金魚の糞?違います、虎の糞です?
「スズ、ここは僕に任せてください」
僕はすっと、スズたちの前に出た。
「アゲハ様……」
スズの殺気が、一瞬おさまる。
僕は先輩たちに向き直り、そして言った。
彼らは分かっていない。
「今日はこのくらいで勘弁してください」
じゃないと、スズをけしかけたと勘ぐられて、僕が副校長先生に呼び出される。
まあ、そのくらいなら良いが、さすがに学生が切り刻まれ、血祭りに上げられたら、ごめんなさいでは済まない。
僕はそして、静かに伝える。
「僕は糞かもしれません」
そこは堪えよう。
僕は大人なのだ。
糞であることは受け入れよう。
けれどだ。
他は違う。
こいつらは根本的に勘違いしている。
「ただ、金魚ではなく、虎の糞であると、それだけは忘れないでください」
そう。
彼らが相手にしているのは、ぷかぷか浮かぶ、ラブリーな金魚ではないのだ。
テオとかと比べると微妙にアレだけど、一般的に見ればスズは確実に猛獣の類なのである。
断じて、金魚などと生易しいものではない。
しかし、そうなると、虎の糞ってなんだ?
なんか、もう、意味違くね?
やっぱり狐にしとくべきだったか。
思い悩む僕とは裏腹に、上級生たちは苦々しい顔をしている。
これ以上やるとなると、飴ちゃんが必要になるかもしれない。
スズを落ち着かせるのはコレに限る。
スズは飴ちゃんが大好きなのである。
僕はポケットの中を弄った。
鞄の中には大袋が入っているが、ぽっけに入れてたっけ?
なかなか見つけられずにゴソゴソやっている僕を、上級生たちが怪訝な顔で見ている。
急かすな。
ポケットの中にゴミがいっぱいで、なかなか見つからないのだ。
まったく、こいつらのためにやっているというのに、分かっているんだろうか?
皆には悪いが、スズが暴れ出したら、僕は飴玉をとりあえずスズの口に放り込んで、即退避するからな!
ごそごそする僕。
沈黙する先輩。
痺れを切らしたのか、先輩たちが時計を見た。
それを口実にするように、
「今日はもう時間だ」
と言って、鍛錬場から立ち去っていく。
使用許可の時間が過ぎたのだろうか?
まあ良い。
先輩たちの身の安全が確保されたことにより、僕は怒られないで済むし、単発式で光刃がふっとんでも笑われる心配がなくなったのだ。
ただ、安心する僕とは裏腹に、振り返れば、同級生たちがお通夜みたいな顔をしていた。
「……アゲハ様。……申し訳ありません」
噛みしめるようにスズが言う。
そして、カナタも頭を下げた。
「すまない。僕も冷静さを欠いていた」
?
何のこっちゃ?
僕はただただ、首を傾げるばかりだった。
***
なんだかその日は、鍛錬をする雰囲気にもならず、そのまま解散の流れとなった。
別れ際、級友たちの何人かが、
「だから特別クラスなんか嫌だったんだ」
的なことを呟いていた。
こうやって絡まれるのは、初めてじゃないのだろうか?
僕はようやく、そんなことを考える。
「……アゲハ君は、先輩たちが怖くないの?」
リノがおずおずと聞いてきた。
怖い?
怖いというのは、情緒不安定な赤い悪魔とか、薬を仕込んでくるマッドサイエンティストとか、僕の呼吸の回数まで知ってるメイドのことを言うのだ。
それに、十三区のときに絡んでくる命知らずと言えば、金将会紅棍のダンマだった。
アイツは何をしでかすか分からん雰囲気があって怖かったが。
まあ、それでも、テオとかに比べれば、それこそ糞みたいな怖さだった。
それに、はっきり言ってしまえば。
僕はスズの方がよほど怖い。
アイツは良くも悪くも、生き物を殺す覚悟がある。
あれを覚悟と言うべきかは微妙だけど。
ただ、そういう本気の殺気というものに慣れてしまっている僕からすると、正直なところ、先輩たちのそれはこけおどしにしか感じられないのだ。
暴れてヤバいのは、断然スズの方だろうし。
とはいえ、リノの気持ちが分からないわけではない。
自分より強い立場からの圧というものが、恐ろしいこともあるだろう。
実際、僕だって相手がテオやシトロさんなら、全力で逃げる。
逃げ切れるかどうかは別として。
「僕はちょっと鈍感なので」
何と返すべきか答えに窮して、僕は曖昧に答えて苦笑いを浮かべた。




