それは、玻璃珠の魔女という劇薬
******《ガルム視点》******
タバコの煙を燻らせながら、ガルムは書類束を持ち上げた。
今年の入学者名簿だ。
今年は特に粒揃いだと聞いている。
特に最近になって妙な動きを始めた、最下層の英雄たち――その秘蔵っ子が入学してくるのだとか。
それに伴ってか、戦後、政府に一切協力してこなかった玻璃珠の魔女が、教師として協力したいと打診してきた。
これは警戒すべきことか。
それとも、歓迎すべきことか。
件の女は、上層でも古い血筋。
かつて世界を支配していた『巨頭』にも連なる家系だ。
そのうえ、あの英雄アゲハの家庭教師であり、彼を反政府軍へ引き合わせた人物でもある。
キツネかタヌキか。
いずれにせよ、一筋縄でいく女ではない。
その思惑がどこにあるのか――。
思索に沈んでいると、ノックと共に一人の女性が入室してくる。
きっちりと一つにまとめられた髪。
隙のない、ぴっちりとしたスーツ。
眼鏡の奥の目は切れ長で鋭い。
その下にある泣き黒子だけは愛嬌があったが――
「校長。
校内での喫煙はお控えくださいと、何度も申し上げたはずですが?」
こうも可愛げがなければ、寄ってくる男も逃げていくだろう。
「まあ、そう煩いことを言うな、セツナ」
そう答えながらも、ガルムは素直にタバコを灰皿へ押し付けた。
潜行者養成学校副校長――もとい、実務責任者であるセツナは、小さくため息を吐く。
そしてすぐに姿勢を正し、新たな書類束をガルムの前へ置いた。
「寮の新設を『する』との書類です」
妙な言い回しだ。
そう思いながら受け取れば。
それはシトロから送られてきたものだった。
なるほど。
新設寮の嘆願書でもなければ、計画書でもない。
文字通り、“寮を新設するので、必要な許可と承認を通しておいてくれ”という類いの書類だった。
「このような勝手を許してよろしいのですか?」
セツナの懸念はもっともだった。
しかし、シトロという存在を無碍にはできない。
それ以上に――無碍にするには、あまりにも惜しい。
「蛇だって毒を持つ。俺たちにも毒は必要だ」
シトロの経験。
知識。
技術。
それは、何ものにも代えがたい。
これを得られる機会を、むざむざ見過ごすことなど、ガルムには出来なかった。
「十年以上も前の英雄です。
もう、時代は変わりました」
「そうだな」
ガルムは立ち上がる。
かの戦争を知らぬ連中が、上に立ち始めている。
数年前の、あのニーズヘッグ討伐劇の茶番が良い証拠だ。
愚か者どもは、英雄を上手く使えると勘違いし。
さらに愚かな連中は、あまりの力にフェイク映像だと見誤った。
あの放送は、あとになって散々な書かれようだった。
政府のプロパガンダだ。
作り物だ。
特撮だ。
好き勝手に叩かれ、笑われた。
「時代は変わった。
今の軟弱な連中には、『多少』の薬が必要なのさ」
量を間違えれば、薬もまた毒となる。
さて――。
シトロという毒を、どこまで制御できるか。
それが問題だった。
決して、侮れる相手ではないのだから。




