吾唯足知《われただたりたるをしる》、受け入れろ、和尚様はエンジェルでした
あの生放送から数日後のことだ。
和尚様が、僕とスズを本堂に呼んだ。
本堂には観音菩薩さまが祀られていて、その頭のところに蝉の意匠が施されていることから、この寺は空蝉寺と呼ばれるようになったらしい。
……僕のインテリジェンスが上がってる気がする。
まあ、こんだけ寺に通ってて、本堂の掃除なんて嫌というほどやってるのに。
今さらながら、仏像の頭にセミを見つけた僕が「セミおるやん」と騒いだため、スズが今しがた教えてくれたんだけどね!
だって、呼んだくせになかなか来ないんだもんよ、オーク様。
ギシギシと重い足音を響かせて、ようやく和尚様が姿を現す。
その手には、年季の入った、けれどよく手入れされた杖が二本持たれていた。
光刃も出る、銃剣型のものだ。
僕たちの前にドカリと腰を下ろす。
スズがすかさず和尚様にお茶を差し出した。
「すまんな」
そう言って、和尚様は一息つく。
こういう積み重ねが、殴られない秘訣なんだろうか?
そういえば、僕の前にもいつの間にかお茶が置かれていた。
「すまんな」
和尚様の真似をして礼を言えば、
「何を偉そうに言うとるか、バカタレが」
普通のテンションで怒られた。
自分も偉そうに言ったくせに!
「まあ、良い。何から話そうかの」
和尚様はしばらく考えてから、
「お主らの鍛錬は、今日で一応終わりじゃ」
唐突に告げた。
というのも、ミコトさんから和尚様が頼まれていた期間は三年。
それが、もう過ぎようとしていたのだ。
月日は早いもので、この寺に来てもう四年目に入る。
……というか、素振りと、めちゃくちゃ型通りの模擬試合しかしてないぞ?
僕の顔から何かを感じ取ったのだろう。
「もともと、ここは子供らの手習いの道場じゃ。剣術はおまけよ。
お主らは、よう腐らんと頑張った」
和尚様は良いことをすると、よく褒めてくれた。
だが、今のトーンはなんだか違うというか。
「そうじゃの。まずは儂のことから、話さねばならんな」
そう言って、和尚様は急に袈裟を脱ぎだした。
おい、待て!
露出が趣味とか急に言われても、流石の僕も受け止めきれないぞ!?
和尚様は僕らに背を向ける。
火傷の痕。刀傷。銃創。
左腕は肘から先がない。
思わず目を背けたくなるような、痛々しい姿だった。
「儂は天使じゃ」
僕は思わずお茶を吹き出した。
「なんじゃ、汚いのぉ」
厳つい顔を、さらに厳しくしかめる。
その顔で何が天使じゃ!
お前が天使なわけねーだろ!
豚の王が何言ってやがる!!
……思わず口汚くツッコミそうになるが、この世界の天使っちゃあ、アレだ、アレ。
「和尚様も、人造天使なのですか?」
スズが尋ねる。
そう、それだ。
決して僕のマイエンジェルじゃない。
あの凶悪な方の天使だ。
「でも、それはおかしい」
いや、まあ、オークが天使なのはおかしいが、もと軍属が人造天使なのは別におかしくない。
自分で考えてて、なんか混乱してきた。
スズのおかしいは、そういうことじゃないはずだ。
和尚様は服を正し、再び僕らの前に座った。
「人造天使の傷はいずれ治ります。腕だって生えてくるし……それに、和尚様は、その、お年だって召されていってる」
そういえば、人造天使は年を取らないし、傷も治る。
年を取ってから、神の血を入れたのか?
和尚様はコクリと頷いた。
「スズは正しい。じゃが、少し違うのぉ。
神の血は、人の欲によって進化するのじゃ」
人がまず恐れるのは死。
そして、老い。
まずそこに変化が現れる。
異常な回復力と不老。
多くの人造天使が、最初に得る力だ。
「しかし、その限りではない。
死を恐れず、老いを受け入れたなら、人造天使とて年老い、やがて死ぬ」
和尚様は、つまり受け入れたのだ。
「この寺にある手水鉢に書かれとる文字を知っとるか?」
「はい、あの茶室の前にあるものですね。
吾唯足知」
和尚様は満足そうに頷いた。
なるほど、何のことかさっぱり分からん。
んなもん、あったか? 庭に?
嘘だろ、手水鉢の記憶すら曖昧だ。
睡蓮鉢のメダカのエサはヒミコちゃんと良くやってるけど。
「人の欲は限りない。
人造天使に限らず、過ぎた力はいずれ身を滅ぼす。
ミコトも儂も、それを危惧した。
だから、お主らの心を鍛えることを、まずやった」
それが、あの型通りの素振り。
勝つ方と負ける方が決まってる模擬試合か。
負けることが決まってるのに、負けたあと「参りました」って言わなきゃいけないやつ。
なんのこっちゃ?と思ってたけど、そういうことなのか。
「あのバカタレどもに教えを請えば、いずれ人外の高みに届く。
しかし、そのとき力に振り回されては、元の木阿弥じゃ」
和尚様は僕たちに、持ってきた二振りの杖を置いた。
「一つは英雄、アゲハお前が以前使っていた杖じゃ。
これはヌシに返そう。
もう一つはワシのお古じゃな。
コレはスズ、ヌシに託そう」
……よく分からんが、つまりは。
「明日からは、また、テオたちに鍛えてもらえ」
……嘘だろ!!!!?
僕は大慌てでスズを見る。
スズは泣きそうな顔をしていた。
そりゃ、そうだろ。
また、あのバケモノどもにしごかれるとか、たまったもんじゃねーもんな!
ふざけんな!
最後まで面倒見ろや!!
「……良かった、良かったですね、アゲハさま!」
スズは、喜びに打ちひしがれていた。




