杖の高察《こうさつ》? そんなことより鯉が気になります
カラリと、麦茶に入れられた氷が揺れた。
僕は完敗だった。
ぬるくなった麦茶に、カチワリ氷を入れられる男の前では、僕はあまりに無力だった。
「お前、なにへこんでんだよ……」
呆れたように、シドが言う。
完敗だよ、シド。
いや、シドさんと呼ばせてもらおう!!
僕はしばらく、シドとこの部屋に居着こう。
ここは、楽園ではないか!
***
「実は、親睦会っていうのは言い訳で……杖のことを聞きたかったんだ……」
ひとしきり話し終えたあと、リノがそう切り出した。
シドは横目でリノを見ると、
「オレもそれが知りたかったから、部屋を貸したんだった。
すっかり忘れてたぜ」
と言った。
「お前ら、教えろよ」
確かに、リノもシドも潜行者になりたかったわけで、魔法使いや、ましてや魔導師を目指していたわけではない。
杖を使う潜行者は確かにいるが、野良ではもちろん主流ではない。
基本は実弾と補助機構の付いた近接武器だ。
カナタは眉をひそめる。
「杖の構成を教えるのは、自分の手の内を明かすことに等しい。
理解しているのか?」
先ほどまでとは考えられない、厳しい口調だった。
そんなものなのか?
僕にはよく分からない。
たぶん、二人も同じだろう。
和尚様からもらった杖を使って訓練はしているが、正直、それほどの思い入れもない。
聞けば、本来、杖というものは自分に合うものを買うか、オーダーメイドするのが普通なようだった。
この潜行者養成学校では、一年、あるいはもっと長く、学校支給のものを貸してくれる。
けれど、それより何より、自分に合ったものを早く探す必要があるらしい。
そういえば、セヴァルも言っていた。
実習で使うのは、一年時は貸し出しの杖。
だが、二年時以降は自前のものを使うから、なるべく早く自分に合った杖を探せ、と。
でも、急務とか急げとかは言ってなかったぞ?
まあ、でも、上を目指すなら、リノやシドの焦りは分からなくもない。
現役の潜行者が二人もいるのだ。
そりゃ、話を聞きたいだろう。
***
言葉とは裏腹に、まずはカナタが、自分の杖を出した。
双発型。
上等そうなのは目に見えて分かる。
というか、素人目に見ても整備が行き届いている。
「綺麗な杖ですね」
スズが言った。
白い握り。
柄だけのタイプだから、カナタは普通に光刃を使えるのだろう。
物理的な刃がついたものも、杖にはある。
光刃を発現できなかったり、飛ばせなかったりしても、かすかな魔法を使える者は多い。
身体強化術式までとはいかなくても、ちょっとした威力向上や身体補助は、魔動機があればできるのだ。
というか、潜行者が使うのはたいていこのレベルで。
光刃を使う前提な時点で。
一般的な潜行者からしたらかなり上位のはずだ。
カナタは少し考えると、ぐっと麦茶を飲み干した。
「僕がこれの構造を隠すのは、市井の人々のためとは言えないか」
カナタは研修先の潜行者組織で、手の内を明かすことの危うさと、自分の武器の大切さをずっと教えられてきたのだという。
「彼らは連動術式は使えなかったが、経験や能力は高かった。
ここのような施設があれば、もっと高みを目指せただろうに」
残念そうに言った。
カナタは、すでに魔導師級であった。
二基連動を使え、今はその応用を学んでいるらしい。
やっぱりめちゃくちゃ秀才だった。
すげーな。
次はスズだ。
というか、持ち歩いているのか、コイツ。
僕なんか、基本部屋に置きっぱなしだぞ。
デカいし、なんか、花柄の装飾とかついてて恥ずかしいのだ。
スズは、きっちりとしたケースから杖を取り出した。
それは酷く無骨なものだった。
入学を機に弓道でも始めるのかと思っていたが、ずっと背負っていた長細いものは杖だった……。
これも和尚様から貰ったもの。
光刃が出る、薙刀みたいなやつだ。
カナタと、そしてシドが固まった。
「三基連動……しかも、これは補助機構も特殊だ」
カナタが、信じられないという顔で言う。
補助機構って、何やねん。
「薙刀タイプは僕も初めてみる。
槍型からの派生か?
いやでも、これは、独特の機構を持ってる。
スズさんはこれを使いこなしていると?」
使えるから持ってんだろ。
だって、使えないもん持ってきてもしょうがないし。
「それにしても、これほど複雑な魔導回路を組める技師は、もうほとんどいないんじゃないだろうか?」
なんや、魔導回路って。
補助機構とか、魔導回路とか、そんなこと、セヴァル先生も言ってなかったぞ。
スズは、自分の杖を見てただただ驚く二人に、ご満悦だった。
なんか、分かってる感じで二人は話している。
僕には、何のことかさっぱりだ。
完全に置いてけぼりである。
シドも普通に会話についていっている。
こいつ、魔法杖のこと知らなかったんじゃねーのかよ!?
僕みたいに、何か分からんけどフィーリングで話を合わせている感じもしない。
僕はとりあえず、分かっているような顔をしつつ、熱く語り合う三人からそっと距離を取った。
こんなはずではなく、杖の相談に乗ってもらいたかったのであろうリノも、どこか所在なさげにしている。
リノは何度か口を開きかけたが、そのたびに「補助機構」とか「制御回路」とかいう言葉に押し戻されていた。
なので僕たちは、裏の川にいる鯉の数について語り合うことにした。
「三匹までは見えました」
「私は四匹見えました」
「それはたぶん、さっきのやつが一周してきただけでは?」
「鯉って一周するんですか?」
「するんじゃないでしょうか。
川ですし」
何の話だ、これは。
でも、杖の話よりは分かる。
少なくとも補助機構よりは、鯉の方が分かる。




