大将戦の始まり……どうしよう、アゲハ、行きます?
***《アゲハ視点》***
そして来た。
来てしまった。
会場は、沸きに沸いていた。
一年生の退学がかかっている。
そんなことなど、もはや忘れてしまったかのように。
ノラの予想外の勝利。
リノの、胸が熱くなるほどの戦い。
シドの、潜行者――いや、戦士としての矜持。
そして、スズの圧倒的な実力。
あれだけのものを見せられて、基本的に血の気の多い潜行者候補生たちのテンションが上がらないわけがなかった。
結果的に、スズの予想通りとなった。
僕は思い出す。
昨日の帰り道。
カナタと言い合いになったあと、スズは言ったのだ。
『初めから勝てる試合に、カナタは何を焦っているのか』と。
***《回想》***
「スズ! どういうこと!?」
僕はスズの肩を掴み、ぐっと覗き込んだ。
スズは、少し戸惑ったように瞬きをする。
「あの、言葉の通りです。そもそも、シトロお姉様が、アゲハ様が負けるような試合を組むはずがありません」
はっきりと、そう断言した。
「この試合は、最初からほとんど勝ちが決まったようなものではないですか?」
スズは、なぜ確認するのか分からない、という顔で首を傾げる。
いや。
僕としては、どこから突っ込めばいいのか分からない。
勝ちが決まっている?
一年全員退学を賭けた試合で?
何それ、僕の知らない世界の話?
スズの言い分は、こうだった。
すでに、二勝は確実に決まっている。
あとは、誰をどう配置して勝つかの問題だけだと。
確実な二勝。
つまり、スズと僕のことらしい。
僕を数に入れるな。
勝手に勝利確定枠へ放り込むな。
そう言いたかったが、スズが当然のような顔をしていたので、言い出す機会を逃した。
「現実的な勝ち筋があるのは、まずシドでしょう」
スズは淡々と言った。
「彼は胆力もあり、戦闘勘も悪くない。集中して鍛えれば、魔力の扱いも、魔法杖の運用もかなり伸びたはずです」
シドを集中鍛錬する。
それが、スズの見立てでは一番現実的だったらしい。
「その上で、リノの剣術を補強し、ストレスを緩和する」
「ストレス?」
「はい。彼女は責任感が強すぎる。それは強みでもあるが、追い詰めれば動けなくなる。そして、何より才能がないわけではありません」
僕は黙って聞いていた。
スズは続ける。
「シドという確かな勝ち筋を作った上で、彼女の責任を一部背負ってやれば、リノの性格からして、逆に気持ちよく前に出られるでしょう。むしろ、やり過ぎさせないことが重要です。当日に疲労を残しすぎれば、届かなくなる」
それは、今思えば、ほとんど的中していた。
リノは届かなかった。
戦えなかったのではない。
届く寸前まで行って、疲労で最後の一歩が出なかったのだ。
「シドとリノには、明確に勝てる道筋がありました。もちろん、上級生も弱いわけではありません。組み合わせ次第では分かりませんが、少なくともどちらか一方が勝てる可能性は高かった」
「じゃあ、ノラは?」
僕が聞くと、スズは少しだけ目を細めた。
「もっとも未知数なのがノラでした」
それは、スズにとっても賭けだったらしい。
野良潜行者としての経験。
高い身体能力。
抜きん出た戦闘センス。
そこまでは見えている。
ただ、魔法杖の適性だけは分からなかった。
魔力素養がなければ、そもそも光刃すら発現できない。
その不確定要素を抱えていたのは、ノラだけだった。
だが。
「アゲハ様が見出された通り、ノラは化けました」
スズは、誇らしげに言った。
いや、僕はそんな大層なことをしたつもりはない。
光刃はともかく、地下に潜るなら身体強化くらいは要るよね、とか。
そのくらいのことを言っただけだ。
ノラがあそこまで伸びるなんて、僕が一番びっくりしている。
でも、スズはそうは受け取っていないらしい。
「今日、今見た限り、カナタはしくじった」
スズは静かに言った。
「盤面が見えていない。戦力が見えていない。確かに勝てる二人を育てきれなかった。せめて、シド一人に育成を絞れば、まだ光明はあったでしょうに」
辛辣だった。
本当に辛辣だった。
しかし、驚くべきことに、スズはこの一週間で、予想される対戦相手や、シドとリノの育成の進捗具合を把握していた。
ノラの育成に付きっきりだったはずなのに。
理由は簡単だった。
使ったのだ。
ジャンク商会を。
商会員を使い、情報を集めていたのである。
なぜなら、シトロさんは条件に入れなかった。
『外部の者を使ってはいけない』と。
僕は、それはルール違反ではないのかと思った。
けれど、考えてみればシトロさんである。
本当に禁止したいなら、最初に釘を刺さないわけがない。
つまり、気づけばいくらでもやりようはあったのだ。
シトロさん、やっぱり性格悪いな!
いや、今回は気づいたスズも大概だけど!
「明日、ノラは勝ちます」
スズは、はっきりと言った。
「けれど、リノとシドは恐らく届かない」
「……届きませんか?」
「はい、残念ながら」
即答だった。
「アゲハ様、申し訳ありません。私たちが不甲斐ないばかりに、アゲハ様のお手を煩わせることになるかもしれません」
スズは、そう言って頭を下げた。
いや。
なんでそこで謝るの?
たぶん、一番手を煩わせるのは僕だぞ!
***《現在》***
そして今。
僕の前に立つのは、三年首席。
カボシという名の生徒だった。
手にしているのは、連動双発式の魔法杖。
本当に僕より二つ上なだけか?
と、疑いたくなるような佇まいだった。
いや、これ、本当に学生?
顔つきがもう、なんか、職業・強い人なんだけど。
スズは、僕の手を煩わせることになるかもしれません、と言っていた。
手を煩わせるだけで済むのか? 僕。
なんか、全身を煩わせたうえで、担架に乗せられて退場する未来しか見えないんだが?
シドは言った。
秒でやられたら格好がつかないと。
まさしく、それは僕のことではないのか?
僕は、じっとりと汗ばむ手で、カナタから渡された魔法杖を握った。
そして、そっと後ろを振り返る。
スズが背を伸ばし、じっと僕を見つめていた。
目が合う。
スズは、何の疑いもない顔で、こくりと頷いた。
やめて。
その信頼。
今は本当に重い。
ノラは、こちらに向かって小さく拳を握ってみせた。
「アゲハ、いけるいける! やってまえー!」
軽い。
お前は軽いな、ノラ。
でも、さっき勝った人に言われると、何も言い返せない。
カナタは、まだ戻っていない。
シドのところへ行っているのだろう。
リノも、たぶんまだ目を覚ましていない。
つまり、今ここで僕が秒で負けたら。
何というか。
ものすごく、締まらない。
「……よし」
僕は、小さく息を吐いた。
ここまで皆が繋いだのだ。
ノラが勝った。
リノが逃げなかった。
シドが最後まで勝ちを探した。
スズが当然のように勝った。
なら。
僕だけ、逃げるわけにはいかない。
逃げるわけにはいかないのだが。
勝てる気もしない!
「はいはい、大将戦だよー!」
シトロさんの楽しげな声が響く。
『一年、大将アゲハくん! きゃー格好良い! 頑張って! 応援してるよ!! ……んで、二、三年連合はー、三年首席カボシくんねー』
温度差ありすぎだろ。
言われてるこっちが恥ずかしいわ!
会場の熱が一瞬、微妙な空気になる。
そりゃ、そうだろ。
こんな、あからさまに贔屓しそうな人が審判していたら。
僕は、魔法杖を握り直す。
カナタが用意してくれた、実刃付きの単発式魔法杖。
貸出用ではない。
きちんと整備され、僕の癖に合わせて選ばれた、かなり良い杖だ。
だから、壊れることもないだろう。
たぶん。
柄だけタイプみたいに、光刃だけがすっぽ抜けるとかも……ないよね?
僕は、もう一度後ろを振り返った。
スズの傍らに置かれた包み。
その中には、黒い銃剣型の魔法杖が入っている。
銀の華をあしらった、あの恥ずかしいくらい綺麗な杖。
スズとテオとの鍛錬の時にだけ使う、僕の予備武器。
いや。
予備武器、という言い方でいいのかどうかすら怪しい。
あれは、普通の魔法杖ではない気がする。
というか、あれは本当に魔法杖なのか?
違うんじゃないか?
と、わりと本気で疑っている。
あれ、使っちゃ駄目かなー。
スズは反則だと言っていたしな……。
だから今は、これで行くしかない。
僕は、カボシを見た。
カボシは静かに構えている。
隙がない。
笑ってもいない。
侮ってもいない。
当然だ。
向こうだって、もう負けは許されない。
……やっぱり、秒でやられる未来しか見えないんだけど。
どうしよう。
本当に、どうしよう。




