次鋒戦、想定外の幕上げです。
次鋒戦。
一年側は、リノ。
そして、二、三年連合側から出てきた相手を見て、カナタは息を呑んだ。
「なぜ、彼女が……」
女子寮寮長、三年次席ソニアだった。
本来ならば、次鋒に出てくるような生徒ではない。
副将、あるいは大将でもおかしくない。
それほどの実力者のはずだ。
上級生側も、何も考えていなかったわけではなかった。
一年側が、前半に戦力を集中させる可能性を読んでいたのだ。
だからこそ、次鋒に強者を置いた。
こちらの勝ち筋を、確実に潰すために。
リノの顔色が変わった。
疲労で青ざめていた顔から、さらに血の気が引いていく。
無理もない。
相手は、ただの上級生ではない。
リノを鍛錬という名の暴行で追い詰め、寮内で彼女を孤立させる空気を作り、逃げ場を奪っていた相手だった。
「リノさん」
ソニアは、穏やかに微笑んだ。
「今度こそ、きちんと教えて差し上げます。あなたがいかに間違ったことをしているか。私たちの期待を裏切ったことを、反省なさい」
その声に、リノの肩が震えた。
明らかに怯えている。
「リノ!」
カナタは、思わず声をかけた。
「……大丈夫か?」
リノが振り返る。
「……大丈夫」
震える声だった。
試合を止めるべきかもしれない。
そんな考えが、カナタの脳裏に浮かんだ。
負ければ、一年は全員退学。
不戦敗など許されるはずもない。
それは理解している。
理解しているが、それでも。
「大丈夫だよ」
リノは、もう一度言った。
今度は、はっきりとした声だった。
カナタは目を見開き、それから少しだけ俯いた。
「リノ。その……昨日は、すまなかった」
今、言うことでは無いかもしれない。
カナタは、彼女が手にしている魔法杖を見た。
自分が用意した、無連動双発式の魔法杖。
リノも、その視線の意味に気づいたのだろう。
ほんの少しだけ、目を伏せた。
リノの両親が贈ってくれた、連動双発式の魔法杖。
それを使いたいと言ったリノに、カナタは激昂した。
今思えば、言い方を間違えた。
だが、判断そのものを間違えたとは思っていない。
光刃や光弾の扱いにまだ慣れていないリノにとって、杖選びは何より重要だった。
カナタはそれを、何度もリノに語ってきた。
そして鍛錬の中で、ようやく見いだした最適解が、この無連動双発式だったのである。
「本当に、僕が選んだ杖でいいのか?」
カナタは今でも、今のリノに連動式は扱えないと思っている。
両親が贈ってくれた杖は、決して悪いものではない。
むしろ、良い杖だ。
かなり無理をして用意してくれたであろうことも今はわかる。
だからこそ、今のリノには早い。
二つの魔動機を連動させるには、まだ制御が追いつかない。
今のリノなら、連動させず、二つの魔動機を別々に扱う方がいい。
無連動双発式こそが、現実的で、正しい選択だった。
それでも。
昨日、リノの想いまで否定する必要はなかった。
リノは、ゆるく首を振った。
「ううん。私こそ、勝手なことをして、ごめんね」
そして、手元の杖をそっと握り直す。
「私は、カナタ君を信じてるよ」
そう言って、リノは笑った。
疲れた顔だった。
目元には、まだ濃い隈が残っている。
けれど、その笑みは、ちゃんとリノ自身のものだった。
カナタは、何かを言いかけた。
けれど、言葉にはならなかった。
だから、別の言葉を選ぶ。
「分の悪い相手ではある」
カナタは、静かに言った。
「でも、僕もリノを信じている」
リノは、小さく頷いた。
そして、舞台に向かって歩き出した。
***
「やはり、厳しいか」
スズが横で言った。
リノは、必死に食らいついていた。
それは奇跡に等しい。
誰が見ても、ソニアはリノより格上だった。
学生レベルではない、魔導師に片足をかけていると言っても過言ではなかった。
ソニアが使うのは、連動双発式の魔法杖。
普通の学生が扱える代物ではない。
無論、完璧に使いこなしているわけではない。
だが、適切に運用している。
それだけで十分だった。
単発式と違い、連動双発式は杖が飲み込む魔力量が桁違いになる。
未熟な者がわけも分からず使えば、一気に魔力を持っていかれ、枯渇状態に陥る。
ソニアはそれを、必要な時だけ引き出していた。
リノの攻撃に合わせて、出力を上げる。
反撃の瞬間に、連動させる。
不要な時には、すぐに落とす。
完璧ではない。
しかし、学生としては十分すぎるほど巧みだった。
いや、これほど巧みに杖を扱えるものは戦場でも稀だった。
リノは完全に力負けしていた。
戦闘技術だけの問題ではない。
魔法杖の性能も、それを扱う練度も、明確に違う。
それでも、リノは下がらなかった。
何度も弾かれた。
何度も体勢を崩した。
それでも、前を見ていた。
その姿は、異様ですらあった。
「なんで……倒れないのよ」
ソニアの声が震えた。
それもそうだろう。
明らかな格下。
簡単に討ち取れる相手。
にも関わらず。
どれだけ打ちのめしても、リノはぎりぎりでダメージを軽減する。
倒れかけながら、躱す。
躱しきれなくても、受ける。
受けきれなくても、前に出る。
何度も。
何度も。
何度も、突っ込んでくる。
そこにあるのは、勝利への執念。
そして、自分の責任を果たしたいという意思たげだった。
観客席から、少しずつ声が上がり始める。
退学という現実的な問題を前に、行き場のない憤りや苛立ちを抱えたまま、黙り込んでいた一年生たち。
その中から、リノを応援する声が生まれた。
ひとつ。
また、ひとつ。
それは次第に増えていく。
それほどまでに、彼女は必死だった。
やがて、咆哮が闘技場に響いた。
リノの声だった。
悲鳴とも、気合ともつかない声。
リノの杖に、魔力が流れ込む。
連動式ではない。
それでも、二つの魔動機が同時に唸り、単発式では考えられないほど大きな光刃が立ち上がった。
ソニアの表情が、初めて明確に変わる。
リノは、ソニアめがけて突っ込んだ。
だが、足がもつれていた。
その動きは、お世辞にも速いとは言えなかった。
いや、むしろ、誰の目から見ても遅い。
避けるのは容易だろう。
ただ、光の刃だけが大きく、力強く、輝いている。
最後の一歩で、踏み込めない。
リノの特大の一撃は、あっさりとソニアにかわされた。
リノは、そのまま倒れ込んだ。
それでもまだ、前に進もうとしていた。
指が床を掻く。
膝が震える。
それでも、体を起こそうとする。
ソニアは、光刃をしまった。
とどめの一撃など、もう放てなかった。
リノはもう、一撃だって放つことはできない。
それでも、前に進もうとしている。
その相手を、さらに打つことなど、彼女にはできなかった。
『そこまでー。勝者、二、三年連合、ソニアちゃん』
シトロの声が響いた。
リノは負けた。
闘技場に、リノの小さな嗚咽だけが残る。
カナタは、何も言えなかった。
勝たせるつもりだった。
自分が全力で鍛えれば、リノは勝てると思っていた。
けれど、リノは疲れ切っていた。
相手も悪かった。
それでも、リノは逃げなかった。
最初に鳴ったのは、小さな拍手だった。
ひとつ。
また、ひとつ。
それはやがて、大きな渦となった。
リノの負けを責める者は、誰一人としていなかった。




