恋とはまやかし…と思いたい人生だった ~シモンズSide~
俺は今、夜空を駆けている。
まるで何かのヒーローのようだが、実情はそんな理由ではない。
今日隣国からやってきた王太子グリエルの行動で、落ち着いていられる状況ではないのだ。
背中にデスサイズを背負い、アンテリーナの住む公爵邸へと向かった。
ちょうど彼女がバルコニーに出ているのを見かけて降りようと思ったが、夜着を着ている姿を見て少し戸惑ってしまう。
この俺が人間の女の夜着を見て動揺する、だと?
それもこれも全部アンテリーナの妹……ロザリンドのせいだ。
練習だと称して何度もあんな言葉を言わせるから……!!
あ、あ、ぁぃしているとか何回も言わせやがって…………なんで俺もクソ真面目に練習してるんだよぉぉぉ!!!
おかげでグリエルがアンテリーナに近付くから、思わず体が動いてしまったではないか!
あれじゃまるで嫉妬…………いやいや、俺は魂が欲しいだけだ!
今思い出しても羞恥にまみれそうになるので、無理やり思考回路を振り切る。
空中であれこれ考えて悶えていても頭のおかしいヤツだな……アンテリーナが室内に戻ろうと背中を向けたのが目に入ってきたので、慌てて公爵邸へと降り立った。
突如現れた俺の存在に驚いたのか、大きな声を上げる彼女の口を思わず塞いでしまう。
『シ――ッ』
久しぶりに彼女の顔が間近にある。
目の前には綺麗な藍色の瞳……そこには自分の姿がハッキリと映っていて、なぜだかそれが嬉しいようなむず痒いような気持ちになる。
『っと、悪い。 驚かせちまったな』
「いいえ、こちらこそ大きな声を出してしまって……ごめんなさい」
気まずいな……微妙な空気感に堪えられなくなり、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
『……今日やってきたグリエルだが、どう思った?』
俺がなぜ公爵邸へと急いだかと言うと、グリエルの行動にアンテリーナがどんな事を思っていたかが気になったからだ。
時間が巻き戻る前は確か、グリエルはロザリンドにアプローチしていたはずだ。
なぜターゲットがアンテリーナに変わったのかは分からねぇ。
あんなに熱烈にアプローチされてたし、まさかアイツになら魂を渡しても良いと思ったんじゃ……緊張しながら彼女からの返事を待つ。
「どう、と言われましても……王太子として完璧な方でした」
『だからそうじゃなくて……気に入ったのかどうなのかってことだ』
くそ……自分で聞いてみて恥ずかしくて堪らん!
聞かなきゃよかった――――でも気になる。
俺との契約、忘れてねぇよな……?
「気に入ったとかそういう感情はありません。 心配しなくとも、私の魂はあなたにあげると約束していますから、大丈夫です」
『そうか!』
「きゃっ!」
アンテリーナから約束を守ると言われ、俺の中の心配は全て吹き飛んだ。
喜びを爆発させる俺……しかし最後に彼女が放った言葉と笑顔が全てを狂わせていく。
「あなたの気遣いが余計だとかそういう事ではないのです。 いつも感謝していますわ」
…………感謝している、だと?
なぜだ。
俺はお前の魂を狙っているのに。
自分を亡き者にする契約をしている相手に対して、なぜそんな屈託のない笑顔を向ける事ができるんだ。
一切の憂いのない笑顔に、心臓を持たない死神の俺の胸が、なぜが苦しくて仕方ない。
これは病気とは違う――これは――――。
「シモンズ?」
『いや…………お前がそう思っているならいいんだ』
「そうですか……? でも顔色が……」
混乱する俺を心配するアンテリーナ。
やめろ、そんなに無防備に触るな……死神をまったく恐れない彼女に言ってもまるで聞く耳を持たず、俺を心配し続ける姿に堪らない気持ちになる。
思えばアンテリーナは変わった人間だった。
最初から俺を恐れず、死神として怖がらせようとしても全く怯まず、己の死を全く顧みずに自身の家族の幸せだけが望みだった。
今も自分の魂を狙う俺を本気で気遣っている……そんなアンテリーナを見ていると、度々変な気持ちになり、胸が締め付けられたのだが……。
そうだ、これは病気ではない――感情だ――それも相当厄介な感情――――。
「いけませんわ、シモンズ。 早く休まないと……そうとう熱があるように感じます……!」
『だ、大丈夫だ……死神はこんなもんなんだ!』
「そうなのですか……?」
俺の適当な言葉に納得はしていないだろうが、何とか引き下がってくれたのでその場を後にした。
高く高く舞い上がり、アンテリーナ達が張っている結界の外にまで出て、自分の顔を両手で覆う。
『はぁぁぁ――――…………まいった……』
ディランにあれほど注意されていたのに。
人間と一緒に行動していると、ミハエルの時のように感情に振り回されてしまうと学んだはずなのに。
俺を一生懸命に心配するアンテリーナの姿が頭から離れない。
『マズいよなぁぁ……ディランになんて言えばいいんだ』
これは人間的に言えば「恋」とかそういうものなのだろうか。
そういやアンテリーナを思い出す時、前は魂ばかり思い出していたのに、今はアイツの笑った顔とか一緒に行動した時の事ばかりだ。
『はぁぁぁ――――…………どうすりゃいいんだ……』
二度目の長いため息を吐いた時、周りに冥界の奴らがウロウロし始める。
ここは結界の外だし、今夜は満月だからか。
人間は知らないだろうが、満月の夜は冥界への道が一晩中開かれる。
太古から、この夜空に浮かぶ月が冥界と人間界を繋いでいるのだ。
満月の夜は特に多くの死神が溢れ、人間界と冥界を行き来する日だったので、俺の周りにも沢山の死神が集まってきていた。
『シモンズ様! お久しぶりです!』
『あーん! シモンズ様~~こちらにいらしたのですね!』
『見てください、この魂の数を!』
顔見知りの奴らが喜々として話しかけてくる……が、今の俺はそれどころではない。
『今はお前たちに構っている余裕はない。 取り込み中だ』
そう言ったのに全く会話が止まる気配がない。
『シモンズ様が考え事?!』
『何が起きたのです!!』
『これはニュースだ! 冥界を揺るがす大ニュースだぞ!!』
酷い言われようだな……もう何も言うまい。
周りで騒ぐ奴らを無視しながら夜空に浮かび、これからどうしていくか考え続けて王宮へ戻った結果、ミハエルの体に戻った瞬間に体は悲鳴を上げ、熱を出してしまうのだった。
ミハエルの体はもともと強くない。
人間の体を維持できなくなるから気をつけねば。
情けねぇ……でもアンテリーナが見舞いに来てくれたので、結果オーライとしよう。
俺が眠るまでそばにいてくれて、目覚めたらもう彼女の姿はなかったけれども。
ベッドサイドにあるアイツが座っていた椅子を見つめる。
「はぁぁぁ――……マジか……」
姿がなくてなに落ち込んでんだよ――。
昨夜は何かの気の迷いかとも思ったが、そろそろ誤魔化しもきかないのを実感する。
もういい加減認めなければならないのに、事の重大さに認めたくない気持ちの方が勝る。
そしてその日は久しぶりにミハエルが夢の中に出てきたのだった。
アンテリーナにミハエルとの関係を聞かれたからか……本当に久しぶりだな。
『君もいつか本気で好きになる相手ができたら分かるよ。 自分より大切なものがあるって』
偉そうに俺にそう言ってのけたお前の言葉が分かる日がくるなんてな。
俺の負けだよ、ミハエル。
ひとまず今は体調を整えて、今度見舞いの礼でもしに行こう。
お礼を言えばまた花が綻ぶように笑うだろうか……まだ熱に浮かされているのか、アンテリーナの笑顔を思い出しながら幸せな眠りを堪能したのだった。
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