魔導師殺しと先鋒戦、試合の始まりです
***《アゲハ視点》***
なんだか、めちゃくちゃなことを言い出したシトロさん。
その横で、ノラは準備運動をしていた。
軽く肩を回し、足首を伸ばし、腰を落とす。
ふざけた顔はしていない。
よく集中している。
『はいはーい、先鋒、前に出ちゃってー!』
シトロさんの明るい声が響いた。
巨大な透明の球体。
玻璃珠。
それに腰掛けるように乗ったシトロさんは、ふわふわと浮かびながら、闘技場の中央へ降りてきた。
その背後に控えているのは、八機の自律型魔法杖である。
一機一機に、三基の魔動演算機を積んだ化け物じみた杖。
通常の魔動機とは違い、演算機能までついてる、普通の杖とは別物といえる代物らしい。
それを八つ同時に展開する。
それは、つまり、上級魔導師を八人連れているようなもので。
いや、正確にはそれ以上かもしれない。
なぜなら、あの八機すべてを、シトロさん一人が制御している。
シトロさんの意のままに動く八人の上級魔導師。
考えただけで恐ろしい。
……ほんと、なんでこの人が先生なんかしてるんだろう。
ノラが舞台に上がる。
対戦相手も、反対側から進み出た。
三年三席。
上級生の中でも、明確に上位の生徒である。
相手が構えた魔法杖を見て、スズが小さく呟いた。
「三発式、無連動ですね」
「無連動?」
「魔動機は三基積んでいますが、連動はしていません。まあ、学生ならこんなものでしょう」
魔動機については、僕もだいぶ分かってきた。
いや、分かった気になっているだけかもしれないけど。
杖に何基もの魔動機を積んでいても、連動していなければ、それは単発式を複数並べているだけだ。
台数が増えれば、もちろん出力は上がる。
けれど、それは単純な足し算。
各々の魔動機を別々に使うため、無駄も多く、出力は一基以上のものが出ることはない。
一方で、連動は違う。
掛け算だ。
魔動機同士が噛み合い、一つの術式出力として連鎖する。
そうなると、出力は一気に跳ね上がる。
二発連動と三発連動では、単に一基増えたという話ではない。
制御の難度も、威力も、まるで別物になる。
とはいえ、無連動でも、単発式三つを同時に扱うということに変わりはない。
学生としては、間違いなく破格だろう。
「ノラ」
僕は、舞台に立つピンク頭を見た。
ノラは振り返らなかった。
ただ、軽く右手を上げる。
大丈夫。
そう言っているみたいだった。
***
シトロさんの杖が、八方へ散った。
淡い光を放ちながら、それぞれの杖が闘技場の外周に位置取る。
次の瞬間。
薄い膜のようなものが、空間に走った。
巨大な防隔膜。
いや、先ほどシトロさんが言っていた、特殊な結界だろうか。
八機の杖を支点として、闘技場全体を包み込むように、透明な膜が展開されていく。
空気が震えた。
足元から、ぞわりと何かが吸い上げられるような感覚がする。
場の魔力を吸い上げている?
ただ結界を維持するために、魔力を集めているわけではない。
闘技場の内側に満ちる魔力そのものを薄くし、光刃や光弾の威力を減退させているのだ。
攻撃を消すのではない。
威力を殺しすぎるのでもない。
試合として成立するだけの危険は残しながら、致命傷に届く出力だけを削る。
しかも、吸い上げた魔力は、そのまま結界の維持に回している。
無駄がない。
本当に、無駄がない。
利用できるものは、何でも利用する。
……ああ。
なんか、すごくシトロさんの魔法っぽい。
前々からヤバい人だとは思っていたが、本当にとんでもないなー……。
スズも、驚愕の表情でその光景を眺めていた。
「玻璃珠の魔女とは、これほどのものなのか……」
先ほどまでの険悪な空気すら忘れたように、カナタが呆然と呟く。
それもそうだろう。
この規模の防隔膜を展開するだけでも、まともではない。
その上で、場の魔力を吸い上げ、攻撃の威力を減退させ、吸い上げた魔力を結界維持に再利用している。
言葉にすれば簡単だが、やっていることは、たぶん、めちゃくちゃだ。
というか、この人、その気になれば、ここにいる魔法使い全員を無効化できるんじゃないのか?
テオと同じように、シトロさんの異名も一つではなかったはずだ。
「魔導師殺し」
スズが呟く。
そう、それだ。
魔導学の知識に乏しい僕でさえ分かる。
これは、普通じゃない。
カナタの驚きは、きっと僕よりずっと上だろう。
なにせ彼は、僕よりずっと、これがどれほど異常なのか理解できてしまうのだから。




