灯の光、人は強い……です
階層を二つも抜け、更に上層へ向かう。
とはいえ、真上へ一直線に昇っていくわけではない。
ジグザグに。
そう、まるで巨大なエスカレーターみたいに、区画を経由しながら少しずつ上がっていくのだ。
そのため、到着にはかなりの時間を要した。
途中見えたのは、下2層工業地区。
下3層とは違う、無機質で巨大な煙突群。
蒸気を吐き出す工場群。
巨大な搬送用レール。
さらに上へ進み、下1層へ到着する頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
窓の外には、まるで眼下に星空が広がるような綺羅びやかな街並みが見える。
欲望と金の渦巻く街、商業特区。
ユグドラシル有数の財閥の本拠地があり、流行は全てここから始まると言われている。
下三層から行くのはなかなか難しかったが、中層からなら、もしかしたら行けるかもしれない。
あそこには、ぜひ行きたい!
僕は近所の書店で読んだのだ。
なんか、とんでもなくデカい色街があると!!
確かに僕は、清楚な女の子が好きである。
しかし!
しかしだ!
夜のおねーさんも、当然捨て置けるわけではない!!
酸いも甘いも噛み分け、人生に含蓄を持った夜の蝶。
まさに、僕がひらひらと舞い遊ぶにふさわしい相手ではないか!
ないか!!
――ふと、横から視線を感じた。
やべ。
夢が膨らみすぎてテンションが上がったせいで、スズにガン見されとる。
「も、もうすぐだね、スズ。
中層の学園地区ってどんなとこかなー。
ワクワクするなー」
大丈夫。
誤魔化せてる、誤魔化せてるよー。
良い感じだ、アゲハ!
……いや、誤魔化せてないか?
なんか怪訝な顔で見られてる気がする。
なんか……なんか、それっぽいことを。
「……ごめん、少し興奮しちゃったんだ。
あんなにボロボロだった街が、英雄たちが守った街が、あんなに綺麗に輝いてると思うと……」
とりあえず、色街にテンション上がったのを、復興に感極まったって方向で誤魔化して……。
まだ、甘いな。
もう一押しくらいしとくか。
ちょっと憂いを帯びたような、それでいて噛み締めるように。
「……人は強いね」
よーし、よし!
……よし!!
あとはもう、スズに視線を戻すのはやめよう。
目を合わせてはダメだ、バレる。
窓際で口を開け、ヨダレを垂らして寝ているセンリツの顔に集中を……は、なんか微妙だな。
うん。
大きなお胸の方を見ておこう。
見慣れたって、見飽きるものでもないし。
なんせ、寝てる時は無害だ。
「はい……」
スズの声が背後で響く。
僕は振り返ることなく、そのまま気がつけば眠りに落ちていた。
***
気がつけば、もう発着場が間近に迫っていた。
センリツは相変わらずヨダレを垂らして眠っている。
横を見れば、スズも僕に寄りかかるようにして眠っていた。
まさに両手に花である。
この花が凶器でなければ、僕とて大喜びで歓迎したのだが。
眠たげなセンリツを引っ張り起こし、スズを伴って外へ出る。
十三区は、はっきり言って少し臭った。
潜行者向けの飲み屋街とかがひしめいていたし、停滞した臭いというか、こもったような空気があったのだ。
けれど、ここは違う。
吹き抜ける風が気持ち良い。
発着場は海に面していた。
遠くに見えるのはホタルイカだろうか?海が輝く。
イカ釣り漁船が、いくつも光を放っている。
発着場の灯りに照らされて、海に沈んだ建物が少しだけ見えた。
僕らが目指す、中層自然区・第04学園特区は、ここから更に一輪機関車へ乗り継いで向かうことになる。
この発着場が第01区なので、四駅先になるはずだ。
「一輪機関車乗り場はあちらになります。
さあさあ、お急ぎ下さい」
センリツがぐうぐう寝ていたせいで降りるのが遅れたというのに、勝手なものである。
大きな車輪を連ね、ぶら下がるように走る一輪機関車。
自然区の上空を走行するそれは、高圧蒸気機関で駆動しており、外へ排出されるのは水だけだという。
あまり馬力が出ないため、小さな箱体しか動かせないし、それほど速度も出ない。
この自然区独特の乗り物らしく、観光ガイドにもよく載っていて、これ目当てで訪れる人もいるらしい。
第01区を過ぎると、一輪機関車は地下へと降りていく。
地下は、まだこの時間だと明るい。
全天候型グラスドームと呼ばれるもので、昼間は中層の日光をそのまま取り込み、夜は時間まで人工灯が灯されているのだ。
第02地区へ入ると、一気に地表が深くなる。
階層式居住建築……だったか、そんな感じの名前だった気がする。
だいたいは『キャニオン』なんて呼ばれている。
要するに、地下に巨大な谷があり、その岩壁に歩道や住居区画なんかが作られているのだ。
第02地区までは、まさに谷間の街という様相だった。
けれど、そこを越えると、一気に緑が増えていく。
夜で明かりが少ないせいか、一見すると、緑に飲まれた街にも見えた。
やがて、一輪機関車は学園特区駅へ到着する。
駅前には、緑豊かなロータリーが広がっていた。
天井からは、円形の噴水――いや、滝のように水が流れ落ち、そのまま地下へ吸い込まれていく。
うわぁ……。
湿気とか大丈夫なのか?
自然と緑は好きだが、虫とカビは嫌だぞ、僕は……。
そんな風に、ほんの少しだけ不穏なものを感じ取る僕の横で。
「うわぁ!」
と、スズが感動したように声を上げた。
キラキラした目で、僕を振り返る。
「素敵なところですね! アゲハさま!!」
僕は少しだけ、ぎこちなく頷いた。




