戦慄と破壊の天使……でも一番すごいのはシトロお姉様です?
***《地下坑道にて》***
そこは地下の、かなり深い地区だった。
同行を任されたベテランの上位クラス潜行者や、政府直属の坑道管理兵団ですら、滅多に足を踏み入れない。
大講堂と呼ばれる場所だった。
これから、スタンピード——そして、伝説級巨大蛇を相手取るのだ。
嫌が応でも緊張は高まった。
生きて帰れる保証はどこにもない。
そこにいる皆が、死を覚悟していた。
——いや、三人だけは違う。
ピクニックにでも出かけるが如き気楽さだ。
「撮影係に選ばれたら、私、アゲハくんに良いとこ見せられないじゃ〜ん、ショックぅ」
「何がショックだ。朝からやってたスズへの洗脳活動を、俺は見逃してないぞ?
何が『実は一番凄いのはシトロお姉様ですよね』だ。バカじゃないのか?」
「ふふふ、不毛な争いはお辞めください。
こういう時、一番映えるのはセンリツにございます。
皆様方は、撮影と踊りよろしくです」
この状況を分かっているのかいないのか、頼みの三英雄は、明後日の方向の言い争いに忙しい。
見た目も、英雄というよりも、うら若き乙女達というか。
なんなら、一人、メイドすら混じっている。
「あ、あの……皆様方、我々へのご指示は?」
討伐隊を指揮する高官が、おずおずと尋ねる。
最後までこの放送に反対したミコトが、
「こんなバカげた余興に付き合えるか」
と不参加のため、現場指揮を任されたのだ。
三人は男の言葉に、心底キョトンとした顔をする。
「は? 勝手に死ねよ」
「センリツは、指示とかそういうのは、よく存じません」
冷たく突き放す二人に、苦笑いを浮かべるシトロ。
まったく、この二人は……という顔をしつつ。
「何もしなくて良いよん。
足手まといだから、私の結界の中から動かないでね!」
二人と大差ない、ひどい言葉を投げかける。
討伐隊は戸惑うほかなかった。
だが、撮影が始まり——そこにいる全員が理解する。
防壁によって、迫りくる蛇たちは皆、粉々に砕かれる。
違う。
到達する前に、粉々になっているのだ。
自分たちなど、はなから必要ではなかった。
決戦用魔唱兵器・型番・戦慄。
そして、最凶最悪の赤い悪魔、テオ・ドール。
複数の演算魔導器と魔術を並行運用する化け物、玻璃珠の魔女シトロ。
この三人が居れば——全ては事足りたのだ。
***《アゲハ》***
放送が始まった。
映し出されたのは、センリツだった。
だだっ広い地下空洞に、たった一人で立っている。
センリツが規格外な存在だということは、よく知っている。
けれど、こうして見ると何故だろう。
大丈夫だと分かっているのに、なんだかソワソワした。
テレビとは思えないほどの無音。
……違う。
センリツの声が低すぎて、聞こえていないのだ。
センリツの白い髪に、波紋のような黒が走る。
始まった。
黒い波紋は、やがて間隔を狭めるように広がっていく。
そして――聞こえてきた。
低い、低い、男のような声。
民謡のような、ただ静かな歌声だった。
歌に合わせるように、黒が白を侵食していく。
やがて、センリツの髪は完全な黒へと染まった。
徐々に音階が上がっていく。
ただ、ただ、静かな映像。
撮っているのは、きっとシトロさんだ。
カメラワークで分かる。
あの人はヤバいマッドサイエンティストだけれど、センリツのことを本当に大事にしている。
だから、一番映える撮り方を分かっているのだ。
センリツの前で、黒ぐろとした何かが蠢いていた。
広場を埋め尽くすほどの大軍勢。
蛇だ。
硬い外殻に覆われた、虫と人を掛け合わせたような怪物。
大小さまざまな蛇たちが、まるで一つの生き物のようにうねっている。
生理的嫌悪感。
本能が拒絶するような悍ましさだった。
センリツの歌声が響く。
黒髪の中に、青や紫が滲むように煌めく。
時折混じる白。
それは賛美歌のようであり、オペラのようでもある、厳かな歌だった。
不愉快な黒い山が、一瞬震える。
そして、その動きが目に見えて鈍った。
映像が止まる、音声が消える。
その瞬間だった。
歌声が、反転する。
ロックのように震える、力強い歌声。
センリツの髪が、赤、黄色、オレンジへと輝き始める。
さらに金色、銀色の輪が幾重にも空間へ広がっていった。
音が反響する。
その力によって、蛇たちは引き剥がされ、砕け、消滅していく。
音波による全方位殲滅。
戦術級兵器と呼ばれるセンリツの真骨頂。
絶叫。
絶頂。
七色の光と歌声が、あらゆるものを壊し砕く。
そして――舞台が整えられる。
───静寂。
そこに現れたのは、赤い悪魔。
そして、巨大すぎる蛇だった。
センリツの歌声が再び響く。
それは悲しい鎮魂歌のようであり、英雄を讃える讃歌のようでもあった。
その歌声の中を、悪魔――いや、違う。
機械的な擬似翼を付けた赤い天使が、すべてを蹂躙する。
テオは、あの魔法使いたちとの戦いの時と違って自由だった。
その姿は狂気。
その剣は凶悪。
けれど、その力強さは、何よりも、誰よりも美しかった。
***
「アゲハ談、総評」
パチパチパチパチ、と拍手しながらスズが目を輝かせる。
生放送を見終わったあと、しつこいくらい感想を求められた僕は、語りに語った。
なんだかんだで、こいつもヤバいやつ側の人間であることに変わりはない。
たまに、媚びとかないと。
いつ洗脳が解けるか分かったもんじゃないからな。
スズにはちょっと大げさに、ちょっとそれっぽく語った方がいい――という僕の読みは正解だった。
さすが僕。
スズはめちゃくちゃ満足げだ。
よし、これで解放される。
こういう時は、さっさと退散するに限る。
僕がスズから逃げるように立ち去ろうとすると、スズは慌てて僕を引き止める。
まだ、何があるというのか。
スズは喉の調子を確認し、整えてから。
「でも、実は一番すごいのはシトロお姉様ですよね!」
言った。
……なにが?




