表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/70

緊急職員会議です。マニキュア乾いたので帰っていいですか?

ガルムは、ずいぶんとくたびれた様子で席についた。


「緊急の招集に応じていただき、感謝する」


手短にそう告げると、何かを話そうとして――


そして、口を閉ざした。


地下で長年蛇どもとやり合い、人間復興の戦いにおいてもその名を馳せた豪胆な男が、言い淀む。


それだけで、この緊急招集がただごとでないことを、そこに出席した誰もが理解した。


いや。


ただ一人を除いて。


やがて、ガルムは重く息を吐いた。


「本日、一年上級潜行者育成科に、極めて特殊な生徒が確認された」


会議室の空気が、わずかに張り詰める。


アウダルドが眉をひそめた。


「特殊な生徒? 魔導適性の問題かね?」


「違う」


ガルムは即座に否定した。


「魔導適性などという、可愛らしい話ではない」


セヴァルの目が細くなる。


カザミは何も言わない。


ただ、その沈黙が深くなった。


シトロだけが、つやつやに磨いた爪を光にかざしている。


「その生徒は、アゲハという名の少年と同じ教室にいる」


その名を出した瞬間、シトロの手がぴたりと止まった。


ほんの一瞬。


だが、その一瞬を見逃す者は、この場にはいなかった。


ガルムは続ける。


「そして、玻璃珠の魔女殿は、その事情をある程度把握している」


アウダルドが、ゆっくりとシトロを見た。


「……また貴女か」


「やだなあ。今回は私だけじゃないよっ」


シトロは笑った。


軽い声だった。


だが、誰も笑わなかった。


ガルムは、会議室にいる者たちを見渡した。


「これより話すことは、この部屋の外へ持ち出すな。記録にも残さない。各自の研究室、私室、部下、生徒にも漏らすことを禁ずる」


「そこまでの案件かね」


アウダルドの声から、苛立ちは消えていた。


代わりに、冷えた警戒があった。


ガルムは頷く。


「そこまでの案件だ」


そして、彼は少しだけ間を置いた。


名を呼ぶことすら躊躇われる。


だが、この場では言わねばならない。


知らぬまま対処できる相手ではない。


「……教室に、テオ・ドールがいる」


その名が落ちた瞬間、会議室の空気が死んだ。


アウダルドの顔から血の気が引く。


セヴァルは目を伏せた。


カザミの指が、机の上でわずかに強張る。


誰も声を発しなかった。



「ほーんと、困ったちゃんなのよねー」


ただ一人、シトロだけが困ったように笑っている。


反応のない教授陣を見渡して。


「えーと……もう、帰っても良いかな?」


魔女がおずおずと手を上げる。


糾弾されることを恐れた、というのなら、まだ救いはあった。


「マニキュア乾いたし、お腹空いちゃった」


へへへ、と笑って。


「ではではー」


そう言って、シトロは部屋をあとにする。


ガルムはその背を見送り、深い、深い溜息を吐いた。


厄介な当事者の一人が、勝手に席を外してくれた。


ある意味、これで話がしやすくなったとも言えるだろう。


「……魔女殿は意に介さずか。まあ、あれも化け物の一つだ」


アウダルドは苦々しげに言った。


「で、ガルム校長。話は分かった。しかし、なぜ事前に気がつかなかった? 入学審査はどうなっていたのかね?」


アウダルドの疑問は当然のものだった。


選考書類。


入学審査。


面談。


本来なら、事前にいくつもの確認があったはずである。


ガルムはセツナに目をやった。


それもまた、頭の痛い問題だった。


見落としていたなら、まだ良い。


「政府推薦枠です。詳細経歴は秘匿。推薦元は……特務治安総監府」


セツナの言葉に、室内の空気がさらに重くなる。


問題は、ジャンク商会だけに留まらない。


政府。


それも、軍部上層。


特務治安総監が絡んでいるのである。


「これに関しては、私の方で状況を確認しておく」


ガルムは低く言った。


「問題は、これだけではないのだ」


そう。


最大の問題は、化け物どもがこぞって口にする、かつての英雄。


そして、その英雄と同じ名を持つ少年だった。


研究者である玻璃珠の魔女が、手厚く見守っている。


テオ・ドールが、当然のように傍らに立っている。


さらに、ジャンク商会秘蔵の氷の猟犬が護衛につく。


アゲハの名を持つ、あの少年である。


かつて、人間復興の戦いにおいて、反乱軍の最高戦力として名を馳せた男。


かの赤い悪魔と双璧を成した、あの英雄アゲハ。


その名を持つ少年。


三英雄。


そして、政府。


彼らはこの学校で、何を作り出そうとしているのか。


ガルムは、その問いを口には出さなかった。


だが、会議室にいる者たちは、皆、同じものを見ていた。


テオ・ドールという災害。


玻璃珠の魔女という規格外。


氷の猟犬という番犬。


そして、その中心にいる一人の少年。


この学校は、知らぬ間に、何かの炉心を抱え込んでしまったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ