苛立ちと警告。特務治安総監の来訪です
***《ガルム視点》***
その人が潜行者養成学校を訪れたのは、突然のことだった。
ガルムの雇った密偵との連絡が途絶えて、すぐのこと。
濃紺の、ぴっちりとした軍服。
背は小さい。
上層に残してきた自分の娘と、同じくらいではないのだろうか。
けれど、醸し出される気配は、息を呑むほどのものだった。
普通なら、その小柄な姿に侮りなども生まれるだろう。
だが、そんなことを考えることすら及ばぬほどに、その人の姿は、その存在感は、洗練されていた。
ガルムは姿勢を正し、最上位の敬礼によって出迎える。
「閣下。このようなところへ、突然、何故に?」
セツナから連絡を受けたのは、つい先ほどのことだ。
特務治安総監、ミコト大佐がいらしています、と。
ガルムは正直、耳を疑った。
そう、おいそれと謁見が許されるような相手ではないのである。
出された珈琲に手もつけず、ミコトは応接室の窓際に立っていた。
ごくりと、喉が鳴った。
「久しいな、ガルムよ。息災か?」
「おかげさまで。潜行者養成学校への、閣下の格別なご配慮には、感謝の言葉しかございません」
ミコトはガルムに向き直ると、すっと目を細めた。
「本日は、どのようなご用向きで、このようなところにまでわざわざ」
ミコトが来た理由は、だいたい想像がついていた。
テオ・ドールの件だろう。
「この学校に、テオさんと同じ名の生徒がいると聞いてな。見学に来たのだ」
ミコトはそう言って、笑った。
「残念ながら、本人には会えなかったがね」
そして、ガルムを見た。
「……なるほど。『よく似ている』」
それで、押し通すつもりだとでも言うのか。
ガルムは思わず声を荒げる。
「閣下、お言葉ながら……!」
「ならば、口を開くな!」
ガルムの言葉を遮って、ミコトはゆっくりと歩みを進める。
こつ、こつ、と硬質な音だけが、応接室に響いた。
「申し訳ない。少々、苛立っていてね」
ミコトは、穏やかな声で言った。
「私の指導不足ゆえ、周辺が散らかってしまっているのか、このところ、ネズミがよく出るのだよ。駆除に苦心している」
それが何を意味するのか、ガルムは即座に理解した。
密偵は消された。
連絡がつかないのは、それゆえだ。
「ガルム校長。私は君を高く評価している」
ミコトは、ガルムの前で足を止めた。
「故に、失いたくはない」
その言葉だけで、ガルムの背筋に冷たいものが走る。
「体には気をつけたまえ。そして、身の回りは綺麗にしておくことだ。あまり、汚い友人などとは付き合わない方が良い」
そう言って、ミコトはガルムのスーツに手をかけ、乱れを整えた。
「こんなところに、埃がついている」
首のあたりから、糸くずを摘む。
それだけの仕草だった。
けれど、ガルムは動けなかった。
「私は嬉しいのだよ」
ミコトは、糸くずを指先で払う。
「『別人』とはいえ、テオとアゲハ、その名の二人が仲良く学校に通っていることが」
そして、にこりと笑った。
そもそも、この程度の警告に、特務治安総監本人が赴く必要などない。
部下を一人寄越せば済む。
書面一枚でも、人ひとりの首を飛ばせる立場の人間である。
にもかかわらず、ミコト大佐はここにいる。
それだけで、ガルムには十分すぎた。
「ガルム」
ミコトは、最後にもう一度だけ名を呼んだ。
「くれぐれも、彼らをよろしく頼む」
ミコトはそれだけを告げると、応接室をあとにしていったのだった。




