リノの様子がなんだか変です。 みんな、薄情すぎます。
それから日を追うごとに、クラスの様子なんだかおかしくなっていた。
放課後、いつものように僕らはシドの下宿に来ていた。
リノはなんだか疲れた様子で。
けれど、それを隠そうとしているように見えた。
よく喋って、笑って。
それから、なんだかぼーっとしたように、メダカに餌をやっている。
四六時中一緒にいるわけではないし、寮に入れば、その先のことは分からない。
慣れない環境に、本当に疲れているだけなのかもしれない。
ただ、なんとなくだが、帰りたがっていないように見えた。
カナタの提案した放課後の自主補習は、人が増えるどころか減っていっていた。
「みんな、志が低いのか、向上心がなさすぎる」
カナタは憤慨していた。
スズやカナタのいないところで、上級生からの嫌がらせが常習化している?
そんな考えが、ふと頭をよぎった。
正直、よく分からない。
けれど、皆、学校に長くいたくない。
そういうふうに見えたのだ。
思い返せば、ミルクホール。
ルオンのところに僕が行った日、僕をつけ回していたのも、上級生たちだったのだろうか?
さて、どうしたものかと思案する。
実態は分からない。
誰も、何も言わないし、僕が直接嫌がらせを見たわけでもない。
というか、衝突を見たのは、あの初日の鍛錬場の一件だけだった。
リノに話を聞くべきか。
いつもなら帰る時間になっても、リノは一向に立ち上がろうとしなかった。
僕が言葉を発しかけたとき。
「帰んねーのか?」
と、シドがぶっきらぼうに聞いた。
いつもなら、
「お前ら、とっとと帰れよ!」
と怒鳴る彼が。
リノはハッとして、シドを見る。
「う、うん。ごめんね。もう帰るね」
そう言って、立ち上がる。
スズは横目でその様子を見て、けれど何も言わなかった。
シドが僕に目配せする。
さすがに、それに気づかないほど馬鹿ではない。
一旦帰ったふりをして、僕らはリノ以外でシドの部屋に戻った。
「話はなんだい?」
カナタが尋ねる。
「リノのことだ」
シドは即答した。
そして、乱雑に頭を掻きむしる。
「お前らも気づいてるだろ?」
僕はうっすらと。
スズは、はっきり分かっている様子だった。
ただ、カナタは首を傾げる。
いや。
カナタが気づいていない……ということは、さすがにないだろう。
「先輩方の最近の“指導”だよ」
と、シドは言った。
稽古をつけてやる。
そう言って鍛錬室に連れて行かれ、暴行まがいの扱いを受けることが多発しているらしい。
鍛錬室の貸し出し申請も出ており、表向きは先輩からの好意である。
「なんだ、そのことか」
こともなげにカナタは言った。
「僕も何度か受けたよ。一対多数になったこともある。多少の行き過ぎはあったが、ありがたい話だ」
ありがたい?
僕は思わずカナタを見る。
「先輩方が能力を底上げしてくれるというなら、むしろ感謝すべきだろう。僕らは上級潜行者を目指す者だ。あの程度の試練は、乗り越えて然るべきだ」
当然のことのように、カナタは続ける。
「そもそも、僕が憤っているのは補習に来ない者たちに対してだ。上級潜行者を目指す以上、強くなる責任がある」
「責任、ね」
シドが低く呟く。
カナタは真面目な顔をしたままだった。
「危険な場所に女性まで立たせねばならない現状は、僕ら男の不甲斐なさだと思っている。だが、目指すと決めた以上、そこに責任は生じる。守られるだけの立場ではいられない」
言っていることは、多分、正しいのだろう。
立派なことを言っている気もする。
でも、なんだろう。
何か、妙に引っかかった。
「お前は勝てたからそう言えんだろ」
シドが言った。
カナタは少しだけ眉を寄せる。
「君も切り抜けているじゃないか。それに、リノはそんなに弱くない。リノなら、やればできるはずだ」
「俺は、ぼこぼこにはされたけどな」
シドは吐き捨てるように言った。
「一人に絞って、二度と俺を狙う気が起きねーくらいやり返しただけだ。そこからは、なるべく絡まれねーように立ち回ってる」
「それができるなら、十分だろう」
「できねーヤツもいるって話をしてんだよ」
シドの言葉に、部屋の空気が少し重くなった。
カナタは黙る。
けれど、まだ納得していない顔だった。
「強くなる機会から逃げていては、いつまでも弱いままだ」
「その前に潰れたらどうすんだよ」
「潰れないために、強くなるんだ」
「だから、その順番が逆なんだよ」
シドは苛立ったように頭を掻いた。
「まさか、シド君。君まであの程度のことで音を上げるつもりか? 軟弱が過ぎるぞ」
シドはひどく微妙な顔をしたあと。
「ま、そうかもしれないな」
そう言って、視線を逸らした。
なんだ?
そんな話、僕は聞いたこともないぞ?
首を傾げる僕に何かを察して、シドが呆れたように言う。
「狂犬引き連れた、不気味なお前に声かけるヤツはいねーよ」
狂犬はともかく、不気味ってどういうことだよ!?
「私のことを言っているなら、それこそ軟弱の極みだ。アゲハ様に相手をしていただく資格などない」
……こいつらは、何の話をしているのか?
つまり、でも。
スズが怖くて手を出せない上級生が、手近な、いじめやすそうな僕のクラスの人間を選んで、指導という名のいじめをやっているってことか?
カナタは勝てる。
シドはやり返せる。
スズはそもそも怖がられている。
僕は……不本意だが、不気味らしい。
だから、そうではない誰かに矛先が向く。
それは、由々しき問題ではないのか?
しかも、リノが標的になっているって、こいつらは分かっているのに、何の手助けもしてやっていないってことかよ?!
薄情すぎるだろ!?
「スズ、その話、詳しく聞かせてくれませんか?」
僕の表情と声色に、スズは少しびっくりしたようだった。
「あの……えっと」
そう呟いてから、スズは事の顛末を説明したのだった。




