十二歳の旅立ち、さようなら、たぶん帰ってきます
「おばちゃん、ありがとうございます。
お世話になりました」
僕が丁寧に頭を下げると、お肉屋さんのおばちゃんが涙ぐみながら、僕にコロッケを三つくれた。
「いえ、こんなには頂けません。
お気持ちだけで十分です。
……いえ、本当に」
そして、僕はふと思い出したようにつぶやく。
「あ、そういえば、ここのコロッケはセンリツも好きだった。
半分こしよう」
——かくして。
おばちゃんは、僕に両手いっぱいのコロッケを押しつけたのであった。
やべぇ、やりすぎた。
僕は和尚様の教えを守り、清く正しく生きている。
清く正しく生きている方が、得することが多いなど、思いもよらなかった。
あれから何度目ともなく季節が巡り。
僕は立派な成長を遂げた。
早いもので、もう十二歳だ。
心身ともに、それはもう健やかに、美しく育った。
つーか、イケメンって生まれながらにイケメンで、そのままイケメンとして成長していくのな。
今は僕の身体だから良いが、世の中は理不尽すぎないか?
生前の僕なんか、いくら努力しようが中の下……いや、中の上?
……まあ、記憶が曖昧だが、努力家の僕のことだ。
上の下くらいまでは行っただろうか。
それが限界だった。
ふと傍らを見ると、不細工なまん丸猫が横を歩いている。
僕が寺に通い始めた頃から変わらぬ不細工さのままで。
……世の中は理不尽だ。
しかし、こいつはどこで見ているんだか、僕が食べ物を貰うとすぐ現れる。
僕は、まんじゅう丸にコロッケを一つやった。
食い物を恵んだ時だけ、こいつは殊勝にも僕に懐いたふりをして、
『な゛ぁ〜ご』
と鳴いてみせる。
その姿は極めて可愛くないのだが、なんだかクセになって、つい餌を与えてしまうのだ。
僕がまんじゅう丸にコロッケを上げながら家路についていると、
「アゲハさま! アゲハさま!!」
と、呼ばれた。
ブンブンと手を振っているのはスズだ。
どうやら走り込みに行っていたらしい。
朝からテオの地獄のシゴキを受けたというのによくやる。
確実に助けられる自信があるからだろう。
テオは、僕らが死を覚悟するような鍛錬を平気でぶつけてくる。
その上、その後は自分の行いを反省しているのか分からないが、ひたすら僕を抱き続ける。
その間、僕は完全にテオの抱っこ人形だ。
当の本人は満足したら、さっさと仙石楼へ出かけるのだからたまらない。
「スズか。
君にもコロッケを一つあげましょう」
僕はスズにも、ほかほかのコロッケを渡した。
「あ、ありがとうございます!」
スズは大げさなくらい深く頭を下げる。
最初に会った頃の狂犬ぶりが嘘のように、スズは僕によく懐いていた。
いや、ほんとうに“懐く”という表現がしっくりくるほど、まるで大型犬である。
あの三人がどんな洗脳を施したのかは分からないが、僕は用心深い男だ。
懐かれているからといって、油断はしない。
いや、懐かれているからこそ、気を付けねばならない。
こうして、余念なく餌付けしておくのだ。
一飯君恩だと、和尚様も言っていた。
飯の恩は生涯の恩なのである。
「でも、良いのですか?
これは、アゲハさまが買われたものでは?」
「心配には及びません。
センリツのおつかいで、さっきそこのお肉屋さんから貰いました。
いっぱいあるから、たんとお食べ」
——そして、僕に恩を尽くせ!
スズは最初こそ戸惑っていたが、やがてパクパクとコロッケを食べ始めた。
本当にパクパクと。
育ち盛りだし、運動後だ。
仕方がない。
僕は調子に乗って、さらにスズへコロッケを渡す。
まんじゅう丸もコロッケを欲しがる。
僕はコロッケをやる。
あの、ちょっと腹立つ鳴き声が聞こえる。
そして、僕はまたコロッケをやる。
気がつけば、残り一つになっていた。
……。
……マジでセンリツと半分こではないか!
僕のコロッケを返せよ!
***
「もう、来週ですね」
僕の横を歩くスズが言った。
まんじゅう丸は、最後の一個が貰えないと察すると、心底興味を失った様子でどこかへ去っていった。
スズが言っているのは、潜行者養成学校への入学のことだ。
秩序執行隊などになれる兵学校や士官学校への入学も検討したのだが、そこはやめておいた。
確定で秩序執行隊行きが決まってしまうからだ。
まずは潜行者養成学校で茶を濁し、その間に天元とかいう、あの辺のテロリストも片付いているだろう。
適当なところで執行隊行きは有耶無耶にしてしまおうという算段である。
それに、潜行者養成学校では剣術や魔術だけではなく、生活に役立つ様々な知識も学べる。
潜行者のみならず、それを支える医療従事者やサポーターの育成も行っているからだ。
あわよくば、そちらのコースへ編入しよう。
僕は密かにそう決めていた。
それに何より、潜行者養成学校の宿舎は中層自然区にある。
こことは違い、自然豊かな土地だ。
僕のような清らかな人間にこそ相応しい。
あとはルオンとか。
……一年前、ルオンは一足先に潜行者養成学校へ入学していた。
この下三層十三区は、潜行者と共に生きてきた街だ。
サポーター志望として入学する者も多い。
入学年齢に明確な決まりはないが、僕のように十二歳くらいで入るのが一般的だった。
スズは意外なことに、入学を遅らせていた。
まあ、資格云々を抜きにすれば、ジャンク商会で学べることの方が遥かに多いだろう。
腐っても英雄たちだ。
何はともあれ、来週、僕はこの住み慣れた街を後にする。
あれほど疎ましく思っていた英雄たちだが、離れるとなると、僕とて少しは寂しい。
今日は入学祝いを兼ねた、すき焼きパーティだ。
今日くらいは、みんなを労おう。
僕はそっと、心に決めたのだった。




