副将は上級魔導師級。スズの実力です
副将戦。
一年側は、スズ。
対する二、三年連合側の生徒を見て、スズはわずかに目を細めた。
二年生、次席。
本来なら、先鋒か次鋒あたりに来る生徒だろう。
上級生側は、前半に戦力を寄せたのだ。
こちらが前半に勝負をかけると読んで。
結果として、リノとシドは厳しい相手を引いた。
そして、スズの前には、本来なら副将として立つはずではない生徒がいる。
少しだけ予想外だった。
だが、どうでもいい。
やることは決まっている。
スズは、ため息をついた。
「カナタ」
そして、後ろを振り返る。
「シドのところへ行ってやれ。あいつはもう限界だった」
カナタが目を見開く。
「だが、試合は――」
「問題ない」
スズは、相手から視線を外さずに言った。
「少し時間をくれてやる。目を覚ましたら、アゲハ様の試合を二人で見ろ」
スズにとって誤算だったのは、アゲハを出してしまったことだった。
できることなら、手を煩わせたくはなかった。
しかし、こうなっては仕方がない。
どうせ出なければならないのなら、アゲハの偉大さを見せつけるべきだろう。
本来なら、さっさと終わらせる試合だ。
だが、今は少しだけ状況が違う。
シドが目を覚ますまでの猶予くらいは、くれてやる。
「あら、可哀想」
シトロが、スズの様子を見て呟いた。
その声は楽しげで、ほんの少しだけ同情するようでもあった。
氷の猟犬の狩りの時間が始まった。
***
スズが構える薙刀型の魔法杖を見て、観客席がざわめいた。
対戦相手も、明らかに息を呑んでいる。
それもそのはずだ。
三発連動式。
学生が扱うには、あまりに過剰な代物だった。
『それじゃあ、副将戦、始めちゃおっか!』
シトロの声が響く。
だが、両者はぴくりとも動かなかった。
正確には、スズが動かないから、相手が動けないのだ。
スズの薙刀型魔法杖に、魔力が収束していく。
高濃度の光刃が発現する。
さらに、薄く、透き通るような膜がスズの周囲に展開された。
防殻ではない。
防隔膜。
単純な硬化ではなく、光刃や光弾への対抗を目的とした、魔導師級以上の防御術式である。
本来なら、自分一人を守るための盾だ。
シトロは先ほど、それを闘技場全体に展開してみせた。
数十人、あるいは百人単位を守れる規模で。
あれは、たしかに異常だ。
だが、スズが今展開しているものもまた、学生の領域を明らかに超えていた。
光弾を撃ったところで、スズには届かない。
光刃の刃も同じだ。
防隔膜に触れた瞬間、威力を削られ、軌道を乱される。
二年次席の生徒にとっては、格上などという言葉では足りない。
手も足も出ない。
それが、現実だった。
攻撃する前から、それが目に見えて分かってしまう。
三発連動式の魔法杖の性能は、単発式三本分などという単純なものではない。
魔動機同士が噛み合い、一つの術式出力として連鎖する。
そうなれば、出力も、精度も、制御難度も跳ね上がる。
扱う者の技量まで含めれば、もはや学生の魔法杖戦闘とは別物だった。
魔導師級。
いや、スズが扱うそれは、上級魔導師級と呼んでも差し支えない。
ただ、いたずらに時間だけが過ぎていく。
スズは動かない。
相手も動けない。
いや、何度か攻撃を試みようとはしていた。
けれど、構えた瞬間に分かってしまうのだ。
届かない。
通らない。
踏み込めば、その瞬間に終わる。
その事実だけが、じわじわと闘技場に広がっていった。
何も起きない、ただ、睨み合うだけの時間。
スズは、ため息をついた。
飛び込む覚悟すらない弱者に、呆れ果てたように。
「指導と鍛錬だったか」
静かな声だった。
だが、闘技場にはよく響いた。
「相手のため。強くなるため。正しいことをしている。そういう理屈だったな」
相手の表情が、わずかにこわばる。
スズは、魔法杖を構え直した。
「ならば、私にも見せてみろ」
冷たい光刃が、ゆらりと揺れる。
「貴様らの正義とやらを」
次の瞬間。
相手の魔法杖が、宙を舞っていた。
誰も、何が起きたのか分からなかった。
少なくとも、観客席の大半には。
上級生が、慌てて後退しようとする。
だが、足が動かない。
スズの光刃が、すでに喉元の寸前にあった。
冷たい光。
氷のような殺気。
相手の膝が震えた。
返事はない。
抵抗もない。
反撃もない。
踏みとどまる意思もない。
杖を失い。
足を止められ。
ただ、喉元の光刃を見つめているだけだった。
「反撃しないのか? 少し待ってやっても良いぞ?」
上級生はフルフルと首を横に振った。
『そこまでー! 勝者、一年、スズちゃん!』
シトロの声が響いた。
***《ガルム視点》***
職員観覧席で、ガルムは無言のまま目を細めた。
会場は、一瞬、静まり返った。
睨み合いが終わったあとの決着はあまりにも早すぎた。
あまりにも、何も起こらなすぎた。
けれど、だからこそ分かってしまう。
ノラは、格上相手に勝利をもぎ取った。
リノは、格上相手に逃げない姿を見せた。
シドは、格上相手に最後まで勝ちを探した。
だが、この上級生は。
スズという格上相手に、何も見せられなかった。
それは、ただの実力差ではない。
勝ち目のない相手。
越えるべき相手。
そういうものを前にした時、何を残せるのか。
その差だった。
今年の一年は、未完成だ。
問題も多い。
荒削りで、危なっかしく、扱いにくい。
だが、格上を前にしても、何かを見せようとする。
勝てない相手に、届こうとする。
それは、育てる価値のある資質だった。
モデルケース。
その言葉の意味が、少しだけ重みを増した。
これで、二勝二敗。
勝負は、大将戦へともつれ込んだ。
化け物どもの秘蔵の少年アゲハ。
果たして彼は何を見せるのか。
教育者としては失格かもしれない、しかし、否が応でも期待してしまっている自分がいる。
ガルムは舞台から目を離すことができなかった。




