勝ったはずなのに、何だか空気が最悪です!
勝ち……で、良いのか?
いや、勝ちなら勝ちに越したことはないが。
いえーい、勝ったぜ!
――というには、なんというか。
微妙な感じだった。
観客席は、静まり返っている。
ノラの時のようなどよめきも。
リノの時のような称賛も。
シドの時のような興奮も。
何もない。
いや、だってさ。
途中でシトロさんが術を解くとか、思わないじゃないか。
もし解いていなければ、ちゃんとカボシに当たったんだよ?
……っていうか、あれか。
みんな、いつもの僕の光刃のすっぽ抜けと同じで、光弾が曲がったのも事故だと思ってるパターンか!?
なのに、シトロさんが僕の勝利を宣言してしまった。
これは、そうだ。
こんな大舞台で、見え透いたヤラセをやった。
そう思われているに違いない!
見れば、二、三年の観客席に座る生徒たちから、たしかに不満そうな声が上がっている。
そりゃそうだ。
だって、一方的に押していたのはカボシで、僕は逃げ回って、ぺちぺち、たまに攻撃を当てていただけだ。
その上、僕は途中で武器をぶっ壊して、交換している。
そもそも。
やっぱり、この杖、反則だったりしないのだろうか?
僕は、手の中の杖を見る。
銀の花は、すでに蕾へ戻っていた。
特に難しい制御をする必要もない。
魔力を込めて引き金を引けば、勝手に光弾が飛んでいく。
しかも、自動追尾付き。
……やっぱり、これ反則では?
僕は気まずいまま、カボシに頭を下げて舞台を降りた。
カボシは、ただ突っ立ったまま、僕を見ていた。
抗議するわけでもない。
怒るわけでもない。
何も言わない。
……逆に気まずいな。
何人かの生徒が、運営の方へ向かっているのが見える。
このまま僕の勝ちで処理されるのか。
無効試合になるのか。
反則負けとか、不正負けだけは、本当に勘弁してほしい。
僕は項垂れ、とぼとぼと皆のところへ戻る。
顔を上げられなかった。
これで負けたら、頑張ったみんなに顔向けできないぞ……。
***《ガルム視点》***
曖昧な決着に見えた者もいたのだろう。
一部の上級生からは、当然のように不満の声が上がった。
カボシは無傷だった。
アゲハは、ただ光弾を九つ撃っただけ。
そう見えたのだろう。
――その異様さを。
その恐ろしさを。
その脅威を理解できないのであれば。
立場さえ許すなら、潜行者など辞めるべきだと、ガルムはそう断言しただろう。
かつてセヴァルは言った。
察しの良さもまた、潜行者の資質であると。
今、目の前で何が起こったのか。
それを察せない者は、地下になど潜るべきではない。
見えない危険を、見えないまま踏み抜く。
それこそが、無知という名の死の苗床だ。
カボシは、試合が終わっても一歩も動かなかった。
いや。
動けなかったのだ。
呆然と立ち尽くすほかなかったのだろう。
あの瞬間。
明確で。
確実で。
現実的な死が。
たしかにカボシを襲った。
優秀とはいえ、まだ子どもだ。
その恐怖が、どれほどのものだったか。
筆舌に尽くしがたい。
玻璃珠の魔女は、ふよふよと浮いたまま、闘技場の中央へ降り立った。
『試合続行を望む子たち』
いつもの、ふざけた声ではなかった。
はっきりとした。
冷たい声だった。
『そう。カボシ君を殺す覚悟のある子たち、下級生の退学を望む子たち』
シトロは観客席を見上げた。
『降りといで。直接、私に言いに来ると良いよ』
闘技場のざわめきが、わずかに揺れる。
『その意味が分からない子は、黙って潜行者養成学校を去りなさい』
玻璃珠の魔女が、まるで会場全体を指揮するように、軽く手を上げた。
それだけで。
ざわめきは、ぴたりと止まった。
『今、目の前で戦った一年生たちは、理不尽に級友たちの退学を背負わされ、それでも脅威に立ち向かった』
シトロは観客席を見渡す。
笑みの形だけは、いつも通り浮かんでいた。
だが、それを冗談だと受け取れる者はいなかった。
『これは、私が』
一拍置く。
『この玻璃珠の魔女が仕掛けた災害』
冷ややかな視線が、観客席へ向けられる。
『彼ら、彼女らは、この災害に抗い、自らの能力と、誇りと、責任を示した』
残った七つの自律型魔法杖が、ゆっくりと観覧席へ向く。
『さて』
シトロは笑った。
『では、君たちは、何を対価にこの子たちへ唾を吐くのかしら?』
七つの杖先が、静かに揺れる。
『何をもって、この結果に抗議するのかしら?』
誰も答えない。
答えられない。
『大勢の中に隠れて、安全な場所から、無責任に他人を罵る臆病者は、この潜行者養成学校には必要ありません』
シトロの声が、闘技場に響く。
『ガルム校長は、この理不尽な対抗戦を、自らの責任において受け入れました』
職員観覧席で、ガルムは表情を変えなかった。
何も言わない。
今、この場で口を挟む理由もない。
『あなたたちにも覚悟があるのであれば』
シトロは続ける。
『この懐深き学校は、あなたたちの誇りと、意思と、力を尊重します』
七つの魔法杖が、観客席を見据える。
『さあ。この試合に物申したい生徒たち』
シトロは、薄く笑った。
『今すぐ、舞台へ降りて来なさい』
静寂。
『この玻璃珠の魔女が見届け』
その笑みが、わずかに深くなる。
『ガルム校長が、その意志をしかと支えるでしょう』
闘技場は、静まり返った。
誰も言葉を発しない。
そして。
誰一人として、舞台へは降りなかった。




