それは正に……英雄アゲハです
決死の思いで、スズを連れ出した。
今だけは、まさに僕は英雄アゲハである。
褒めてほしい。
スズは意外なことに抵抗しなかった。
なんだか、むしろぐったりしている。
僕は引きずるようにして鍛錬場から離れ、近くの木陰に座り込んだ。
スズは、僕の腕の中でぼんやりとしている。
頭に血が上りすぎて、フリーズしてしまっているのだろうか。
顔が真っ赤だった。
「……スズ?」
呼びかけても、反応は薄い。
焦点の合わない目で、ぼーっと僕を見上げている。
仕方がない。
しばらく休ませるか。
気がついたら、カナタへの怒りをなんとか誤魔化さないといけない。
でないと、このまま命をつけ狙いかねない。
そうしていると、ノラが僕たちの後を追いかけてきた。
顔色が、少し青い。
「なんなん、今の」
ノラは鍛錬場の方を振り返り、それから僕の腕の中にいるスズを見た。
「スズちゃんって、マジで、ガチでヤバい子?」
マジで、ガチでヤバい子です。
ノラにも伝わって良かった。
さすがは実戦経験者だ。
僕はスズとずっと鍛錬してきた。
その間、あのクソヤバい殺気を何度も向けられ続けてきたのである。
テオがスズをけしかけるから。
あれに比べれば、上級生の威圧感なんて、本当に可愛いものだと、そう思いませんか?
僕は疲れたように、ノラを見上げる。
ノラはスズと、僕を交互に見た。
さっきまで氷のような殺気を放っていたスズは、今は真っ赤な顔で、ふやけたようにぼーっとしている。
どういう表情なんだ、これ?
「たぶん、そうしてたら一生起きへんと思うよ」
ノラが言った。
「こっちに寝かせとき」
そう言って、カバンからタオルを取り出し、地面に広げる。
まあ、たしかに。
ずっと抱えていては、腕も足も痺れる。
「ありがとうございます」
僕はそう言いながら、スズをタオルの上に寝かせようとして。
ちょっと失敗して、落っことした。
「あっ、やばっ、ごめん!」
僕は慌ててスズを抱き起こす。
でも、スズはまだ、焦点の合わない目でぼーっとしていた。
良かった。
いや、落としたのは良くないが。
今ので、殺意の矛先が僕に向かなくて、本当に良かった。
僕はそっと胸を撫で下ろす。
そんな僕らを見ながら、ノラが感心したように呟いた。
「ホンマに、アゲハってオモロイね」
「僕はまったく面白くありません」
「いや、オモロイって」
ノラの表情はまだ少し強張っている。
それでも、ずいぶんと余裕を取り戻していた。
というか、なんだろう?
むしろ、なんか、面白がっているような、からかうような雰囲気まである。
「さっきまで、あんな、やっばい殺気出してたのに。アゲハにかかったらコレやし」
ノラがちょっとビビりながら、スズの頬をつんつんする。
スズは相変わらずぼーっとしていた。
マジで大丈夫か、コイツ?
「アゲハはアゲハで、なんか、命がけみたいな顔してるし」
「命がけですよ! ノラにも分かるでしょ!」
調教に成功してきたとはいえ、スズはいわばサーカスのライオンとか、トラみたいなものなのである。
本気で怒り出したら手に負えないし。
少しの油断が命取りになるのだ!
スズが僕に懐いているのは理解している。
けれど、だからといって安心はできない。
「本気で言ってるの?」
「もちろんです!」
本当に危ないんだからな!
ノラは口元を押さえて、肩を震わせた。
「何この二人。めっちゃオモロイやん」
何が面白いっちゅうのか!
僕がスズをタオルの上に寝かせようとすると、スズは僕の服をぎゅっと掴んだ。
「アゲハ様……もう少しだけ、このままで……」
真っ赤な顔で、そんなことを言う。
僕は固まった。
ノラは、今度こそ耐えきれないというように吹き出した。




