一日で、ちょっと大人になりました。なるかよ!
僕はテオの手を取ると、教室の外へ連れ出した。
「テオ!
とにかく、こっち来て!」
早急に。
早急に。
とにかく、なるはやで話し合わねばならぬ。
一番大事なのは、この赤い凶器をどうするかだ!
今日は集会とホームルーム、それから学校説明だけなので、すでに下校した生徒も多い。
廊下に人影はまばらだった。
僕はテオを廊下の隅へ引っ張っていく。
そして、その頬へそっと手を伸ばし。
ぺちぺちと叩いた。
やりたくはない。
なんか、よう分からん地雷踏むとコエーんだ、この人。
だが、今は致し方ない。
「テオ、お願い!」
僕は真剣な顔で訴える。
いつもの、微妙に愛嬌のある、人懐っこそうな庶民派フェイスではない。
おじいちゃんとかおばあちゃんに、
親に内緒でちょっと高いオモチャをねだる時の顔だ。
大っぴらには言えない。
でも、じっちゃんばっちゃんには甘えちゃう――そんな感じの顔である。
「僕は普通の学生生活がしたいんだ。
だから、そっとしておいてほしいというか……テオには英雄ってこと隠して、普通にしておいてほしいんだ。
ね、お願い!!」
僕の言葉に、テオは少し複雑そうな顔をした。
それから、大きな瞳をぐるりと回し、ゆっくりこちらを見る。
「……オレも、一緒にアゲハと学校楽しんで良いのか?
それは……怒らない?」
少ししゅんとした、その顔。
『――げっ』
危うく変な声が漏れそうになった。
今日はそっちバージョン!?
そう来たか!?
そう来るのか!?
ここで嫌だなんて言ったら、絶対に不機嫌になる。
……だけなら、まだ良い。
こういう時のテオ、めっちゃ悲しそうな顔するんだよなぁ。
それはそれで、なんか、うん。
僕のピュアハートがズキズキするというか。
かと言って、このまま好き勝手されて滅茶苦茶にされるのもヤバい。
たぶん、取り返しがつかなくなる。
僕は内心でため息をつきつつ。
「当たり前じゃないか」
言った。
言ってしまった。
「テオだって学生として。
うん、僕とやり直そう。
普通に生きるって、きっととっても素敵だから!」
すんげー微妙な言い回しになったが、なんとか伝わるか?
テオのコントロールはかなり厳しいが、やり方は……まあ、後で考えればいい。
赤い悪魔に付きまとわれている――なんて噂が広まれば。
僕の学園生活は、バラ色どころか血みどろ一直線だ。
とりあえず、テオを大人しくさせる。
それから素性を隠す!
後はもう、流れに身を任せるしかないだろう!!
***
「そんなことより」
テオがぐっと僕を自分の方へ引き寄せる。
「一日ぶりのアゲハだ」
テオはなんだか感慨深そうに言った。
「ちょっと大人になったか?」
一日で大人になるわけあるか。
大体、そんなことよりじゃないんだ。
超重要事項だと理解しているのだろうか?
さっきまで、ちょっとシュンとしてたくせに!
……しかし、なんだ。
刷り込みというやつだろうか?
ちょっとだけ、テオの匂いに安心している僕がいる。
今日は千石楼のきつい香の匂いがしない。
「テオ、分かってる?
僕は普通の学生生活がしたいんだ」
「じゃあ、なんでこんな学校選んだんだ?」
……ごもっともですね。はい。
選んだんじゃないんだよ。
流れだったんだ。
そういう流れで、気づけば僕はここにいたんだ。
ぶっちゃけ、潜行者の靴下のほつれを直す仕事とかでも良かったんだけどなぁ……。
サポートって大事じゃん?
僕はそういう、人の足元を支えるような、ささやかに人の役に立つような。
そんな仕事がしたかったのだ、それで構わなかったのだ。
なのに、気づけば『上級』潜行者を養成するガチな学校にいる。
……僕にもよく分からない。
「分かったから」
テオは小さく笑った。
「お前の言う通りにする。
だから――ちょっとだけ、な?」
そう言って、テオはいつものように僕へぎゅっとくっついてきた。
***
「アゲハ成分吸収したから、俺はもう行くぜ」
そう言って、テオは去っていった。
あの言動の割に、こういうところは妙にあっさりしているというか。
……なんだ、逆に淋しい僕がいる?
――って、そんなわけあるかい!
この時の僕は、まだ知らなかった。
たった一日で、僕の立場を根底から揺るがすような。
破滅的な噂が、学校中を駆け巡ることになろうとは。




