満月の夜の訪問者
「はぁ…………」
今夜はお勤めの日ではないので、バルコニーに出て夜空を見上げながら深いため息を吐いた。
グリエル殿下……あの方は本当に粘着気質で、逆行前はロザリンドにつきまとい、アステカ殿下と一触即発の時もあったのよね。
私はほとんど会話する事もなかったのでほぼ蚊帳の外だったけれど、さすがにお父様もお母様も王太子殿下が留学中は常にロザリンドの心配をしていたわ。
彼女はまったくグリエル殿下を相手にしていなかったので、とても嫌だったみたいで……今回もロザリンドの力になってあげなくちゃと思っていたのに。
まさかターゲットが私に変わっているなんて、思ってもみなかった。
私もロザリンドの時のようにつきまとわれるのかしら。
想像しただけで頭が痛い。
それにしても今日のシモンズ、様子がおかしかったわね。
『私の婚約者ですので、気安く触るのはご遠慮ください。 グリエル殿下』
あんなこと、冗談でも言わない性格だと思う……独占欲の塊のような言葉だった。
あれじゃまるで恋人みたいな――――
「ううん。 まさかね……」
彼は魂が欲しいだけだから。
バカな考えを振り払って室内に戻ろうとした瞬間。
『何が「まさか」なんだ?』
後ろから聞こえてきた声に思わず振り向くと、月明りを背にバルコニーの柵に座るシモンズがいたのだった。
「シモンズ……!!」
『シ――ッ』
驚きのあまり大きな声で名前を叫んでしまい、シモンズに口を塞がれてしまう。
ついさっき目の前の本人のことを考えていたので、心臓が口から飛び出しそうなほど驚いてしまった……今はミハエル殿下姿ではなく、死神シモンズの姿だわ。
相変わらずこの世の存在とは思えないほど、見惚れてしまう美しさ――。
今までこれほどまでに近距離で顔を見たことがないので、まじまじと見てしまう。
今夜は満月なのもあって、白銀の長い髪が煌めいている。
背中にデスサイズを背負い、最初に出会った時のような黒いローブは着用していない。
こうやって黙っていれば全ての人間を魅了してしまいそうな存在感ね。
『っと、悪い。 驚かせちまったな』
端正な口から出てくるのは、ほんの少し荒い言葉遣い。
「いいえ、こちらこそ大きな声を出してしまって……ごめんなさい」
でも時々死神とは思えないほどの気遣いの言葉をかけてくるのよね……なんとなくさっきまで色々と考えていた事を思い出してしまい、気まずい空気が流れる。
「シモンズはどうしてこちらへ?」
『ああ、ちょっとお前に聞きたいことがあってな』
「聞きたいこと、ですか? なんでしょう」
『……今日やってきたグリエルだが、どう思った?』
「どう、と言われましても……王太子として完璧な方でした」
質問の意図が分からず、とりあえず見たままの印象を話した。
でも私の答えは彼が望んでいたものではなかったようで、すぐに違う質問が降ってくる。
『だからそうじゃなくて……気に入ったのかどうなのかってことだ』
自分で質問していながら、目の前の彼はどうにも落ち着かない様子だ。
少し照れているようにも見えるし、ソワソワしている感じにも見える。
どうしたのかしら……ひょっとして、魂を取られると思ったの?
「気に入ったとかそういう感情はありません。 心配しなくとも、私の魂はあなたにあげると約束していますから、大丈夫です」
『そうか!』
「きゃっ!」
シモンズはよほど嬉しかったのか突然私に腕を伸ばして抱きつき、喜びを爆発させた。
『そうかそうか! 約束は守らなくてはならないもんな!』
「ちょ、ちょっとシモンズ! 離してくださいっ」
おかしな人……子供みたいな面もあるのに、今日みたいに突然大人の男性みたいなことを言い始めたり。
まったく心が読めないし、次の行動が想像もつかない。
でもほんの少し、彼が心配しているのが魂だったと知り、残念に思う自分がいる。
きっと前より仲良くなったから……本来ならこんな風に明るく話す内容ではないものね。
『安心しろ、グリエルには簡単には近付かせないからな』
「ありがとうございます。 でも大丈夫です。 そこまで嫌じゃなかったですし、仲良くなっていた方が情報も入りやすいですし」
『嫌じゃなかったのか……?』
なぜか私の言葉に酷くショックを受けている感じがする。
あ……もしかして「私の婚約者に~」って庇ってくれたのを私が迷惑だと思っているように勘違いさせてしまったかしら。
「ごめんなさい。 あなたの気遣いが余計だとかそういう事ではないのです。 いつも感謝しています」
極力笑顔で誤解されないように感謝の気持ちを伝えてみる。
彼にとってみればターゲットの魂を護りたいだけなのでしょうけれど、時間を巻き戻してくれて今も協力してくれているし、ちゃんと感謝しなくては罰が当たってしまうわね。
「シモンズ?」
『いや…………お前がそう思っているならいいんだ』
「そうですか……? でも顔色が……」
もともと死神姿の時は肌が白いのもあり、よく見ると顔も手もあちこち赤くなっていて、心配になってくる。
熱でもあるのかしら……確かめる為に首筋を触ってみたり、手を握ってみると、やはりかなり熱い。
『ちょっ……何をする……!』
「じっとしていてください。 肌が赤くなっているので熱があるのでは? 首も手もとても熱くて……死神でも熱って出るのかしら」
『知らん! 気安く触るな!』
「いいえ、倒れたら大変です」
シモンズの顔を引き寄せて額と額をあててみると、明らかに私の体温より熱く、どんどん嫌な予感が増してくる。
「いけませんわ、シモンズ。 早く休まないと……そうとう熱があるように感じます……!」
『だ、大丈夫だ……死神はこんなもんなんだ!』
「そうなのですか……?」
なんとなく釈然としないけれど、どうしても大丈夫だと言い切るので引き下がることにした。
よく考えてみれば死神の体温なんて分からないものね……あんまり心配する私に『ありがとな』と笑って夜空を駆けていく死神さん。
こんな風に仲良くなるとお別れの時が大変になりそうと思いつつ……彼になら魂を渡してもいいと思えるくらいに情は湧いている気がする。
そんな事を思いながら死神さんの背中が見えなくなるまで見守り、室内へと戻って行った。
翌日、ミハエル殿下が熱を出したという知らせが舞い込んでくる。
やはり早く休ませるべきだったと後悔しながら、お見舞いの為に王宮へと向かったのだった。
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