中堅戦、シドの矜持です
中堅戦。
一年側は、シド。
リノの試合が終わった後の闘技場には、まだ熱が残っていた。
負けはした。
けれど、一歩も逃げなかった。
その事実が、一年生たちの中に残っている。
シドは、舞台へ向かう前に、倒れ込んだリノの方をちらりと見た。
カナタが、複雑な表情でリノを抱えている。
すぐに救護班が駆けつけた。
極度の疲労と打撲。
命に別状はないだろうと、シトロは言った。
シドは、医務室へ連れていかれるリノを見送りながら、頭を掻く。
「……やりづれぇな」
ぼそりと呟いた。
「アレ見せられた後で、俺が秒で負けたら洒落になんねぇだろ。ふざけんな」
軽口だった。
だが、カナタには分かった。
シドは、リノの戦いを受け取っている。
その上で、悪態をついているのだ。
「シド」
カナタは声をかけた。
「分かってる。でもな、お前が言うべき言葉は何だ?」
シドは振り返らなかった。
カナタは、一瞬だけ言葉に詰まる。
そして。
「勝ってくれ」
そう言った。
シドは肩をすくめた。
「そこは『絶対に勝て』だろ。勢いがねぇな。まあ、そうだな。惜しいところまでは行ってやるさ」
そう言って、シドは舞台へ上がった。
気弱になっているわけではない。
負ける気もないのだろう。
けれど、見てしまったのは、リノの覚悟だけではない。
上級生の実力もだった。
決して弱い相手ではない。
それは分かっていた。
だが、それも所詮、分かっているつもりだっただけなのかもしれない。
頑張れば届く程度だと、どこかで思っていた。
シドの相手は、二年首席のラルフという男子生徒だった。
派手さはない。
だが、構えに隙がない。
堅実な型を積み上げてきた生徒だ。
対戦相手は、あらかじめカナタが洗っている。
本来なら、スズが相手をするはずだった相手。
シドにとって、相性が良いとは言えなかった。
ノラのような奇襲は、おそらく機能しない。
リノのような感情の爆発でどうにかなる相手でもない。
ただ、堅実に地力で押してくる。
生真面目さだけで二年の首席まで上り詰めたような、そんな青年だった。
それは、今のシドにとって一番厄介な相手だと言える。
彼はシドを侮らない。
ましてや、リノの試合を見た後だ。
『じゃあじゃあ、始めちゃおっか、中堅戦! シドくんも、あの後じゃ気合い見せないとね! ね? ね?』
何が楽しいのか。
本当に嫌な性格をした女だ。
シドはシトロを苦々しげに見た。
当たり前だろ。
そう言いたげな顔だった。
試合開始の合図が告げられた。
***
先に動いたのは、ラルフだった。
速攻だった。
初手で片をつける。
そんな気概が感じられた。
これ以上、下級生に好きにさせるわけにはいかない。
堅実で鳴らした青年が、闘志に燃えていた。
「くそ、リノのせいだぞ!」
シドは苦笑いを浮かべる。
敵にまで火をつけてどうする、と。
光弾が放たれる。
続けて、身体強化術式を乗せた踏み込み。
無駄のない連撃。
シドはそれを、何とか、ぎりぎりでかわした。
今ので決まっていてもおかしくなかった。
大きく下がらない。
踏みとどまる。
相手の光刃が横薙ぎに振るわれる。
シドはそれを杖で受けず、体を沈めて避けた。
自分に決定打がないことは理解している。
なるべく相手の動きを見て、その綻びを突く。
それしか、シドが勝てる道筋はなかった。
一撃。
二撃。
三撃。
シドは受けない。
かわす。
ずらす。
間合いを外す。
時折、小さな光弾を返して、相手の踏み込みをずらす。
派手さはない。
だが、嫌らしい。
それが、何度も続いた。
一度、二度ではない。
ラルフが踏み込む。
シドが半歩ずれる。
光刃が空を切る。
シドが小さく光弾を返す。
だが、その光弾は相手を倒すためのものではない。
視線をずらすため。
踏み込みを遅らせるため。
次の一撃の角度を、ほんのわずかに変えさせるため。
時間稼ぎのような、嫌になるほど小さな攻防。
観客席の熱が、少しずつ変わっていく。
リノの時のような、悲鳴にも似た応援ではない。
ノラの時のような驚きでもない。
ただ、息を詰めるような沈黙。
いつ終わるのか分からない。
どちらが押しているのかも、はっきりとは分からない。
それでも、目を離せない。
そんな試合だった。
まるで薄氷の上を滑るような、危うい戦い。
シドは確実に追い込まれている。
何度も、あと一歩で捕まる。
何度も、光刃が肩先をかすめる。
何度も、光弾の衝撃で体勢を崩される。
それでも、決定打だけは許さない。
崩れそうで、崩れない。
本当にぎりぎりで、何とかかわす。
そんな時間だけが、じりじりと積み重なっていった。
ラルフの表情に、苛立ちが募る。
当たらない。
当てられない。
少しでも甘い手を打てば、シドは小さな、けれど確実な反撃に出ようとする。
攻めているのはラルフの方だ。
技術も、魔力量も、試合経験も、完全に彼の方が上だと、誰が見ても明らかだった。
それなのに、倒せない。
シドは、ただ粘っているのではない。
少しずつ、少しずつ、相手の癖を拾っている。
踏み込む前の肩の揺れ。
光弾を撃つ直前の杖先の角度。
焦れた時に、ほんのわずかに大きくなる歩幅。
それらを、拾っている。
シドは、必死に勝ちを探していた。
長く続けば続くほど、シドの方が疲弊していく。
長期戦は、むしろシドにとって不利だとすら言える。
それでも、シドは負けるわけにはいかなかった。
細い糸のような勝ち筋を、必死に手繰っていた。
負けない距離で、粘り続ける。
相手のやりたいことを、少しずつ邪魔し続ける。
やがて、ラルフが焦れた。
踏み込みが、わずかに大きくなる。
シドの目が細くなった。
そこだ。
シドが初めて、前に出た。
光刃が立ち上がる。
短い。
だが、鋭い。
ラルフの光刃を下から弾き、体勢を崩す。
そのまま、懐に潜り込む。
観客席がどよめいた。
届く。
カナタも、そう思った。
だが、ラルフはそれをぎりぎりでかわした。
シドの光刃が空を切る。
次の瞬間だった。
シドは、何を思ったのか杖を捨てた。
そして、そのまま殴りかかる。
「はっ――!」
「何をっ……!」
カナタが叫ぶより早く、当然、ラルフの反撃が入った。
結界に威力を削られながらも、光刃が確実にシドを捕らえる。
シドの体が弾き飛ばされ、床を転がった。
それでも、シドは起き上がろうとする。
腕をつく。
だが、体勢が崩れた。
そのまま、前のめりに突っ伏す。
『そこまでー。勝者、二、三年連合、ラルフくん!』
シトロの声が響いた。
会場が、大きく息を吐く。
シドは、そのまま動かなかった。




