王立図書館での騒動2
なぜだかその時は、スローモーションのようにゆっくりと動いているように感じた。
私は必死で何かを掴もうと手を伸ばす……そして視線の先ではシモンズが酷く驚いた表情で私に手を伸ばしたけれど、その手を掴むことは出来ない。
そしてそのまま一階まで落ちて床に激突――――したくはないので、咄嗟に闇の力を放出した。
床にはお勤めをする時のように五芒星が浮かび、闇が私自身を包み込み、ゆっくりと床へ着地したのだった。
助かった、のよね……?
「「アンテリーナ!!!」」
殿下二人が急いで駆け下りてきて、体を起こすのに手を貸してくれる。
周りの令息や令嬢は、初めて見る闇の力に明らかに恐怖の表情を浮かべていて、まるで異形の者を見るような目を向けていた。
そして案の定階段にいるヒルマリン嬢が、また甲高い声で悲鳴に似た声をあげる。
「バ、バケモノよ!! 闇の神子は人間ではないわっ! 皆も見たでしょう?!」
彼女の言葉を聞き、周りからは「なんて恐ろしい」「人間なのか?」「怖い」などという言葉があちこちから聞こえてくる。
お勤めの時に力を見せる人物は限られているし、こんなに多くの人々の前で使ったのは初めてだもの……皆が混乱するのも無理はないわ。
でもそうは言っても彼らの言葉が私の心に突き刺さってくる。
ロザリンドの光の力とは違う、闇は禍々しく見えるのね――。
視線を落とす私の横から、シモンズの低い声が聞こえてくる。
「おい、お前」
物凄い怒気を帯びた声だわ。
視線を上げ、彼の方を見ると明らかに怒りの形相でヒルマリン嬢を睨んでいた。
見た目はミハエル殿下なのに瞳が……シモンズの黄金色の瞳になってしまっている……!
止めようと思った次の瞬間には階段上にいるヒルマリン嬢のところへ駆けのぼっていて、怒気をはらんだ声で彼女へ詰め寄っていた。
「誰がバケモノだと?」
「ア、アンテリーナ様ですわ! あのようなバケモノが殿下の婚約者でロザリンド様の姉だなんて!! 殿下も騙されておられるのです……! 目をお覚ましに…………ぐっっ」
「黙れ」
あっという間に彼女の口を手で塞ぎ、そのまま持ち上げてしまう。
シモンズは何かをブツブツ言っているけれどここからじゃ聞き取れない……このままじゃヒルマリン嬢が危険だわ!
「殿下!!」
急いで駆け付け、ヒルマリン嬢を持ち上げている彼の腕に抱きついた。
「私は大丈夫ですので……お手をお放しください!」
次の瞬間、死神さんは本当にパッと手を放した。
そしてヒルマリン嬢は「きゃっ!」と悲鳴をあげ、階段に尻もちをついたのだった。
でも何事もなさそうな姿にホッと胸を撫でおろす。
いくら王族とはいえ、公爵家の令嬢を傷つけては責任問題になりかねないもの。
さっきまで彼女を持ち上げていた手は、もう何事もなかったかのように私の髪を撫でている。
「本当に大丈夫なのか?」
「はい。 ご心配をおかけしました」
「そうか……なら、いい」
今日は本当にどうしたのかしら……いちいち距離が近くて、なんだか優しいような――。
そんな空気を一刀両断するかのようなグリエル殿下の言葉が放たれた。
「本当にこのままでいいのかな。 殿下の婚約者で国の大切な神子をバケモノ扱いしたのに……この国の貴族令嬢や令息は礼儀がなっていない者が多いようだ。 大変勉強になったよ」
「ち、ちがっ!」
「あなた方が闇の神子を要らないと言うのなら、我が国にいただきたいくらいだね」
反論しようとしたヒルマリン嬢を相手にせず、こちらへ微笑みかけるグリエル殿下の目の奥は、少しも笑っていない。
本気なんだわ…………きっとこの人も隙あらば神子の力が欲しい人に違いない。
まさか逆行前もロザリンドを狙っていたのは……ざわざわと嫌な予感が胸を駆け巡る。
そこへシモンズが全く見当違いの言葉を返した。
「お前にアンテリーナをやるわけがないだろ」
「君の意見は求めていないよ」
「俺の意見を聞け」
「丁重にお断りする」
シモンズはすっかり言葉遣いがいつもの調子になってしまい、グリエル殿下もお構いなしに受け答えしている。
2人のやり取りを見ていると、もうなんだか色々とどうでもよくなってきてしまう。
すっかり殿下二人の言葉に怖気づいてしまった周りの人々は、これ以上何を言ってくることもなかった。
ヒルマリン嬢はかなり怯えていて、階段で腰を抜かしてしまっている。
私にはロザリンドと違い癒しの力はないけれど、闇の力を使って自分にした時のように彼女を階下へと運び、あとは他の令嬢たちに任せる事にしたのだった。
「自分で歩けなさそうだから、助けてあげて」
「「は、はいぃぃ!」」
私が助けると思っていなかったのか、ヒルマリン嬢はポツリと一言「ありがとう……」と呟く。
なんだか素直じゃないところがシモンズと似ていて、少し可愛く思えてしまうわ。
「どういたしまして。 皆さまもヒルマリン様をくれぐれもお願いいたします」
「「お任せください!」」
まだまだ他の方達は怯えさせたままになってしまったけれど、なんとなくヒルマリン嬢とは仲良くなれそうな気がする。
その話をシモンズにしたところ、
「バカ正直だなー。 お前がいいならいいけど、気を付けろよ」
そう言って笑ってくれたのだった。
なんだろう……やっぱり優しい。
嬉しい反面、あまり優しくしないでほしいとも思う。
私たちの関係は契約上成り立っているのであって、私の望みを叶えたら彼に魂を渡すのだから必然的にお別れとなる。
終わりが分かっているからこそ、深入りして離れがたくなるのだけは避けたい――。
悶々と考えてしまっていた私に、グリエル殿下が声をかけてくる。
「さぁ、静かになったことだし読書でもしようか」
「そうですね」
「あんたは出て行ってもいいんだけど」
「君からアンテリーナ嬢を守らなくてはならないので。 退出するならミハエル殿下の方では?」
「くっ……!」
「……あの……そろそろ読書をしてもよろしいでしょうか?」
「「もちろん」」
二人のやり取りが全然終わらなさそうなので聞いてみると、息がピッタリの返事が返ってくる。
「はぁ……」
もう彼らの仲が悪いのか良いのか分からない。
私はため息を1つ吐いて気を取り直し、二階の本棚へと向かったのだった。
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