クジラ? 違います、糸巻きエイです
下三層03区にある捕鯨船乗り場に、僕らは来ていた。
ちなみに行政直下の区間は03や12などの数字でそれ以外は漢字表記に分かれている。
僕らが暮らしていた街は十三区と呼ばれる。
もちろん、ここにきたのは鯨漁師になるためではない。
捕鯨船とは、前の世界にあったそれとは違う。
捕まえた鯨を船として利用する乗り物だ。
ユグドラシルの鯨は空を飛ぶ。
そこにコンテナを結いつけ、いわゆる飛行船のようにして運用するのである。
魚と違って頑丈で賢いため、輸送にはもってこいなのだとか。
もっとも、大量輸送用や軍用の巨大空鯨とは違い、僕らが乗るのは“鯨”とは名ばかりの糸巻きエイだった。
「緊張しますね、アゲハさま」
遠出は僕もスズも初めてだ。
……いや、スズは商会の人に連れられて遠征くらいは行っていただろうか?
「せっかくクジラに乗れると思ったのに、糸巻きエイなのは少しがっかりだね」
「これ、糸巻きエイというのですか。
さすがアゲハさま、博識です。
私は、このように大きな生き物で空を飛ぶのは初めてで……正直、不安です」
スズよりはだいぶ慣れているけれど。
ゆっくり旅行なんてほとんど行けなかったから、生前の僕も飛行機にはそこまで乗ったことがない。
というか、まあ。
クジラやエイに乗るのとはわけが違うから、その経験が関係あるのかどうかは謎だけど。大型の空鯨の横を抜ける時は僕だって少しばかり緊張した。
「飛ぶ時、ちょっと揺れますので、気をつけるですよ、アゲハ様」
隣に座ったセンリツがそう注意してくる。
さすがセンリツ。
こういう乗り物には慣れているのか、一つも動じ――。
……足が小刻みに。
いや、大刻みに震えている。
「セン……リツ?」
「センは、こういう仕様なのでございます」
いや、そんな落ち着かない仕様、嫌だ。
じっとり見つめる僕の視線に、センリツは観念したように口を開いた。
「センは飛ぶようには出来ておりませんので」
正直だった。
まあ、人間……ではないかもしれないけど、苦手なことの一つや二つあるよね。
むしろ、その方が安心する。
僕はセンリツの手をぎゅっと握った。
それはそうと。
僕が旅立つとなれば、ジャンク商会はもっと大騒ぎになると思っていた。
けれど、旅立ちは驚くほど穏やかだった。
この数年で、僕が飛躍的に躍進的に、それはもう素晴らしい成長を遂げたのと同じように。
彼女たちも、ほんのちょっぴり少しだけ成長したのかもしれない。
シトロさんは昨晩、挨拶をしたきり、結局今朝は姿を見せなかったし。
テオに至っては、見送りには来てくれたものの、
「またな」
と、ひどくあっさりしたものだった。
みんなが「付いていく」と言い出したら、それこそ地獄だ、そうでなくて良かった。
でも、それはそれで。
少し寂しく感じている僕がいた。
結局、僕の身の回りの世話役兼保護者として、センリツが同行することになった。
三人の中ではまだ比較的まともなセンリツが付いてきてくれるというのは、妥当なのかもしれない。
……とはいえ。
僕らは寮に入るのだ。
センリツと会う機会も、かなり減るだろう。
グラリ、と船体が揺れた。
アナウンスが流れる。
もうすぐ、捕鯨船は飛び立つらしい。
僕は少し迷ってから、スズの手を握った。
じっとり濡れた手のひらを気にしながらも、スズはぎこちなく笑う。
窓のそとでは徐々に下三層の街並みが小さくなっていく。
新しい生活の幕開けである。




