弱者の罪と指揮官の責任。対抗戦始まります。
試合当日。
そこは、潜行者養成学校の中に作られた円形闘技場だった。
対抗戦というもの自体、この潜行者養成学校では珍しいものではない。
訓練用の蛇を使った模擬戦なども執り行われている。
生徒と関係者たちが、観客席から僕たちを見下ろすように観戦していた。
今回の対抗戦自体は、モデルクラス対上級生による選抜試合という体を取っている。
退学云々の話は、公にはなっていない。
もともとは、僕らのクラスに対する上級生の過干渉問題から始まったことだ。
シトロさんのことだから、うまく収めてはくれるだろうが、どうなることか……。
僕たちが控え室に着くと、カナタたちはもう来ていた。
「おはよう」
お互いにそう言ったきり、会話は続かなかった。
昨日の今日だ。
致し方ない。
「この順で行こうと思う」
カナタが、用意していた紙を広げる。
先鋒、リノ。
次鋒、シド。
中堅、スズ。
そして、副将と大将には、ノラと僕。
先に三勝をあげて、僕とノラには戦わせないという作戦なのだろう。
カナタが書き出した試合順を見て、スズは鼻を鳴らした。
カナタの提示したそれは、スズの予想通りの対戦順だった。
スズは、カナタに怒っている。
それは、リノのことではない。
もちろん、僕のことだけでもない。
「やはり、お前は何も見えていないな。試合順は私が決める」
「……どういう意味です? スズさん。こう言っては何ですが、貴女は僕らに協力せず、そちら側に行った。今さら試合のことに口を出されるのは心外です」
「協力? 心外? 何を言っている? 私は常に勝つために動いている。お前の無用な感情論など、どうでも良い」
スズは、カナタを睨みつけた。
「それに、これは私のことでもある。口出しは当然するし、この試合順でやるなら私は出場しない」
「なっ……」
「負ける確率が高すぎる。やるだけ無駄だ」
スズは、はっきりとそう言った。
それから、僕の方へ向き直る。
「少し、カナタと話してまいります」
恭しく頭を下げて、スズはカナタとともに控え室を出ていった。
***《カナタ視点》***
「率直に聞こう」
控え室を出たところで、スズが言った。
その声は冷たかった。
「今のリノが、先鋒で勝てると。本気でそう思っているのか?」
カナタの表情が強張る。
「リノは、この一週間、必死に努力してきた。それに――」
「そんなことはどうでも良い。答えろ。勝てるのか?」
スズは遮った。
「即答できないのか。お前は弱さを罪のように扱う。ならば、戦局の見えない無能さも罪だ」
「……何を……?」
「今のリノを見てもなお、その順で勝てると思っているなら、お前は指揮を執るべきではない。無能な指揮官は害悪ですらある。今すぐ降りろ。それが、指揮官としての責任だ」
スズはカナタを睨みつけたまま、はっきりと言った。
カナタは、咄嗟に答えられなかった。
ただ、やるべきことはやった。
できる対策は、すべてしたつもりだった。
「お前、鏡を見たか?」
スズは続ける。
「それが、勝ち戦を前にした指揮官の顔か? まるで、敗残兵のようだ」
スズの指摘はもっともだった。
カナタには、いまだ勝ちが見えていない。
シドの鍛錬を他の級友に任せたのは、二日前のこと。
模擬試合を組むことにより、実戦の感覚を掴ませようとしたが、それもすべて付け焼き刃。
上級生に届くかどうかは未知数だった。
リノは確かに、一週間で劇的に向上した。
しかし、まだ課題は残されたままだ。
先鋒にすることで、責任感と最後の追い込みをかけ、何としてでも勝たせる。
そうすれば、シドにとっても発破になる。
リノが勝ったのだ。
ならば、シドも必死に食らいつくだろう。
彼は強い。
だが、では、リノの勝利に確証があるかと問われれば……正直、なかった。
そして、リノが負けた先に未来はない。
「お前は、見ていたつもりだったのだろう」
スズは、低く言った。
「リノのことも、シドのことも、私のことも、アゲハ様のことも」
カナタは言葉を返せなかった。
「見たつもり。分かったつもり。だから確認しなかった。違うか?」
違わない。
リノのことは知っているつもりだった。
シドの実力も分かっているつもりだった。
スズの強さも分かっているつもりだった。
「お前は、アゲハ様のための杖まで用意していたな。アゲハ様は喜んでいた。あれが、あの方のお優しさだ……しかし、私は愕然とした」
スズは冷たく言った。
「つまり、お前は、アゲハ様が何を使うのかすら把握していないということだろう?」
カナタの息が詰まった。
どういう意味だ?
確かに、アゲハの杖を確認していない。
いや、アゲハが自分の魔法杖を持っていることすら、カナタは聞き流していた。
戦力確認。
そんなものは、初歩中の初歩ですらない。
指揮を執るなら、真っ先にやるべきことだ。
普段のカナタなら、絶対に怠らない。
それをしなかった。
なぜか。
アゲハを戦力として数えていなかったからだ。
アゲハとノラは実技下位で、どう扱えば良いか分からない不安定な駒だと、そう理解していたからだ。
「自分の持ち駒も知らずに盤を組んで、それで勝てるのか?」
スズの声は、氷のようだった。
「それは采配ではない。ただの願望だ」
「……僕は」
「お前を無能だと思っていたわけではない」
スズは遮った。
「だからこそ腹が立つ。お前なら見られると思った。アゲハ様の期待に応えられると思った。これは私の落ち度だ。私もまた、お前に願望を乗せた」
その言葉は、ただの罵倒よりも重かった。
スズはカナタを嫌っているわけではない。
それは、カナタにも分かった。
だからこそ、痛かった。
「アゲハ様の杖を見ると良い」
スズは言った。
「あれを扱える方が、学生相手に負けると本気で思っているのなら、お前は潜行者自体を諦めるべきだ」
スズは少しだけ間を空けて、遠くを見る。
「カナタ。お前も、私も、あの方の相手にはならない」
カナタは思わず、息を止めた。
「あの方の勝敗を案じている時点で、お前は何も見えていない」
スズの言葉は、いつものアゲハへの過剰な信仰に聞こえた。
それほどまでの力を持っているとは、カナタには思えなかった。
けれど、ここまでの確信を持って、スズが言うのだ。
「少なくとも、アゲハ様なら今のリノを先鋒には置かない」
ただ、スズの言葉に、カナタは何も返せない。
もしアゲハが自分の立場であったなら。
リノは、あんな顔をしていただろうか?
ふと、そんな考えが頭をよぎったのも事実だった。
アゲハは、リノの助けを見落とさなかった。
リノが差し出した杖の文字も、ちゃんと見ていた。
カナタは見落として、そして……。
「アゲハ様が見出し、私が鍛えたノラと、お前が追い込んだリノ。この二人を見て、お前はどちらがより勝利に近いと見る?」
俯き、思い詰めたままのリノ。
前を向き、自信に満ち、笑顔すら見せるノラ。
「もう一度言う。リノが先鋒なら、私は出ない」
スズはそう言うと、カナタに背を向けた。
試合の時間はもう、目前に迫っていた。




