モデルケースです? それより何よりミコトさんです!
あの日以来、テオはわりと真面目に学校に通っている。
もちろん毎日は来ないし、授業も寝てばかりだが、カナタ、リノとのセルの連携がある日などは、きっちりいてくれるようになったのである。
はっきり言って、凄まじく大きな一歩である。
そんなテオの変化とともに、僕らのクラスにも大きな変化が起こっていた。
僕らのクラスは、潜行者養成学校、上級潜行者育成科のモデルケースとなることが決まったのである。
今回のクラスは、僕をはじめ……いや、分かってるよ。
とにかく、極めて優秀な生徒が多いらしい。
考えてみれば、テオとスズがいる時点で異常だし。
そこに学年首席で、潜行者として二年の実務実績があり、ギルドから推薦されたカナタまでいるのだ。
ただ、テオは学校に来ても僕にへばりついて寝てるだけなので、関係ないだろうけど。
それによって、担当する先生たちが一新され、本来ならばあり得ないのだが、主任教授陣だけで育成が行われることになったらしい。
はっきり言って、異常事態だ。
僕は、過保護な魔女の介入を疑わずにはいられなかった。
「私が、そんなことするはずないじゃ〜ん。やるんだったら、アゲハくんだけの特別教室を作って、私が専任で全部教える……?」
藪蛇だった。
良からぬ名案が思いつかれる前に、僕は早々に撤収したのだった。
つまり、本当に、クラスが優秀だからこうなったということだろうか。
僕には、その辺りのことは分からないが。
スズなどは喜んでいたから、それはそれで良いのだろう。
ただ、喜んでいるのは、僕ら一年生と先生たちだけだったらしい。
***
「おい、お前たち」
放課後、スズと並んで下校していると、ふと呼び止められた。
振り返ると、上級生が三人立っていた。
ネクタイは水色。二年生だろうか?
ちなみに一年生は青色である。
なんだろうか?
「僕たちに何か用でしょうか?」
僕が聞こうとするより先に、ずずいと前に出たスズが、
「……トイレなら、あちらです」
と、静かに言った。
上級生たちは少し変な顔をしたあと、青ざめて後ずさった。
?
それから、
「さ、サンキュ」
と、慌てた様子で駆けていった。
先輩のくせにトイレの場所も知らないとか、大丈夫か?
首を傾げる僕の横で、スズが、
「お気になさらず」
と、振り返り、笑みを浮かべる。
僕はますます首を傾げたくなる。
そんな時であった。
遠くから歩いてくる影が見えた。
遠くからでも分かる。
あの小柄な体。
そしてナイスなバディ!
見間違うはずもない。
「ミコトさん!」
僕は駆け寄った。
「ミコトさん、こんにちは! こんなところで珍しいですね。テオたちのところに遊びに来たの?」
「アゲハさん、ご無沙汰しています」
尋ねる僕に、ミコトさんはそう言って、丁寧に頭を下げた。
それから、困ったような顔をして、
「そうしたいのは山々なんですけどね。何かと忙しくて」
と、苦笑いを浮かべた。
追いついてきたスズが、ぺこりと頭を下げる。
いつものスズなら、こういう時は必要以上に大きな声で挨拶する。
ミコトさんは、スズが憧れる英雄の一人だ。
それこそ、王様を前にした騎士みたいに、しっかり挨拶する。
けれど、その時のスズは、ただ黙って頭を下げるだけだった。
ミコトさんは軽く頷くと、スズを一瞬だけ見た。
ほんの一瞬。
けれど、なぜかスズの背筋が、ぴんと伸びた気がした。
そしてすぐに、ミコトさんは僕に視線を戻す。
「アゲハさん、制服がよくお似合いだ。テオさんは、もう帰ってしまったのか?」
「ありがとうございます。テオは今日はまた、おサボりですよ。座学しかないから来なかったの。また叱ってやってください」
「そうなのか。それは困った人だ。ぜひともテオさんの制服姿も見たかったんだがな。まことに、残念だ」
そう言って、ミコトさんは本気でへこんだような顔をする。
いや、こういう冗談まで自然に言えるあたり、やはりミコトさんは常識的で、優しくて、その上ユーモアもあるのだ。
全くもって、素晴らしい。
うちの連中に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいものである。
「内緒ですよ」
そう言いながら、ミコトさんは僕にお小遣いを渡した。
それから、少しだけ間を置いて、スズにも同じように渡す。
スズは、なぜかひどく真剣な顔でそれを受け取っていた。
「あなたも、無駄遣いはしないように」
「……はい」
スズの声は、いつもよりずっと小さかった。
まあ、スズの最終目標である執行隊の一番偉い人なのだから、無理もないか。
ミコトさんは、そんなスズを見て、ほんの少しだけ目を細めた。
それから、すぐにいつもの穏やかな笑みに戻る。
「では、また」
ミコトさんはそれだけ言うと、姿勢正しく去っていった。
スズは終始、緊張した面持ちだった。
それにしても、今日はミコトさんを見られただけでも価値ある一日だった。




