやいや、嘘だろ? “鬼人”って言や、あの治安最悪なルシャムッテで敵無しとか言われてる奴だろ?」
「ああ、その“鬼人”だ。なんでも最初は誰かに負けたって話だったけどその後、行方知れずだから死んだんじゃねえかって噂だ」
「えぇ・・・誰があの化け物を殺せるんだよ」
「さあ、どっかの凄腕賞金稼ぎじゃねえか?」
「でもよ――」
「あ〜ムカつく。あのボケ共、また新人の獲物を横取りしたらしいぜ。さっきギルドで新人パーティーが受付嬢に訴えてたんだが、あのクソ野郎ども、知らねえの一点張りでお咎め無しだ! あんだけ勝手ばかりして何で平気なんだよ?」
「ヒッポ達か、あいつらはタチが悪いことに口が上手いからな。のらりくらりと追及をかわしやがる。ギルド職員もはっきりとした証拠が無えから、注意しかできねえんだよ」
「ちっ。新人のガキんちょ共は顔も腫らしてたのによ、見てらんなかったぜ」
「その内、あいつらも痛い目に遭うだろ。ってかお前もそんな気にするなら新人どもに付きっきりで、訓練でもしてやれよ」
「……オレが話しかけると、あのガキども泣きそうな顔するから……」
「プッ。お、お前のツラは凶悪だからなー」
「うるせえ!」
「イーデンで反乱が起きてるって聞いたんだけどさ、お前イーデン出身だったろ、何か知ってる?」
「おお、そりゃマジだぜ。イーデンの故郷から手紙が来てよ。元傭兵のダチに教えたら、すぐにイーデンに向かったぜ」
「あー傭兵は早く参加しねえと食いぱぐれっちまうからなー」
「いや、そいつはよく話を聞かねえで行っちまったんだよ。実は反乱とは言っても、農民の起こした小規模なもんらしくてな。たぶんダチが着くまでに鎮圧されちまう」
「ぎゃははは、そいつは間抜けだな!」
「遂にリスボン王国の王都が陥ちたそうです」
「さすがのリスボンでもゼーレイド帝国相手じゃ無理だったか。まあ、分かってたことだが」
「まだ王都以外の都市では抵抗が続いているそうですが、時間の問題でしょう」
「これで、帝国は北への道ができるな。本気で北ブリアテス大陸に進出する気かね?」
「可能性は高いでしょうね。ゼーレイド帝国と北の連邦は仲が悪いですし、以前の百国會議でゼーレイドの皇帝が、北に帝国の旗を立てると明言したとか」
「ひぇ〜怖えな。帝国は誰も止めないのかよ」
「ん〜難しいでしょうね。今代の皇帝は、絶対的な権力を握り信仰に近い支持を集めていると聞きます。下の者は誰も止められないし、止めないでしょう」
聞こえてきた内容は半分以上、理解できなかったが、クウスは興奮していた。
魔物の異常発生。
冒険者の日常。
強者の噂。
冒険者同士の揉め事。
農民の反乱。
国と国の戦争。
今クウスがいるエステマ王国内外の話が混ざっていそうだったが。やはり外の世界には自分の知らない刺激的な冒険が待っているのだと感じてしまう。
聞こえてくる話を肴に飲む酒は、いつの間にか美味しく感じ始めていた。
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