ありがた迷惑。シトロさんの提案です
「いやー、ごめんね。ちょっとスズをお借りしてたよん。それにしても、何か面白……じゃなかったねっ! 困ったことになってるみたいだね」
今、面白いって言いかけたよな、この人。
ソニアさんは、シトロさんを見ると姿勢を正し、頭を下げてから、
「先生。私たちは、後輩のために指導をしていただけです」
そう言った。
「うん、うん。聞いてたよん」
シトロさんは、にこにこと笑う。
「でもね、ソニアちゃん。君たちの指導はいらないかなー」
級長とはいえ、即座に当たり前のように彼女の名前が出てくるのが、シトロさんの怖いところである。
級長だから知っているんじゃない。
絶対に。
たぶん、上級生の情報は全部頭に入っているのだ。
この人はそういう人だ。
ソニアさんの眉が、ぴくりと動く。
「いらない、とは?」
「そのままの意味だよ〜。必要な指導は、私たちで足りてるしっ。級長? 寮長だっけ? なんか知らないけど、その程度の人が、身の程もわきまえずに下級生を気にかけてくれるのはありがたいけどぉ……ありがた迷惑っていうの? むしろ邪魔っていうかー。そう! そう! 迷惑! 鬱陶しい! あ! 勝手に鍛錬室へ連れ込んで、追い込むのも、性格悪いから嫌いだなぁ。とにかく全部ウザい?」
シトロさんが、首を傾げる。
何言ってんだ、この人。
「追い込むなどと……そのようなことは」
「うん。うん。そだね。そだね。君たちは、そういう『設定』だもんねっ。それは維持してくれて構わないよ。でも私はぜんっぜん信じないから、その辺は飛ばして良いよっ。聞くの面倒くさいし〜」
シトロさんは、楽しそうに笑っている。
上級生たちは、シトロさんのあまりの物言いに言葉を失っていた。
およそ、教師とは思えない言葉のオンパレードだった。
誰だ。
こんな人を教師にしたのは。
いや、まじでこんなのを担任にしたのは本当に誰だ。
校長、責任取れや。
そんなことは意に介さず。
「じゃあさ、じゃあさ。ここらではっきりさせちゃう?」
と、シトロさんは名案が思い浮かんだと言わんばかりに続けた。
うん、完全に最悪な流れだ。
絶対、ろくでもないことしか思い浮かんでない。
それだけは分かる。
「……はっきり、とは?」
ソニアさんは、戸惑ったように尋ねた。
「今年の一年、特にこのクラスはね。君たちの勝手な指導を必要としてないんだよ。むしろ、君たちより優秀? っていうかぁ……」
この人はマジで何を言ってるのか。
というか、完全に焚き付けに行ってるだろ!
「問題があっても、自己解決できるから、君たちが気にする必要なんてないんだよ? さっきも言ったけど、余計なお世話? 要らないお節介? ストレス発散は他所でやってって話。でも、それじゃあ、君たちの気が収まらないよね? よね? よね?」
ソニアさんは黙っていた。
けれど、その表情は怒りに震えているようだった。
だって、最高にうざいものね、この人。
なのに、抗えないほどの力を持っている。
シトロさんは、にこりと笑った。
「だからねっ。だったら、試してみればいいじゃんって話!」
……嫌な予感がした。
ものすごく、嫌な予感がした。
いや、嫌な予感しか浮かばない。
「五対五の選抜戦をしましょう!」
パチリと手を叩き、素晴らしいことのように言った。
教室が一瞬、静まり返った。
「一年側の人選はこっちで決めちゃうかな? えっと、実技最下位から二人は決定としてぇ」
教室がざわめく。
よりにもよって最下位から二人って、どういうことだ?
上から五人じゃないのかよ!
「それから、リノちゃんだね。当事者だし、コイツらぶっ飛ばしたいでしょ? でしょ? でしょ?」
「えっ」
思わずリノが声を漏らす。
「後はぁ……一般的な実力の子を一人かな? あ、でも、それだと、さすがに上級生の面子が立たないか。それはちょっと可哀想だよね。ま、どうでも良いけど……そだねん……実技首席の子を一人つけちゃう! おまけね! この計五人でやりましょう!」
シトロさんは、上級生たちに向けて手を広げ、嬉しそうに言った。
「期間は一週間。指導役はー」
それから辺りを見渡して、
「カナタくん!」
ビシッと指さして、そう指名する。
「僕……ですか?」
突然の指名に、カナタが驚いたように声を上げた。
シトロさんは、満面の笑みを浮かべた。
「そう。カナタくん! 君、言ってたよね? 上級潜行者を目指す以上、強くなる責任があるって」
カナタは息を呑む。
「だったら、その責任をとろっか」
「それは……」
「君が導いて、上級生やっつけちゃって? 自分で言ったことなんだから、できるよね!」
シトロさんの声は軽い。
鼻歌交じりだ。
カナタは何も言えなかった。
シトロさんは、何か色んな構想があるらしく、対戦場所をどうしようかとルンルンで考えている。
僕は悟った。
もう無理だ。
こうなったら止まらない……。
「上級生側は、二年と三年の混合で良いよ。人選も自由。君たちで選んでっていうか、好きにして」
ソニアさんが目を細める。
「こちらが選んでよろしいのですか?」
「あー……うん」
シトロさんは面倒くさそうに言ってから、ほんの少しだけ首を傾げた。
それから、
「条件、一個だけつけようかな」
と呟く。
「一年に、絶対に勝てると思える人を選んでね」
その言葉に、上級生たちの表情が変わった。
「一年相手に、ですか?」
「そうそう。君たちが、自分たちで選んで、これは絶対に勝てるって思う人」
シトロさんは笑う。
「負けたあとで、言い訳してくるでしょ? そういうの、私、鬱陶しくてヤなんだよねー。だから『絶対』に勝てる人。これが必須条件ね」
ソニアさんの顔が、わずかに強張った。
上級生たちも、黙り込む。
僕は、なんだかとんでもないことになってきたぞ、と思った。
リノはもう何が何だか分からず、泣くことを忘れていた。
スズは僕のそばに来たくて仕方がない顔をしている。
カナタは何かを言いたそうに、唇を引き結んでいる。
シトロさんだけが、心底楽しそうに笑っていた。
「というわけで、よろしくね?」
いや。
よろしくね、じゃないんだよ。
なんでこうなるんだよ。




