自主鍛錬です、それはそうと、先輩逃げて下さい
カナタが唐突に提案したのは放課後のことだった。
「実力の底上げが必要だと思う」
帰り支度をしていた僕たちは手を止めた。
曰く、このクラスは潜行者養成学校の上級潜行者育成コースのモデルクラスとして選ばれた。
魔導学はシトロさん、魔法杖はアウダルド先生、剣術指南にカザミ先生、蛇の生態学にはセヴァルが。
それ以外の学科も錚々たる顔ぶれなのだと、カナタは熱弁した。
「はっきり言おう、僕らは実力不足だ」
リノの肩がビクリと震えた気がした。
そんなに語気荒く言われたらびっくりするだろうが!
名だたる教授陣に対して実力が伴っていないとカナタは言うのだ。
スズの様子が一変し。
テオが心底興味なさそうに欠伸をする。
「カナタ、貴様、アゲハさまを愚弄するつもりか!」
いや、なんで確定で僕だけやねん。
僕らとカナタは言ってるだろうに。
「スズ、落ち着いて下さい」
今にも噛みつきそうなスズを落ち着けて。
「でも、具体的には何を?」
尋ねる。
「不得意分野の自己補習、得意分野をシェアし、クラス全体での底上げを目指そうと思う」
一人が特化してできるでは意味がない。
このクラスがモデルケースなのだ。
ならば、クラス全体の実力が上がらなければ意味がないというのがカナタの意見だった。
「つまりはアゲハさまからの教えを賜りたいと。
そういうことか、厚かましい考えだが、賢明だ」
スズが尊大に言ってのけた。
「……僕としてはスズさんの力を借りられればありがたいと思ってる」
「なるほど、分を弁えていると言いたいところではあるが、決定権はアゲハさまにある」
なんでやねん。
テオは僕をちらりと見た。
もう行って良いかと言うことだろう。
僕が頷くと、テオはとっとと教室をあとにする。
セルの連携とか色々テオは譲歩してくれてる。
いや、まあ、勝手に入学してきて譲歩も何もあったもんじゃないんだけど。
それに何より、テオが万が一にでも本気で放課後の自主鍛錬に参加しようものなら、死人が出る……程度で、済めばよいが、クラスが壊滅する未来しか見えなかった。
***
そうして始まった、放課後の自己補習。
参加は任意ではある。
カナタとしては全員の参加を促したかったようだが、今日はじめてすぐにみんなとはいかないだろう。
そのことにカナタは憤っている様子だった。
「なんとも志の低いことか」
言うて、シドは下宿の関係でバイトに行かなくちゃ行けないし、他の人にも各々都合や事情はあるだろう。
僕やカナタのように家がフルサポートしてくれる訳ではないのだ。
スズにしたって、一緒に学校に通ってはいるが、一応、僕の護衛という仕事を与えられているのである。
とはいえ、その辺りは流石で、自習室の手配と鍛錬場の貸し出し許可はすでにしてくれていた。
口だけ番長の僕と違うところである。
座学の苦手なもの、実技が苦手なものに分かれてそらぞれの不得意分野、得意分野の補強に挑む。
僕はなんか当たり前のように実技だった。
ぶっちゃけ座学は一般の学科はまあ、そこは中身は大卒のおっさんですし、そこそこできるのだ僕は。
魔導学とかに関しては、全然分からないけど、謎の力で首席だった。
理由は言うなかれ、魔女様の魔力である。
つまり、誤魔化しきれない実技は完全に落ちこぼれているのだ!
……自分でなんだか悲しくなってきた。
鍛錬場につくと、すでに上級生たちが陣取り、自主練習を初めていた。
二年生と三年生あたりか?
四年生からは他層へ行っていたりするらしいから。
みんな、自前の杖を持っている。
魔導師の育成に力を入れ始めたのはここ二、三年の話らしい。
アウダルド先生が着任したことにより本格的に動き出せるようになったのだとか。
ということは、自前の杖をもち鍛錬に励むこの、先輩たちは所謂エリートというやつなのだろう。
ただ、僕らに向ける視線はなんだか嫌なものだった。
「おいおい、借り物の魔法杖で何するつもりだよ?」
「勘弁してくれ」
「それで、特別クラス気取りかよ。恥ずかしくないのか?」
そんな嘲笑の声が聞こえた。
上級生たちが持つのは、双発や連動双発と呼ばれる杖で、それも自前のものだ。
なるほど、たしかに優秀なのだ。
むろん、完全に使いこなせているわけではないだろうけれど。
うむ。
この空気の中で、単発を使うのは非常に気まずいな。
またスッポ抜けたら、笑われてしまうではないか。
「今日は空気が悪い。やめましょう」
即決、即時撤退である。
こういうときに迷いは禁物だ。
空気を察してちゃっちゃと帰ろうとする僕の言葉は、誰も聞いちゃいなかった。
なぜなら、スズが完全に殺気立っていたからである。
誰だ、こいつを氷の猟犬とか呼んだ奴は?
完全に灼熱の狂犬だぞ、おい。
まずい。
このままでは戦争が始まってしまう。
スズはおもむろに杖を取り出す。
あの薙刀タイプのやつ。
場の空気が完全に変わった。
優秀だからこそ分かるのだろう。
その杖が異質だということに。
僕も最近ちょっと聞きかじったから、少しだけ分かるぞ。
三発連動で、うんちゃらかんちゃらで、なんか、補助が特殊なのである!
そして、カナタも立ちはだかる。
こっちは、二発連動?
双発連動?
なんかそんなので、魔導師級なのである。
さすがの上級生たちもたじろいだ。
普通ならハッタリだと思うだろうが、方や学年首席カナタ。
方やジャンク商会所属スズである。
「くっ」
悔しげに唸ると、上級生たちはスズたちの後ろ、つまり僕らに視線を向けてくる。
「一部、優秀なのは認めるがな。金魚の糞どもが、調子に乗るなよ!」
……なんて、酷いことを言うのだ。
せめて、虎の威を借る狐とかにしてほしい。
糞はあんまりだ。
同意を求めようと、リノの方を見る。
リノは青い顔をしていた。
そうだ。
今はそれどころじゃない。
この無謀な先輩たちを止めないと、流血沙汰になる。




