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麦茶は煮出しにかぎります、センリツの優しさが身にしみました

「嫌な教師でしたね、アゲハさま。

だいたい、アゲハさまを呼び捨てにするなんて、なんて、不敬な」


スズが、几帳面にお好み焼きをひっくり返しながら言った。


僕の呼び方については、昨晩、懇切丁寧に、どう呼ばれても怒らないよう言い含めてある。


それでも、気に入らないらしい。


初日のように、そんなことくらいで殺気立つことはなかったが。


「スズ、もう少し片面をしっかり焼きましょう」


返すのは上手なのだが、早すぎるのだ。


しっかり焼き色をつけて、豚肉をカリカリにしないと美味しくない。


特に重要なのは脂身の部分である。


あそこをカリカリに焼いて脂を出さないと、キャベツの甘みも出ないのだ。


「はい!」


すぐさま、また裏返そうとする。


ストップ!!


今触ると、お好み焼きが崩れる!!!


僕が止めるより先に、スズがやらかした。


ああ……僕のお好み焼きが。


あわあわとするスズは、目に見えて狼狽え、落ち込んでいた。


「ソースをかければ分かりません。

気にしない、気にしない」


心の中でため息をつきながら、僕はそう言った。


スズは涙目で「アゲハさま、すみません」と頭を下げた。


「……んなことは、どうでも良い。

なんで俺たちが、仲良くお前らと飯を食わないといけないんだ!?」


そんな僕らの横に座ったシドが、苛立ったように声を荒げる。


なんでって、親睦を兼ねて、授業のあと皆で集まろうとリノが言い出して。


寮は男子寮と女子寮に分かれているから駄目だということで、近くにあるシドの下宿に行くことになり。


そして、シドの下宿の下にはお好み焼き屋さんがあったのだ。


入らないわけにはいかない。


「まあまあ、そう興奮しないで。

それにしても、こういうのを食べるのは初めてだな」


カナタが、興味深そうにお好み焼きを見る。


下3層には結構いっぱいお好み焼き屋さんがあったけど、上層では珍しいらしい。


「私も、聞いたことはあるけど食べるの初めて!」


リノも、良いところのお嬢さんっぽいしな。


僕はたまに、スズとお寺の帰りとかに寄り道していたけど、下層のお店だとおばちゃんが焼いてくれるから、自分で焼いたこと自体はあまりない。


「だいたい、俺は下宿に来ていいなんて言ってないからな!」


その割には、普通に案内してくれたではないか。


ツンデレなのか?


そうなのか?


「アゲハさま、焼けました!」


ソースとかつお節、青のりがまぶされた、ちょっといびつなお好み焼きが完成していた。


美味しそうではないか。


実に、美味しそうではないか!


***


結局、お腹いっぱいお好み焼きを食べてしまった。


オヤツのつもりだったのに、追加に追加を重ね、十枚以上焼いたのだった。


最後の方になると、スズはもうお好み焼き屋のおばちゃんのようだった。


後半のお好み焼きは神がかっていた。


畳の部屋に座って、窓を開ければ、下には小さな用水路が流れている。


この辺りは、自然区にありがちなオシャレ空間ではなく、昔ながらの町並みで。


なんだか、少し落ち着く。


小さな丸テーブルに、脚付きのテレビ。


それから、小さな箪笥。


漬物壺の中にはメダカが飼われていた。


わざわざ、持ってきたんだろうか?


四畳半の空間には、なんだか懐かしい香りがする。


「いい部屋ですね」


僕は言った。


「狭いだけだ。

まあ、一人には十分だがな」


そう言いながら、シドは冷蔵庫から麦茶を出してくれた。


お茶碗とか、プリンが入っていたであろうガラスコップとか、湯呑みとか。


器の形は様々だけど、人数分。


一口飲めば、麦の良い香りがする。


水出しじゃなくて、煮出しじゃねーか。


なんだ、こいつ、めちゃくちゃ分かってるな!


麦茶は煮出しに限るのだ。


冷たく冷やすなら、なおのこと!


というか、みんなにお茶を出すあたり、口の悪さはともかく、めちゃくちゃ常識人じゃないか。


僕は思わず拝みたくなる衝動にかられた。


「セン姉さまに電話してきます。

お夕飯を食べてしまったことと、遅くなることをお伝えしないと」


スズが、あれほどいがみ合っていたシドに電話の場所を聞き、お礼を言って部屋を出ていく。


「あいつ、あんなまともに喋れんだな」


シドがポツリと言った。


僕周りのことになるとポンコツになるが、スズは実に常識的で、優秀だ。


……いや、むしろ僕の方が常識ない感じなのかな?


センリツに連絡とか、考えてすらいなかった。


そっか。


夕ご飯、作ってくれてるんだ。


今更ながら思い至り、若干の罪悪感に苛まれる。


僕は恵まれすぎて、色々見落としてしまっている。


麦茶は煮出しに限るじゃねー。


センリツが、いつも用意してくれているのだ。


客観的に見れば、スズはめちゃくちゃしっかりしている……。


僕はしきりに反省した。


***


スズがいなくなると、リノが堪えきれない様子で、ずずいと寄ってきた。


「スズちゃんと、アゲハさんってどういう関係なんです?!

なんで、スズちゃんはアゲハさんのこと、様付けなの?」


ふわりと、緩い花の香りがする。


なんだろう、この子、めっちゃ女子やな。


なんかドキドキしてしまう。


ああ……。


この普通の少女感が尊い。


拝みたい。


「スズはお寺で育てられた子で、僕は大檀家のところの息子でして。

それで、スズは様付けで呼んでくれているのです。

でも、そうですね。

幼馴染みたいなものです」


嘘は言っていないというか、ほぼ真実だ。


ジャンク商会はちゃんと空蝉寺にお布施を払っているし。


和尚様は、月のお参りにも来てくれていた。


仏壇はないから、裏の原っぱで、空に向けて。


というか、あれはテオの庭園に向けてお経を読んでいたのだろうか?


「あ、そうなんだ」


リノは少しつまらなそうだった。


「二人とも下3層の子たちなのですね。

嘆かわしい。

スズさんは能力は素晴らしいのに、未だにそんな因習に囚われているのか」


カナタが、静かにそう言った。


因習ってほどのものかね?


大檀家ではなかったけど、檀家のマチダのおっちゃんとか、盆踊りのときとか、出店の手配とか色々してくれていたし。


ありがたい存在だったから、例えば「マチダ様と呼べ」とか言われても、「はいはい、マチダ様ー」くらいは言ってやっただろう。


そんなことを話している間に、スズが帰ってきた。


「アゲハさま!

大変です、今日はハンバーグでした!!」


この世の終わりのような顔で、僕に告げたのだった。


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