腹の探り合い。探る前に終わりました。
「さて、吾輩が諸君らに何を伝えたいのか、だ」
セヴァル先生の説明は明確で分かりやすいのだが、いかんせん、喋り方がくどい。
「諸君らが目指すのは上級潜行者である。『野良の潜行者』とは、理由が違う。理解できるかね?」
生徒たちをゆっくりと見渡し、セヴァル先生は自らの杖を持ち上げる。
いわゆる短刀タイプの杖ではあるのだが、少しだけゴツい。
「これは三発式魔動機構を仕込んだ魔法杖である。
これが意味するところが分かるかね?」
……知らんがな。
杖自慢かよ?
ピシリとスズが手を上げるが、セヴァル先生は一瞥して、鼻を鳴らした。
「そうだな……リノ君、答えてみたまえ」
自分が当てられると思っていなかったのだろう。
リノは慌てて立ち上がると、しどろもどろになって、それから「分かりません」と肩を落とした。
いや、もう一度言おう!
知らんがな!
「察しの良さも、潜行者としての能力の一つである。もう結構だ、座りなさい」
セヴァル先生――いや、セヴァルは、今度はこちらを見た。
おっしゃ、バシッと言ったれや! スズ!!
かましたれ!!
「アゲハ、貴様はどうか?」
……なんで僕やねん。
ちゅうか、なんで僕は呼び捨てやねん。
横にピシリと手を上げているスズがいるだろうにと横を見れば……いなかった。
ちゃんと手を下ろして、行儀よく膝の上に置き、僕が喋るのを待っている人がいた。
スズである。
まるで、楽しみにしていた演劇を見る前の子どものような、キラキラとした目で僕を見ている。
これは……答えをこっそり聞く雰囲気じゃねーな。
僕は、極めてゆっくり立ち上がった。
急いではいけない。
こういうときはゆっくりだ。
よく考えるのだ。
焦りは禁物である。
焦るとろくなことにならない。
一つ一つ確認して、そして、答えを探すのだ。
生前の僕の知識が、こういうときにこそ役立つ。
腹の探り合いである。
答えは、あの手の中にこそあるはず。
まずは見たまま言えば良いのだ。
そして、相手の反応を手がかりに次の言葉を探すのである。
「先生のそれは、三発式魔動機構を仕込んでいる……。三発式を使えるのは、上級魔導師だけです」
まずは杖の形状だ。
短刀型だが、ゴツい。
恐らくだが、地下閉鎖空間で使うことを加味して、ライフル型を無理やり短刀の形にしているのかもしれない。
しかしだ。
魔導師であるコイツに、三発式は使いこなせない。
つまり、コイツには使えない!
そこに答えがあるはずだ!
潜行者で魔導師すら珍しいのに、上級魔導師などいるはずないからな!
僕はセヴァルの出方を待つ。
次の言葉から、答えを導き出すのだ!!
……。
……。
つか、なんか言えよ!
僕はじっとセヴァルを見据えた。
しばしの沈黙のあと。
セヴァルはため息をついて、
「よろしい。座りなさい」
と言った。
……?
座って良いのか?
なんも、答えてないが。
つか、こいつ、呆れて諦めやがったのか!?
今のため息はそういうことか!?
しかし、僕の思いとは裏腹に、セヴァルは納得したように頷いた。
「忌々しいが……」
ボソリと呟く。
いま、忌々しいつったよな?
可愛い生徒にそんなこと言うか!? おい!
「この英雄の名を持つ生徒、アゲハが言ったように、吾輩は上級魔導師である」
教室がざわついた。
さすが、英雄だなー。
そんなこと言ったんだ。
チラリと横を見れば、スズが小さく拍手していた。
僕はなんも言ってねーぞ。
先生の言葉を復唱しただけだ。
というか、まだ、話の途中だし。
……つか、こいつ、上級かよ!?
なんで、そんなヤツが潜行者なんかやってんだよ!
「これが指し示すもの。それはすなわち、諸君らが目指すべきところである」
セヴァルは短刀型の杖をもう一度、軽く掲げた。
「諸君らは卒業までに、最低でも魔導師、或いは上級魔導師になってもらわねばならない」
先ほどと打って変わって、教室は静かになった。
セヴァルの方針というわけではないのだろう。
つまりは、最低でも魔導師になれないと卒業できない。
あるいは、上級潜行者にはなれないということだった。
「不思議そうな顔だな? 魔導師、上級魔導師ほどの力が必要か? そう言いたげだ」
静まり返った教室で、セヴァルは続ける。
「野良が野良として地下へ潜り、死ぬ。
あるいは、運良く戻る。
そんなことはどうでも良い。
吾輩たちが気にかけることですらない」
言い方よ!
言い方が悪すぎる。
校長先生はそっちも問題視して気にかけてたのに。
「だが、諸君らは違う。
野良とは比較にならない。
諸君らは、この学校で上級潜行者として育てられる。
ならば、死ぬことすら許されん」
死ぬことすら許されない。
それは、この男特有の皮肉ではない。
ただの嫌味ではない、妙な実感があった。
「諸君らの未来より、地下の現実が優先される。
ここは、そういう学校である」
教室の空気が、さらに重くなる。
セヴァルは、まるで当然のことを言うように続けた。
「旧政府時代には、蛇狩りには魔導師、あるいは上級魔導師が政府より派遣されていた。
ニーズヘッグ討伐とは本来、それほどの者があたるべき任なのである。
有事には、神聖騎士団が動いた。
あれは神の血を受けた、完成された戦士の一団であった。
諸君らの想像する潜行者とは、そもそも格が違うのだ」
神聖騎士団。
聞き覚えのない言葉だったが、周囲の何人かは息を呑んでいた。
有名なんだろうか?
「人間復興の戦いにより、多くの上級魔導師が失われた。
我らを助ける神の騎士も、もはや存在しない」
セヴァルは、そこで口の端をわずかに歪めた。
「人は人の力をもって、蛇どもを殺さねばならぬ」
何人かの生徒が、不安そうに顔を見合わせる。
「諸君らがその穴を埋めるよりほかないのである」
セヴァルは、杖の先を教卓へ軽く打ちつけた。
乾いた音が教室に響く。
「奴らは人を苗床にする。
倒された者、捕らえられた者、半端に力を持った愚か者どもだ。
それらを巣に連れ帰り、子種を仕込み、新たな蛇を生み出すのだ。
恐ろしいか?
恐ろしかろう?
お前たちの死は悲惨なものになるだろう。
ただで死ねるなどと考えるな。
奴らは狡猾で、残虐で、享楽的である。
そして、慈悲の心など持たない」
息を呑む音が聞こえた。
どういうことだ?
蛇って寄生虫みたいに増えるのか?
そういえば、カナタも言ってたな。
人間を苗床にするとか。
「生半可な力で深く潜れば、死ぬだけでは済まん。
諸君らの体が、次の災厄を産むのだ。
諸君らの未熟が、より強い蛇を作り出すのだ」
セヴァルは、教室を見渡した。
「地下へ、深部に潜るというならば。
魔導師、上級魔導師以前に……。
強者であれ。
狡猾であれ。
賢くあれ。
高みに尻込みする者は即刻立ち去れ。
少なくとも、死をもって災厄を生み出さぬだけの力がなければ、地下に降りることはこの潜行者養成学校が許さぬ」
誰も喋らなかった。
「吾輩が諸君らに伝えたかったのは、それだけである」
それだけ、と言うには重すぎる。
けれど、たぶん。
本当に、それだけなのだ。
上級潜行者になるというのは、蛇を狩る者になるということ。
蛇に狩られてはいけない者になるということだった。
「今一度、言おう。
諸君らは卒業までに、魔導師、或いは上級魔導師になってもらう。
それが、上級潜行者、ニーズヘッグを狩る者の最低条件である。
ゆめゆめ忘れるなかれ」
セヴァルの言葉が、静かな教室に重く響いた。




