2 熊殺し
王都からローデンファング国の王都まで十日かかる。その間は領主の館で泊まったり、野営をして一夜を明かしたりする。
今回は護衛として騎士達は五百人以上、先王陛下の側近や侍女達や使用人等がいて合計で千人近くの者と一緒に隣国に行く事になっている。
そんなオレは先王陛下のお供として同じ馬車に乗り、領主の館でも先王陛下と共に行動をした。
そしてオレの失敗を助けてくれたのは先王陛下の護衛を務めるゴーイングさんである。いつも先王陛下とオレの後ろに待機して様々な事を助けてくれる。本当に良い人だ。
隣国に向かう道中、馬車の中で先王陛下といろんな話をした。
「ほう。そんな事をしたのか」
「はい。身体強化の訓練の為に街の奥の方、スラムに行って。人の殴り方を勉強しました」
「……スラムか。アルムなら平気だろう。しかし子供がスラムに行くなんて感心しないな」
「しかしスラムで人身売買していた者達や変な薬を売っている人間達しか相手しませんでしたよ。やっぱり殴るコツを覚えるには経験が必要ですから」
「……その殴った犯罪者はどうした?」
「えーと、確か書類等の証拠を街の衛兵の待機所に置いて帰りました。その後の事は知りません」
「……そんな事をしていたのか」
「ベルファルト殿下の学友になってからはしていませんよ。それで殴り方のコツがまだつかめなくて困っています」
「剣術で相手をしないのか?」
「剣で戦うと剣がもろくて折れたり曲がったりして。木刀も力が入りすぎてヒビが入って割れてしまって使い物にならないし。真剣も柄の部分を握りしめすぎて曲がってしまってた事もあったので。手加減が少し難しくて苦手なのです」
「……そうか。今後の課題は手加減だな」
「手加減をしているのですけど。成長によって力が変わって手加減が難しいのです。成長が止まれば手加減が上手くなると思います」
「当分は手加減が上手くならないか……」
他にも。
「この領地はワシの祖父が手に入れた領土でかなり苦戦したと聞く。攻める敵から街を守り、この街で籠城したそうだ。この領土は農作物が豊富でそれを手に入れる為に戦った。相手の物資を消費させる為に独立して騎士を敵兵の裏に回して少ない兵力で突撃をしたそうだ。そしてその状況を見た祖父が籠城している街から出兵して前後からの挟撃をかけて敵を撤退させたそうだ」
「なるほど。素晴らしい作戦ですね!」
「その通りだ。ワシの祖父は戦上手でいろんな所に出兵して国土を広げた。一番の難所はやはり……」
「なるほど、そのとおりですね」
「そしてワシの父の代では戦で疲弊した国を回復させるために様々な事をした!例えば……」
「なるほど!そのように税率を変えたのですね!」
「そして十年計画を立てて海に面している街を復活させた。その結果……」
「なるほど!長期を見た計画を実行されたのですね!」
他にも。
「ワシのミリアは可愛くて可愛くて可愛くて。ベルファルトも可愛いぞ!」
「はぁ」
「孫がこんなに可愛いとは……」
「はぁ」
「孫の婚約者の話が出たときは、叱りつけてワシ自ら確認すると言ってな」
「はぁ」
「骨のある奴は誰も居なかった!情けないとは思わないか?」
「はぁ」
「せめてお前の半分くらいの戦闘力を身に着けてから名乗りを上げるのが筋ではないか!」
「はぁ」
「それなのにワシに歯向かう事も出来ん。そんな奴に孫娘をやれる訳がない!」
「はぁ」
そんな感じで会話して隣国に行くのだった。
※
今回の護衛責任者であるゴーイングは野営場所の事で担当の騎士に指示を出し、自らも先王陛下が休まれる天幕の場所を決める為に他の者達に場所を探させる。
今回の任務は先王陛下の直属護衛となって初めての遠出だ。絶対に成功させなければ!
万が一失敗したら先王陛下の顔に泥を塗る事になる。そう思って今までの経験を駆使して指示を出す。
野営をしている最中に先王陛下の側近の方に話しかけられた。
「少し、よろしいか?」
「どうしましたか?」
「フルブルーク様と一緒に居る子供ですが」
「アルムエルグ殿ですね。それが?」
「いえ、気難しいと言われる先王陛下と一緒に居て何事もなく過ごしている。こんな事は今まで無かったですから」
「アルムエルグ殿は信頼できる良い方です」
「しかし欠陥魔法使いと聞いた事があります」
「確かにそうですが、先王陛下の前では言わない方が良いでしょう。本人は気にしていませんが先王陛下が気にするでしょう」
「アルムエルグ殿は気に入られているのですね。……しかし悪い噂が多すぎます。先王陛下に取り入って姫様の婚約者になったとか、公爵家の権力を使って学友になったとか。一番多い噂は仮の婚約者としてミリアリア様の婚約者となろうと思っている者達を牽制すると言う噂です。聞いた事ありませんか?」
「勿論聞いた事はある。しかし根も葉もない噂だ」
「しかし、その噂が大きくなって止める事が出来ません。国民は噂が真実と思うでしょう。そしてアルムエルグ殿の悪い噂は平民も耳にしています。」
「噂の出所は?」
「王宮から国内に広まりましたよ。そしてドックライム公爵家からも広めているようです」
「……公爵がそのような噂を流すはずがない。公爵家を経由しているのか?」
「アルムエルグ殿は欠陥魔法使いだから公爵家で働く者達から好かれていないようです。何かしらの原因があると思いますが、その事は姫様の仮の婚約者になった欠陥魔法使いと言われる前からです」
「……先王陛下に伝えるべきだろうか?」
「伝えています。そしてその噂を終息させろと」
「出来るのか?」
「やっています。先王陛下は隣国から帰るまでに噂を無くせと言われましたが難しいでしょう。アルムエルグ殿が先王陛下と一緒に隣国に行くのは噂を終息させる為で、ご本人にはその事を知らせない様にする為なのでしょう。しかし噂の終息は難しいですね。他の人間の噂を流して抑えてはいるそうですが……」
「……そうか。まずは今回隣国に行く者達に噂の払拭だな。アルムエルグ殿が噂と違うと分かって貰わないと」
「私達でもそのように努めます」
「よろしく頼む」
「……あれはアルムエルグ殿ではありませんか?森の方に向かっていますよ?」
「そのようだな。私が行こう。すまないが先王陛下を頼む!」
走って森の入り口を見るアルムエルグ殿に声をかける。
「どうされた?アルムエルグ殿」
「ゴーイング殿、五百メートルくらい先に熊がいるようで。どうしようかと思っていました」
「……熊ですか?」
「はい、二匹ほど。こっちを狙っているようですね。食べ物の美味しい匂いがしていますから」
「では騎士達を派遣して追い払いましょう」
「大丈夫ですよ!追い払うくらいなら私がしますから」
石を拾って投げる。ブンっという現実離れした音と共に石を投げた。
「……あ、殺してしまった。もう一匹は逃げましたね」
「アルムエルグ殿。石を投げて熊を殺さないでください。手加減を忘れずに!」
「すいません。でも死んだ熊はどうしましょうか?匂いで他の動物が来るかもしれません」
「……食材として熊を食べるか。しかし誰が殺した事にするべきか。……私しかいないか」
「なんか、すいません」
「この事は先王陛下に伝えますから」
「……わかりました」
……この歳で熊殺しの名前が付くなんて。アルムエルグ殿と一緒に居ると退屈しないな。
その後、私は熊殺しの異名が付き騎士達から尊敬される事となり、熊の毛皮は奇麗になめされて男爵家屋敷の敷物になった。
将来、アルムエルグ殿が狩った熊だと言える事を願う。
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