赤い鳥
風がリンゴの葉を揺する。木の葉の中に紛れて、小鳥たちも飛んだり別の枝に移ったり、自由に動いている。
なんだこれ?
僕は、上京でしばらく家から離れていたとはいえ
リンゴ農家の息子ではある。だから、果樹園に現れる野鳥のうち、代表的なものは頭に入っている。そんなに詳しいわけでもないけれど、多少は知っているほうだと自覚している。
しかしこんな真っ赤な鳥は、頭の中の辞書にない。さながら自我を持って動くリンゴ。遠目に見たら、どれがリンゴでどれが鳥か、分からなくなりそうだ。
「こいつらな、今年も大勢来た」
ふいに声がして、僕は振り返った。父さんがいつの間にか、近くまで来ていた。剪定ばさみを腰に下げ、帽子の鍔を指で持ち上げながら、リンゴの木の鳥を見上げている。
「それ以上は近づくなよ。驚いて逃げちまうからな。そっとしといてやれ」
「父さん、これ、なに? なにこの鳥。初めて見た」
僕は枝に並んだ鳥を指さした。父さんがしれっと言う。
「最近来るやつだ」
「最近? 来るやつ?」
「ここ三、四年くらいだな。この時期になると飛来してくるようになった、なんかよく分からん渡り鳥だ」
木の枝に鳥たちがぎゅっと集まって、寄り添い合う。
「なんだか知らんがリンゴの木にとまるから、ぱっと見一気にリンゴが実ったかと思っちまう。紛らわしいんだ」
たしかに、遠くから見たら完全にリンゴだ。それもよく色づいた、美味しそうな実にしか見えない。
「なんて鳥?」
「忘れた。耳慣れない名前で覚えられん」
父さんが鳥を仰ぐ。
「この辺の衆らは『リンゴ鳥』とか『擬態鳥』とか自由にテキトーに呼んでる」
「リンゴ鳥、かあ」
僕にとっては、その名前がしっくりきた。
枝の上で、鳥同士が身を寄せ合い、互いに羽繕いをしている。人間が近くで見ていても、あまり警戒しないみたいだ。赤い羽根の端に、微かに黄色と緑が少し混じっている。見れば見るほど、熟していく途中のリンゴの色にそっくりだ。
「毎年来るんだね」
「ああ」
「どこから?」
「知らん、なんか外国。時期になると来る」
父さんは続けた。
「八月になると、ちょうどその頃に収穫時になる極早生種を育ててる農園に現れはじめて、九月に入ると早生種、中生種の農家に移動して、もう少し寒くなると今度は晩生種を育てるところへ移動する」
うちの農園のリンゴは、十一月に最盛期を迎える、晩生種である。今ここにいるリンゴ鳥たちは、夏に別の農園に現れ、季節が進むごとにまた別のリンゴが実る農園へ転々とし、そうしてここにやってきたのだ。
「じゃあ、うちのリンゴが収穫される頃になったら、次はどこへ行くの?」
「日本のリンゴの収穫シーズンが終わると、またどこかの国に旅立っていく」
「日本で越冬するわけじゃないんだ」
「渡りの中継地点として日本に来て、この辺りでしばらく過ごしてるだけだ」
渡り鳥は、食べ物の確保、天敵の回避、適した気候や繁殖などのために、季節や環境の変化に合わせて定期的に長い距離を移動する。このリンゴ鳥たちは、旅の途中で日本に立ち寄る。それがたまたまリンゴのシーズンと重なっているのだ。
「僕がここに住んでた頃にはいなかったのに」
「旅のルートが変わったんだろうな」
昔から存在はしていたが、日本には来なかったから僕らは知らなかっただけ、らしい。環境の変化で渡り鳥の渡りルートが変わることはままある。リンゴ鳥はなんらかの理由で、この辺一帯にも訪れるようになったのだ。
一羽、枝から飛び立った。赤い実が空へ舞い上がったように見えた。小さな影は果樹園を横切り、隣の木へ移る。
仲間たちも釣られるように移動して、僕の目の前を赤い波がひらひらと舞う。飛んだ彼らは別の木に移り、再び枝のあちこちでリンゴのふりをはじめた。
「いいの? これ、平気なの?」
僕は父さんに尋ねた。
「鳥だろ。リンゴ、食われたりしないの」
農家にとって鳥害は大敵である。カラスやムクドリに収穫前の作物を荒らされるのだ。僕の家も例外でなく、父さんと母さんは日頃から野鳥対策をしている。
ところが父さんはあっさり首を振った。
「こいつらは、リンゴは食わんな」
「そうなの? でも、リンゴの木に集まってるってことはリンゴに用があるんでしょ」
「実じゃなくて、木に寄ってくる虫を食ってるみたいだ。それも葉っぱの裏につくような小さいやつをな」
父さんは寄り添う鳥たちを仰いでいた。
「害虫を食べてくれるってわけではないから、益鳥とまでは言わないが。かといって大した害もない。まあ、多少の糞害はあるけどそれはカラスやムクもそうだし。こいつらは、いてもいなくても変わらん」
「ふうん……」
害がないなら、いいか。
鳥たちは忙しそうでもないし、楽しそうでもない。ただそこにいる。
「変な鳥」
僕はぽつりと呟いた。父さんは僕を横目に見て、リンゴの世話に戻った。
そういえば、実家に戻って父さんとこんなにじっくり話したのは、これが初めてだった。




