これは戦うながれです……いいえ違うはずです!
ニヤケ顔でスズの鍛錬を観ていると、遠くの方で叫び声のようなものが聞こえた気がした。
悲鳴……か?
まさか、こんな街中で騒動なんて起きないだろう。
それに、問題ごとが起こっても、どうせテオがどうにかする。
それかシトロさん。
二人がいなくても、センリツがいるし。
——そう思った。
だんだん近づいてくる叫び声と人のざわめきに、僕はふと我に返る。
スズも手を止めて周囲を警戒していた。
ほんとに何か起きてるのか?
テオは千石楼……か?
シトロさんは朝から姿を見ていない。
センリツは——
ついさっき、買い物に出たばかりだった。
広場の一角が、はじけ飛んだ。
——音が、遅れて来た。
さっきまで響いていた悲鳴は、もうない。
というか——静かすぎる。
……これ、ほんとにヤバいやつか?
土煙の向こうに、影が揺れる。
やがて、それがはっきりと見えてきた。
黒の神父服。法衣。
その胸元に刻まれた、天と元の文字。
——最悪だ。
僕は乾いた唇を舐める。
やっべーやつが、来た。
『天元』
天元とは、旧政府を“神の使徒”と信じ、新政府を“悪魔”と断じる連中。
残虐非道なテロリストだ。
捕まれば殺される。
いや——殺されるだけなら、まだマシだ。
***
スズが木刀を構える低く、しっかりと。
「テオか?」
一人の男が言った。
若い。二十歳そこそこ。
だが、天元の主戦闘員のほとんどは、人間復興の戦いの生き残り。普通ならそんなに若いはずがない。
……人造天使か。
あいつらは、年を取らない。
そいつは僕らを見て、首を傾げている。
テオかどうかを判断しかねているらしい。
四歳児と六歳児を見て英雄だと思うか、普通。
「どっちでもいいさ。どうせ殺す」
別の男が答える。
三人とも、血走った焦点の合わない目をしている。
それに、先ほど、広場の壁を吹き飛ばした凄まじい力。
……なるほど、なりそこないだ。
本で読んだことがある。
人造天使とは神の血を入れられて生まれる、人工的に作られる天使。
天然の天使がいるかどうかは知らない。
なんか空の上にいるとか、いないとか。
まあ、それは今はいい。
人造天使は適性があれば“完成体”になる。
だが——失敗すれば。
力は得られるが理性を失い暴走し、やがて燃え尽き、灰になる。
つまり、こいつらは昨日今日、神の血を入れられた、いわゆる使い捨ての下っ端ってやつだろう。
だからテオの顔も容姿も知らない。
スズも気づいたらしい。
……なら、待てばいい。
時間が経てば、あいつらは勝手に消える。
商会の人間に任せて、僕らは逃げればいい。
そう思って「逃げよう」と、口を開こうとした。
横を見る。
傷だらけの女が、子供を抱えていた。
逃げ遅れたのか、それとも吹き飛ばされたのか。
スズは戦いの構えを解こうとして、そして、やめた。
……助ける気か?
バカげてる。
もろとも死ぬ。
あいつらは時間制限があるだけで、能力は本物と変わらない。
生身の人間がどうこうできる相手じゃない。
それは勇気じゃない。
無謀だ。
「まだ、ゴミムシがいたか」
男の一人が、親子を見て口の端を上げた。
スズは二人の前に躍り出る。
「へへ……はは、面白いなぁ。ゴミがゴミを庇ってやがる!」
男が剣を振るう。
人の力を逸脱した一撃を、スズは木刀でなんとかいなす。
だが、パワーが違いすぎる。
男は、もて遊ぶように——いや、弄んでいるのだ。
また一撃、二撃とスズに放つ。
「ほらほら、どうした! 必死に守らないと、後ろのゴミと一緒に挽肉になるぞ!」
流石はシトロさんの謎素材の木刀。真剣の斬撃を受け止めている。
というか、「ゴミなのに挽肉」ってなんなんだ。
そういう微妙な言い回し、めっちゃ気になるんだよなー。
……いや、それどころじゃない。
なんとか防いではいるが、時間の問題だ。
スズは下唇を噛み締め、「早く逃げろ!!」と後ろの親子に叫ぶ。
自分より他人かよ。まったく、馬鹿じゃないのか。
付き合っていられるか。
女は子供を抱えて立ち上がり、礼も言わずに逃げ出していく。
ほら見たことか。
僕は背を向ける。
逃げるんじゃない。
戦略的撤退だ。
スズとここで戦っても勝ち目はない。
「そら、頑張れ!」
男の声に振り返る。
スズが錐揉みしながら吹き飛ばされていた。
それでもスズはふらふらと立ち上がり、親子を守るために木刀を構える。
アホだ。本当にアホだ。キングオブアホだ。
まあいい。
賢い僕が、すぐに助けを呼んできてやる。
それで——
その間に……戻ったころにはスズも親子も殺されてて……。
クソ、クソ……クソ!!
僕もアホだ。
「分かってんだよ! 行けるわけないだろ!!」
どうしようもない苛立ちに、僕は雄叫びを上げた。
──よく、気がつきましたね
何もない空間から声がした。
男がまるで空間を脱ぐように現れる。
ローブのフードを取ったのだ。
迷彩術式が施されていたのだろう。
手にはライフルのようなもの——杖だ。
魔法使い。
「で、どうするつもりです?」
男が笑う。
「私達と、人造天使を、その棒切れで相手するつもりですか?」
僕は、自分の手に握られた木刀を見る。
……なんでこんなもん持ってんだ?
いや、分かってるよ。
スズにやる気だけは見せとこうと思って、僕が持ってきたやつだ。
なんか、勢いでしっかり構えちゃってるね。
——最悪だ。
完全に、“戦うやつ”だと思われてる。
いや、というか新手さん。
僕の心の雄叫びに、そんな律儀に反応して出てこないで下さいよ。
ちょっと感極まっただけで、あなたと戦うつもりなんて、これっぽっちもないんですよ?
いや、マジで。




