野良潜行者ノラ、その実力をご覧あれです。
***《スズ視点》***
開始の合図とともに飛び出したのは、ノラだった。
速い。
だが、それはノラ自身の、素の速さだった。
ノラが使うのは、カナタの用意した実刃式の魔法杖だ。
光刃を正しく扱えるのであれば、実刃を選ぶ利点は少ない。
スズの使うナギナタタイプなどは、特にそうだ。
刃の大きさが固定される実刃では、戦術の幅が大きく損なわれる。
しかし、いま、この場においては、ノラの実刃は正しく機能している。
ノラは一気に間合いを詰め、刃を叩き込む。
荒削りだが、素早い。
身体強化術式を使わずに、あれだけ動けるなら大したものだ。
対するダグラは、すぐには動かなかった。
様子を見ている。
学生としては、賢明な判断だった。
一年の格下と侮らず、不用意な先制攻撃を避けている。
当然、一年側は勝つつもりで作戦を練っている。
何が仕込まれているか分からない以上、まず見る。
悪くない。
「凄い……」
リノが呟いた。
ノラは踏み込み、離れ、また角度を変える。
ダグラの牽制をかわしながら、適切な距離を保っている。
変則的な動き。
それは、地下で鍛えられたものだろう。
だが。
「あれでは届かない」
カナタが言った。
その指摘はもっともだった。
このままでは、ノラはダグラに決定打を与えることができない。
ダグラは常に身体強化術式と光刃を展開している。
おそらく、防殻も使っているだろう。
三つの魔動機をそれぞれの処理へ振り分けているため、立ち上がりも速く、精度も高い。
防御も反撃も、一定以上の水準にある。
対して、ノラはあくまで部分強化に留まっていた。
速度はある。
勘も悪くない。
しかし、真正面から踏み込めば、光刃に斬られる。
間合いを外せば、こちらの刃が届かない。
今のノラは、ダグラを翻弄しているように見える。
けれど、ノラの刃はダグラに届いていない。
それもそのはずだ。
ダグラは、あくまでも様子見に徹しているのだから。
本気で翻弄されているわけではない。
「実戦経験はある。身体能力も高い。だが、魔法杖の扱いが未熟すぎる」
カナタが低く言った。
「光刃を常時展開できない。光弾も使ってこない。強化術式も一部だけ。あの動きでは、いずれ捕まる」
その分析は、間違っていない。
ノラは、光刃を常時展開できない。
光弾も、すぐには撃てない。
全身の身体強化も、長くは維持できない。
この一週間という短い訓練期間と、今見えているものだけを考えれば、そう判断するのも当然だ。
ダグラも、同じように判断しているはずだった。
荒削りな野良潜行者。
身体能力は高く、実戦勘もある。
だが、魔法杖を用いた戦闘には不慣れ。
光刃を維持できず、光弾を撃てず、身体強化術式も部分的にしか扱えない。
単発式の実刃型魔法杖に頼らざるを得ない下級生。
今一歩、届かない生徒。
そう見ている。
だからこそ、付け入る隙がある。
その『見誤り』こそが、ノラの勝機だった。
「……スズ?」
アゲハ様が、こちらを見た。
心配そうな目だった。
だが、それはノラの力を疑う目ではない。
おそらく問われているのは、スズだ。
この一週間で、スズの指導がどこまで届いたか。
ノラが、教えた通りに動けているのか。
本番で、きちんと仕掛けを成立させられるのか。
その確認なのだろう。
スズは、小さく頷いた。
「問題ありません。予定通り、ノラはうまくやっています」
ノラは、ただ逃げ回っていたのではない。
素の身体能力と実刃だけで攻防をつなぎながら、単発式の魔動機に、少しずつ術式の処理を積ませている。
全身強化。
光刃。
そして、光弾。
どれも威力は低い。
精度も、維持時間も十分ではない。
それでも、勝負を決める一瞬だけなら使える。
その時だった。
ダグラが動いた。
ノラの踏み込みに合わせ、身体強化術式を一段引き上げる。
足元が沈む。
次の瞬間、ダグラの姿が前へ跳ねた。
速い。
三年三席の名は伊達ではない。
光弾が二つ、ノラの退路を塞ぐように放たれる。
右と左へ、わずかに軌道をずらした光弾。
逃げ場を削り、中央へ誘導する。
そこへ、光刃を構えたダグラが踏み込んだ。
堅実だ。
実に堅実な詰め方だった。
まるで、お手本のようだ。
未熟な相手なら、これで終わる。
光弾を避けるために足が止まり、光刃に捕まる。
あるいは、強引に抜けようとして光弾を食らう。
もしくは姿勢を崩し、そのまま追撃を受ける。
ダグラの判断は正しい。
ノラが、見えている通りの実力の生徒ならば。
「終わった」
カナタが呟いた。
違う。
終わったのは、ダグラだ。
スズは、そう確信した。
ノラの足が止まった。
逃げ場を失ったのではない。
自ら止めたのだ。
次の瞬間、ノラの全身を薄い光が走った。
部分強化ではない。
全身を通る、均一な身体強化術式。
時間をかけて立ち上げていた処理が、ここでようやく完成した。
続いて、ノラの手元で光刃が立ち上がる。
不安定ではない。
実刃に沿うように、短く、鋭く、必要な長さだけを保った光刃。
大きく伸ばす必要はない。
実刃を芯にすれば、最低限の出力と処理でも、十分な刃になる。
さらに、ノラの杖先から光弾が放たれた。
一発。
立ち上がりは遅く、威力も並以下。
それでも、すでに準備を終えていた一発だ。
その光弾は、ダグラを狙ったものではない。
ダグラの放った光弾の一つを、正確に撃ち抜いた。
相殺するほどの威力はない。
しかし、その軌道を逸らすには十分だった。
弾けた光が、一瞬だけ視界を白く染める。
その白の中で、ノラが沈んだ。
低く。
獣のように。
ダグラの光刃が空を斬る。
そこには、もうノラはいない。
次の瞬間、ノラはダグラの懐にいた。
「なっ――」
ダグラの声が漏れる。
遅い。
ノラの実刃式魔法杖が、ダグラの杖を下から跳ね上げた。
光刃の軌道が逸れる。
そのまま、ノラは踏み込んだ。
止まらない。
いや。
止められない。
長くは維持できない。
次に同じ術式を立ち上げる余裕もない。
だから、この一撃で決めるしかない。
ノラの光刃が、ダグラの胴へ叩き込まれる。
直撃する、その寸前。
闘技場全体を包む結界が、淡く光った。
光刃の輪郭が、一瞬だけ崩れる。
威力を削られたのだ。
だが、消えたわけではない。
「ぐっ――!」
鈍い音とともに、ダグラの体が吹き飛んだ。
防護膜に叩きつけられ、さらに弾かれるように床へ転がる。
会場が静まり返った。
ダグラは、起き上がらない。
ノラは杖を構えたまま、荒く息を吐いていた。
光刃はすでに消えている。
全身を覆っていた強化の光も、急速に薄れていく。
光刃を止める余裕などなかった。
次の一手もない。
勝った。
ただ、それだけだった。
シトロお姉様の声が、楽しげに響いた。
『そこまでー! 勝者、一年、ノラちゃん!』
一瞬遅れて、観客席がどよめいた。




