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コイとテオと小さな部屋。 お麩ありますか?

「あ、アゲハ様! 食べました!」


「違うんです。僕はあのちびっこいのにやりたいの。また赤いのが食べちゃった」


「光弾で撃ちましょうか?」


相変わらず、恐ろしいことを言うな!


シドの家の裏手を流れる川には、やたら人慣れした鯉が何匹もいる。


僕はその中でも、ちびっこい鯉に麩をやりたいのだ。


けれど、赤い大きな鯉が毎回横からかっさらっていく。


スズの中では、赤い鯉を排除すれば、僕がちびっこいのに餌をやれる、くらいの話なのだろう。


善意なのは分かる。


分かるのだが。


「無闇に殺生しては駄目です。……あ、お麩がなくなった。シドさん、新しいのあります?」


「……あります? じゃねーよ! なんでお前たちは、俺の部屋に当然のようにいるんだよ!?」


あの日以来、僕たちがシドの家に寄り道するのは日課になっていた。


今日はカナタはいない。


放課後のクラブ活動と、学年委員会があるそうだ。


彼は何かと忙しい。


明日は一緒に来られると言っていた。


「アゲハ様が麩を欲してるんだ! さっさと出せ!」


噛みつきそうな勢いで、スズが怒鳴る。


それだと、僕が鯉と麩を取り合っているようではないか。


「お前、その二重人格どうにかなんねーのかよ……」


ため息をつきつつ、それでもお麩を渡してくれるあたり、本当に聖人みたいな人だな。


そういえば。


「リノ、テオとはうまくやれてる?」


テオは相変わらず、気の向いた時だけ学校を訪れる。


まあ、だいたい昼からで。


今はまだ基礎の基礎ばかりだから良いけれど、セルを組むリノたちにとっては良い迷惑だろう。


もう少しちゃんと学校に来るように言った方が良いだろうか?


意外なことに、というか、まあ、見た目的には違和感がないこともあって。


テオが本物の赤い悪魔だということは、バレていない。


あのデカいキャスケット帽と振袖付きのジャケットはインパクトがあるので、案外、服装が変われば分からないものなのである。


僕も、センリツがメイド服を着ていなければ、センリツだと気づかないかもしれない。


とはいえ、それ以外のものを着ているところは見たことがないが。


センリツはなんか、寝る時もメイド服なんだよなぁ。


「あんまり話はできてないの。でも、こないだの連携訓練とかは、うまく合わせてくれてて、意外にやりやすかったよ」


リノは少し首を傾げる。


「アゲハ君は親しいんだよね? 私たちとは全然話してくれないけど」


僕が正体を隠してくれと言ったせいかな?


もともとお喋りなタイプじゃないけど、ボロが出ないように、あまり会話しないようにしているのかもしれない。


とはいえ、意思疎通できないのは普通に困るだろうし。


テオはテオで、せっかく学校に通うなら楽しんだ方が良いのは間違いない。


今晩にでも、ちょっと話そう。


最近、僕らの帰りが遅いから、なんだか不機嫌だったし。


***


僕たちがシドの家から帰ってきてしばらくすると、シトロさんも学校から戻ってきた。


なんだか、とてもくたびれた様子だった。


いや、くたびれた感を出しているだけだろう。


なんでも、緊急の案件があって、会議続きだったらしい。


でも、僕の目は誤魔化されない。


綺麗に塗られたマニキュア。


つやつやの爪。


絶対この人、会議なんか聞いてなかったろ!


「あー疲れちゃったー。アゲハくん、マッサージして〜。優しくね! 変なとこ触っちゃっても良いよん」


そう言われては、僕とて引き下がれない!


存分に揉みほぐして――


…………。


センリツとスズが、じっと僕を見ていた。


僕は大人しく、真面目にマッサージしたのだった。


***


その晩、僕はテオの庭に来ていた。


鋼鉄製の扉の鍵は、僕とテオしか持っていない。


屋上温室には、特別な結界が張られているらしい。


鳥とか蝶は入れるけれど、害獣や外敵は入れないのだとか。


シトロさん特製らしいが、仕組みはよく分からない。


ここ最近、起きている時、テオはたいていここにいる。


まあ、お風呂に行っているか、庭にいるかの二択なのは、昔から変わらないらないけど。


仙石楼が遠くなって、新しく良いお風呂を見つけないといけないのも理由の一つだろう。


けれど、もう一つ。


肩を落とすテオに、僕は話しかけるべきかどうか戸惑った。


「テオ」


それでも、僕は声をかけた。


泣いていたのだろうか。


少し目元が赤い。


はぁ……嫌だな。


僕は、無茶苦茶している時のテオにはそこそこ強い。


けれど、悲しそうな顔のテオは本当に苦手なのだ。


「地下茎があるって言うしさ。また、来年咲くかもよ?」


僕は言った。


環境が変わって、いくつかの植木は枯れてしまっていた。


テオは一生懸命世話をしていたけれど、駄目だったのだ。


テオは頷くと、僕にぎゅっと抱きついた。


いつの間にか、僕の方が大きくなってしまった。


テオの昔のことはよく知らないし、色々言う人もいるけれど。


僕の知っているテオは、わがままで、意地っ張りで、華奢で、それから、結構弱い。


乱雑なことを誇りのようにしているくせに。


僕はテオの背を、トントンとあやすように叩いた。


「テオ、庭のことは心配だけどさ。もう少し、ちゃんと学校に通ったら?」


「……なんだよ。お前、嫌がってたくせに」


……今日はスネちゃまバージョンかよ。


「そりゃあ……だって、僕だって自立したいもの」


「俺がずっと育ててやるから、別に自立なんてしなくて良いだろ!?」


「嫌だよ! そんなの。それに……」


友達ができた。


まだ、たくさん話せているわけではないけれど。


そういうのを、僕はやっていきたいんだ。


でも、と僕は思う。


「そこにテオがいても良いんだよ」


今日だって、テオも来れば良かったのだ。


きっとシドだって歓迎してくれる。


リノと一緒に、シドの飼っているメダカに餌をやったら、結構会話だって弾むんじゃないだろうか?


テオは睡蓮花も好きで育てているし。


シドにプレゼントするのも良いかもしれない。


なんせ、学校に通うなら、ちゃんと楽しんでほしい。


なんだろう。


それは、僕の意思というより、この体の。


昔のアゲハの意識なのかもしれない。


イケメン、天才ボディをお借りしているのだ。


この体が望むなら、テオのちょっとのわがままくらい、聞いてやるべきなのだろう。


僕は、そんなふうに思った。


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