神を見た、たぶん勘違いです
***《スズ視点》***
遠い目をしておられた。
スズはベッドに横になりながら、その姿を思い出していた。
ジャンク商会では大部屋暮らしだったが、それでも十分すぎるほど良い暮らしをさせてもらっていた。
そして今度は、こんな立派な自室まで与えられている。
スズはジャンク商会に足を向けて眠ることなど出来ないと、心から思う。
スズは旧政府の研究所育ちだった。
神の戦車計画の生き残り。
人間復興の戦いの折、人造天使の精神的な危うさが問題となった。
鉄の自制心によって欲望を抑え込んでいた神聖騎士団とは違い、急造された人造天使たちは、自らの欲望の赴くままに進化し、その人格は明確に破綻していたのだ。
そこで立ち上がったのが、普通の人間に外付けの人造天使を取り付けることで、兵士化する計画だった。
身寄りのない子供たちが集められ、教育が施された。
だが、当初の思想とは別に、半生体外骨格との精神リンク、同調は困難を極めた。
多くの輩たちが使い潰され、命を落としていった。
それもまた、選ばれた人間にしか扱えなかったのである。
神の戦車計画を先導していたのは、人造天使のなりそこないである研究者だった。
スズは今にして思う。
あの研究者は、確かに天使の力を得ていたのではないかと。
それほどまでに、彼は計画へ異常な執着を見せていたのだ。
戦争終結から十年以上経っても、研究を続けるほどに。
シトロが助けに来た時には、そこは小さな骸だらけであったという。
当時の記憶は……スズにはほとんどない。
助け出された外の世界は、教えられていたものと何もかも違っていた。
自分たちだけが、戦争を続けていたのだ。
当時まだ五歳だったが、聡いスズはすぐに悟った。
旧政府の亡霊だと悟られてはならない。
証を立てねばならない。
強くなり、商会長やお姉様方のお役に立ち。
自分が新政府側なのだと。
役立つ人間なのだと。
その確かな証を示さねばならない、と。
――でなければ、廃棄される。
それからのスズは、ただただ必死だった。
そんな中で現れた救世主こそが、アゲハなのだ。
最初は敵視し、疑い、失礼な態度を取り続けた。
けれど、彼はスズを怒るどころか。
慈しみ、許し、そして見守ってくれた。
のみならず、自らの命すら差し出してスズの命を救い。
あろうことか、愚かにも、その助けられた命を捨てようとしたスズさえも、彼は許したのである。
「……あの人は、英雄などではない。神だ」
人造天使が存在するならば、神だっているはずだ。
英雄が天使ならば、アゲハはその上。
神に違いない。
スズはベッドから起き上がり、床に跪いた。
手を合わせる先は、アゲハの部屋がある方角だった。
捕鯨船の中で、彼は街の光を見て震えていた。
あれこそ、自分たちが守った光なのだと。
……否。
彼はそんなことは言わないのだ、思いすらしないのだ。
英雄『たち』が守った街だと、そう言うのだ。
まるで自分は外側の人間であるかのように。
まるで、自分は何も関わっていないかのように。
記憶を失っていると言っていた。
ならば尚のこと、自らの偉業を遠ざけようなどと考えるはずがない。
自己保身もあるだろう。
認められる必要もあるだろう。
自分の居場所を作ることだってしなければならないはずだ。
それに何より。
記憶を。
過去を。
大切なものを。
その全てを失ってなお、守り抜いた光なのだから。
そこに執着だって、思い入れだってあるはずだ。
なのに彼は、自分のことは何一つ言わず。
英雄たちを、仲間を称えた。
それは三英雄たちだけを指したのでは勿論ない。
彼とともに戦った皆を、死んでいった、或いは生き抜いた仲間、その人たちすべてが英雄だったとそういうのだ。
そして、アゲハは最後には守った、ただ、守られていただけの人々の強さを称えた。
失い苦しみ、傷つき……そんな自らの偉業などひと言も口にせず、ただ守られた人のその偉業を称えたのだ……。
スズは自らの手を見つめた。
捕鯨船の中でギュッ握ってくれていたアゲハの手を。
なんて尊い。
なんて清廉なのだろう。
「アゲハさま、アゲハさま、アゲハさま……!!」
どうか。
どうかスズに、この身を捧げさせて下さいませ。
恐れ多いのは分かっている。
けれど、スズは胸の高鳴りを抑えられなかった。
いつも、何でもないように笑いかけてくれるアゲハの横顔が、頭から離れない。
アゲハは、スズを見かけると、よく食べ物をくれた。
ここへ来る前も、沢山のコロッケをくれた。
自分の分がなくなるのも構わずに。
最後には、センリツの分だけはちゃんと残しておく、その優しさも忘れずに。
「ああ……!」
体が熱い。
自分はアゲハから餌を与えられる獣にほかならない。
ならばこそ。
アゲハの下僕として、彼に全てを捧げねばならないのだ。
明日からも、しっかりとアゲハに悪い虫がつかないように。
番犬である自分が、お守りせねば。
スズは強く、強く誓ったのだった。




