巻き込まれたのは皆同じ、カナタはイケメン性悪金髪王子です?
ポテチを摘まんでいた指が、ぴたりと止まった。
顔から、さっきまでの軽さがすっと消えていく。
「なんで!? ウチ、巻き込まれただけやん!」
「かもしれないが、選ばれた限り、君も当事者だ」
カナタが疲れ切った声で答える。
巻き込まれたのは、僕らも同じだ。
「そもそも、君が真面目に授業を受けていれば、選ばれない可能性だってあったはずだ。君に責任がないわけじゃない」
「なんで、ウチのこと選んだし! 他の人に変えてよ!」
ノラは勢いよく立ち上がり、カナタに詰め寄った。
カナタの眉間に、深い皺が刻まれる。
「話を聞いているのか? 選んだのは僕じゃない」
「でも、ウチ連れてきたんカナタやん!」
「選ばれたから連れてきたんだ。というか、話を聞いてくれ!」
「聞けへん!」
「……いい加減にしろ」
カナタの声が、少しだけ低くなった。
「条件は、実技最下位から二人。君は実技最下位だ。だから選ばれた」
「……嘘やん?」
「嘘じゃない」
ノラはふらりと後ずさった。
それから、頭を抱える。
「いやいやいやいや、無理無理無理。ウチ、無理。学費とか生活費とか、こっち来るまでの渡航費とか、いっぱい借りてるし。その補助金返せ言われても無理! そんなお金あったら、最初から学校なんか来てへんって!」
一気に現実味が出てきたのか、ノラの顔色が変わっていく。
さっきまでの他人事みたいな軽さは、もうない。
ようやく、事の深刻さに気がついた。
そんな様子だった。
「なあ、せや! 今から他の子に変えたら良いんちゃう? ウチより授業出てる子、いくらでもおるし! その子やったら、頑張るやろうし! な、ええ考えちゃう? カナタだって、そっちの方がええやん?」
「……正直、変えられるなら僕だって変えたいよ」
カナタは苦々しげに言った。
「でも、もう決まったことなんだ」
「決まったことって何!? なんでそんな簡単に言うん!?」
「簡単に言っているわけじゃない」
カナタは、苛立ちを押し殺すように息を吐いた。
「僕だって、納得しているわけじゃない。だが、シトロ先生が決めた。条件も提示された。上級生側もそれを呑んだ。今さら変えられると思うのか?」
「思う!」
即答だった。
ノラが口を尖らせる。
カナタは諦めたように首を横に振った。
もはや、苛立ちを隠そうともしていない。
「とにかく!」
彼は、無理やり話を切った。
「君は、僕たちの足を引っ張らず、基礎訓練に打ち込め。カリキュラムは僕が組んでやる」
***
ノラは、カナタから今後の育成方針を記した工程表と、鍛錬メニューを押し付けられて、不服そうだった。
僕もノラと同じメニューを言いつけられているため、ノラと一緒にとりあえず部屋を出る。
たぶん、カナタからすれば、僕らは同じ枠の中なのだろう。
期待してない枠。
地味に傷つくわぁ。
こないだまでは、一緒に頑張ろうとか言ってたのに!
……ただ、まあ、思い返せば、授業中のやらかしの数々。
目も当てられない魔法杖訓練。
自信満々でカナタとかシドにまで「見とけよ」と宣言しては、負け続ける剣術訓練。
……あっれー?
おかしいな?
カナタの方が可哀想な気がしてきたぞ?
いやいや、そんなことはない!
僕だって、それなりに頑張っているのだ!
それはそれとして、あのままあそこにいても話は平行線だし、無駄に対立を煽るだけだ。
出てきたのは正解だったと思う。
カナタにも、冷静になる時間は必要だろう。
「なんなん、ほんま……アイツ、マジないわー」
ノラは部屋を出るなり悪態をつき、カナタから渡された紙の束を廊下の床に叩きつけた。
「対抗戦なんか断ればよかったやん。勝手に受けて、お前頑張れって、アイツ、頭おかしいんか? ウチを巻き込むなし」
それは、まあ。
ノラの言い分も、まったく分からないわけではない。
分からないわけではないのだけど。
「でも、たぶん断れなかったんだと思うよ」
僕がそう言うと、ノラはじろりとこちらを睨んだ。
「なんで?」
「シトロさんだから」
「理由になってへん」
「僕もそう思います」
けれど、シトロさんはそういう人だ。
断ったところで、別の方法で巻き込んでくるだろう。
あの人から逃れる術なんてありゃしない。
思えば、僕はなんで、シトロさんなんかに相談してしまったんだろう。
迷うとなんか、あの人に相談しちゃうんだよなー……。
それはもう仕方ないとして、でもよしんばシトロさんの提案を断われたところで状況は改善しなかったと思う。
なんだか、うやむやになっているけれど、僕らはクラスメイトを救いたかったのだ。
上級生たちからのいじめを放置すれば、結局は誰かが自主退学に追い込まれていただろう。
リノだって……。
それが、全体の責任になった。
見て見ぬふりができなくなった。
それだけのことだ。
「それにしても、一週間ですか」
その短さが、どうにも引っかかっていた。
一週間で上級生に勝てるように鍛える?
普通に考えれば、無理だ。
無理なのに、シトロさんは一週間と言った。
シトロさんの性格を考えれば、こういう無茶振り自体はおかしくない。
おかしくないのだけど。
やっぱり、何か引っかかる。
今回は、特に僕が絡んでいる。
なのに、シトロさんが利益のない無茶振りをするだろうか。
自惚れじゃなくて。
僕が退学になっても、シトロさんに大した旨味はない。
せいぜい、僕が下3層に戻るくらいだ。
僕が下3層に戻ったところで、生活自体は今とほとんど変わらない。
潜行者養成学校に通うか、寺子屋に通うかくらいの差である。
それどころか、シトロさんがルンルンでやっている、僕とテオの担任ごっこ遊びも取り上げられる。
なら、こっちは違うだろう。
となると。
僕らは、一週間あれば上級生に勝てる。
そういうことか?
本当にやるべきことは、強くなることではないのかもしれない。
そんな気がした。
気がしただけで、何をどうすればいいのかは分からない。
僕は、そういうところが本当に駄目である。
「……で、どうすんの?」
ノラが、床に散らばった紙束を見下ろしながら言う。
「どうって?」
「これ。やるん?」
紙には、びっしりと基礎訓練の内容が書き込まれていた。
走り込み。
素振り。
魔法杖の基礎操作。
光刃の安定。
光弾の初歩。
見るだけで、ちょっと嫌になる量だった。
「やらないと、カナタ、怒るでしょうね」
「ええやん。ほっとけば。あんなイケメン性悪金髪王子」
貶してるのか褒めてるのか、どっちだよ。
「でも、やらないと退学になるかもしれません」
「やるわ」
即答だった。
ノラは床に叩きつけた紙束を、ものすごく嫌そうな顔で拾い始めた。
何、この子。
めっちゃ分かりやすいやん。




