大神官フェラガモート
シモンズは言いたい事を言って満足したのか、結局あの後すぐにミハエル殿下の見た目に変わり、颯爽と王宮へ戻っていった。
彼に関してはこれから時間もあるし、色々と確かめたい事が沢山ある。
まず、なぜミハエル殿下の魂をもらい受けたのか……それに逆行する前も私のそばにいたのに、どうして接触してこなかったの?
私とロザリンドは神子として王宮に行く機会も沢山あったので、会おうと思えばいつでも会えたのに――。
今日はロザリンドがお勤めに向かう日。
明日は私が王宮へお勤めに向かう日ね……夜になり、ベッドに潜り込みながら昔を思い出していく。
私達姉妹は双子としてこの世に生を受け、私は生まれながらに闇の力を持っていた。
ロザリンドには力はなく、周りはあからさまに私を優遇するので、私が妹をそういう大人から護ってあげなくてはと思っていた。
でも5歳の時に突然ロザリンドにも力の兆候が見え始め、光の力を使えるようになってから周囲の態度が一変する。
私は闇、ロザリンドは光…………出来損ないは私の方だったのだと。
体面的に神子と呼ばれてはいるけれど、彼らの私に向ける目は、ロザリンドに向ける羨望とは全く違うものになっていった。
それでも家族や邸の者たちだけは味方でいてくれたから、どんな目を向けられようともどうでも良かったのよね。
あれは10歳くらいの時……お勤めをするようになって数年経った頃、ロザリンドが初めて私に泣きつき愚痴をこぼした時があった。
お勤めが辛いのかしらと思ったけれど、その内容が自分のことではなく私のことで――。
『あんなところに行きたくない! お姉さまのことを悪く言う人たちなんてキライ!!』
ロザリンドの大きな目から大粒の涙がぽろぽろと零れていくのを見て、なんて綺麗な涙なのだろうと思ったのよね。
まるで宝石のよう。
『ロザリンド……ありがとう』
『お姉さまは優しすぎるのです!』
『ふふふっ』
顔を真っ赤にして泣きじゃくりながら……いつでも私の代わりに怒り、私に寄り添ってくれる妹。
煌めく黄金の髪と瞳、真っ白な透き通るような肌。
まるで絵本に出てくる天界に住む女神様のよう。
お父様もお母様も最初は「あんなところに行く必要はない」と仰ってくださっていた。
でも私が頑として「行きます」ときかないものだから、その内言わなくなったけれど。
私は大切な人が護れるのなら、自身の運命を受け入れている。
でもあんな未来だけは、断じて受け入れることはできない。
ロザリンドの事件はどこから計画されていたのか……そもそも計画的な犯行なのか?
全く見当もつかない。
ただ大神官が何かを知っていて関わっているのは確かだわ。
まずは色んな人達を観察しながら大神官の周りを探っていかなければ……何も知らなかった頃のように過ごすことは出来ないのだから。
そうしているうちに瞼が重くなってきたので、そのまま眠気に身を委ねることにしたのだった。
~・~・~・~・~
翌日、お勤めの為に王宮へ行くと、神官長様が出迎えてくれる。
「ようこそおいで下さいました! アンテリーナ様、お待ちしておりましたぞ」
「わざわざお出迎えくださって感謝いたします、神官長様。 本日もよろしくお願いいたします」
「ではさっそくこちらへ」
神官長様に促されるまま、王宮の中央にある祭壇へと向かう。
私の時は神官長様が、ロザリンドの時は大神官様が出迎えに来てくださる流れになっていた。
忙しい神殿での業務の合間に私達を出迎えてくださるので、神官長様や大神官様には感謝の気持ちでいっぱいだったけれど……本当はこの時から、私との距離を空けようとしていたのかもしれない。
大神官は神殿のトップの方……どうしても処刑された時の事が頭から抜けない。
しかしこの日は祭壇の間へ着くと、大神官フェラガモートが待ち構えていたのだった。
「おや、ようやくいらっしゃいましたか。 アンテリーナ様」
お父様よりも一回り上の年齢の大神官様……体格が良く、頭頂部は剃髪をしている。
あの頃と同じように柔らかな笑顔で、どこからどう見ても歓迎されている様子に頭も心も混乱してしまう。
「大神官様、ご無沙汰しております。 お元気そうなお姿を拝見し、お慶び申し上げますわ」
「闇の神子様にご挨拶申し上げるのは当然のこと。 お会い出来て嬉しいですぞ」
出来る限り丁寧に、失礼のないように挨拶をする。
大神官は王族に次ぐ地位をお持ちのお方……公爵令嬢と言えども気軽に接する事は出来ない。
なぜ今日はここにいるのかしら。
本当は私の顔など見たくはないでしょうに……死に戻る前は彼の思惑に全く気付いていなかったけれど、知ってしまった今、何も知らなかった頃のような気持ちで接する事は出来ない。
ゆっくりとこちらに歩いてくる大神官は、私の前で足を止めた。
「今日も祈りを捧げてくださって感謝しますよ、アンテリーナ様。 しかし……ここのところあなたが祈りを捧げる日に犯罪など多発している様子……体調など崩してはおりませんかな?」
この時の事は覚えているわ。
私の力が薄れているわけでもないし、手を抜いているわけでもない。
なぜそんな事になっているのかと思ったけれど、とにかく何とかしなくてはと思ってお勤めを頑張ったのよね。
「申し訳ございません、大神官様。 全ては私の力不足です……そこで大神官様にもお力をお貸しいただければ嬉しいのですが」
「もちろんですとも。 私には貴方のような力はありませんが、私で出来る事ならぜひ……何をお手伝いすれば?」
「感謝いたします。 神殿の皆様が力を合わせ、市井の民のお心を癒して回ってくださればきっと犯罪も減ってくると思うのです。 そして神殿の影響力もますます増してくるというもの……素晴らしいと思いませんか?」
大神官の耳元でそう囁く。
神殿の影響力……彼はきっとこの言葉に釣られるに違いない。
「神の力は偉大ですからね。 民が皆それを知るのは素晴らしい事です。 出来る限り民に寄り添ってみようと思います」
「さすが大神官様です。 私も力を尽くしたいと思います」
「お願いしますよ」
「はい」
笑顔で礼を返すと、大神官は満足したのかその場を去っていった。
神官長様も私たちのやり取りを見て、穏やかに微笑んでいる。
そうよね……大神官が公爵家を陥れる事を考えていて、私もそれを知っているとは思わないわよね。
神官長様は大神官の仲間だと思いたくはないけれど……心を許し過ぎないように気を付けなければ。
その後すぐに祈りの儀式を始め、私もいつものように祭壇に沢山の花や供物を供え、香を焚き、祈りを捧げていった。
このような儀式をしなくとも力を使う事はできるのだけれど、幼い頃にそれを言った時、神を冒涜しているととても叱られた記憶があるので、今はもちろんそんな事を言うこともなく儀式に参加している。
――――今日もレグモートン王国の人々が健やかに暮らせますように――――
「「おぉぉぉ!」」
祈りを捧げて闇の力を使い始めると、周りの神官や神官長様から感嘆の声が上がる。
私の足元には魔法陣が浮かび上がり、五芒星の頂点には三日月が描かれ、まるでそれが夜の美しい闇夜を描いているようだった。
綺麗……夜の闇に溶け込み、この力が少しでもこの国の人々の未来を護れるのなら、こんなに嬉しいことはない。
それはゆくゆくは家族の未来を護ることに繋がるのだから。
私の闇の力が天高く舞い、散り散りに消えていくのを確認すると、神官長様や神官の方々は静かに神殿から去って行った。
あまり人と交流する事が得意ではない私としては、一番ホッとする時間――。
そう思っていたのだけれど。
「おい、王宮に来るなら来ると言え」
「?!」
気付けば鼻と鼻が触れてしまいそうな距離にミハエル殿下の顔があり、驚きのあまり固まってしまう。
「おい、大丈夫か? おーい」
「はっ!はい……! 驚きました……」
「俺に会えたから嬉しいのか?」
「違います! 突然現れるから……!」
「はははっ」
シモンズはミハエル殿下の顔で大きな口を開けて笑っている……殿下のこんな表情を見る機会がくるなんて。
逆行する前は会話すらまとにしたことはなかったもの。
死神だからかきっと姿を消したり現れたり出来るのね……神出鬼没過ぎて心臓に悪いわ。
なんとか呼吸を整えながら、ずっと疑問だったことを聞いてみる。
「シモンズはどうしてそんなに人間に友好的なのです?」
「友好的に振舞っているつもりはない。 でも、そうだな……俺のルーツがそうさせているのかもしれない」
「ルーツとは……どういうこと?」
「祖父さんの嫁さんが人間だったらしいぞ」
「え……!」
「とは言っても何千年も昔だがな! はははっ」
死神さんから出て来る言葉はいつも衝撃的で驚くことばかりだわ……この世界には私が知らない世界が沢山あるのね。
死神と知り合い、こうやって言葉を交わすこと自体が滅多にないことなのだから当然なのだけど。
でも彼の言葉でなんとなく合点がいった。
どおりで彼と話すと少し懐かしい感じがするわけね。
「せっかくだから手伝ってやるよ、お勤めってヤツを」
私と向かい合わせに立ち、死神さんの両手が私の手を包み込んだ。
「ほら、祈りを捧げるんだろう?」
「ええ……」
せっかく手伝ってくれると言ってくれたけれど、さっきお勤めで力を使ったとは言えない。
促されるまま祈りを捧げると、闇の力が増幅されていくのを感じる。
少し力を使って減っていたのに……体中に溢れんばかりの魔力がめぐっているのが分かるわ。
足元には前の魔法陣より複雑な模様の魔法陣が浮かび上がっている。
ずっと感じていた疑問……ただの死神になぜこんなことができるの……?
「待って、シモンズ……力が溢れて……!」
「そのまま集中して力を解放しろ」
有無を言わさないその姿に圧され、言われた通りに力を解放していく――――その日、王国中に光の粒子が降り注ぎ、目撃した人々は口々に光の神子と神殿への感謝を捧げたらしい。
私はひたすら民に何も起こらなくてホッとしていた。
でも当の本人であるシモンズは満足げに笑っている。
何をするか分からないこの死神さんとのパートナーシップはかなり無謀だったのではと思いながら、その日のお勤めを無事に終えたのだった。
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