暖簾分け?なんだか不穏です?
「ここ中層で暖簾分けしようかと思ってんだ、ダンマによ」
玉のおいちゃんが言った。
……はあ?
金将会が暖簾分け?
何言ってんだ?
金将会の分家は、将棋の駒の種類で決まっている。
銀は銀。
角は角。
飛車は飛車。
その中で上を目指し、最後には『成って』組長になる。
頭が代替わりすることはあっても、新しい駒が増えることはない。
それを今更、暖簾分け?
僕は思わずダンマを見る。
ダンマも、なんとも言えない顔で話を聞いていた。
そもそもがだ。
ここは中層。
どこの勢力にも属さない、永久中立区画である。
あの人間復興の戦争のさなかでさえ、不可侵だった土地だ。
上層には新政府。
下3層には、金将会をはじめとした潜行者組織。
商業区には大小様々な商会や企業。
それぞれの思惑が複雑に絡み合い、そのどこにも大きく傾かないことで成り立っている場所だ。
そんなところへ、下3層でも有数の暴力組織が堂々と看板を掲げる。
それだけでも、厄介事の火種にしかならない。
しかも、その音頭をダンマに取らせる?
ダンマが有能だとか無能だとか、僕がコイツを好きだとか嫌いだとか、そういう話じゃない。
むしろ、金将会の人間としては相当有能なのだろう。
それでもだ。
中層で新しい看板を掲げるなんて話は、ダンマ一人に背負わせる規模じゃない。
金将会が中層へ無理を押し通し、その矢面に立つのは、ここで看板を背負わされたダンマなわけで。
良くて、各方面がどう動くかを見るための撒き餌。
悪く言えば、何かあった時には切り離せる生贄だ。
……いや。
でも。
僕は玉のおいちゃんを見る。
おいちゃんがダンマを可愛がっていることくらい、僕だって知っている。
そんな使い潰し方をするか?
テオは涼しい顔をしていた。
『そういう話しましたけど、何か?』
みたいな顔をしている。
いや、待て。
テオも了承してんのか。
僕は一度、口を開きかけた。
けれど、閉じる。
ジャンク商会や玉のおいちゃんが何をどうするかに、僕が口を出す筋合いはない。
テオは適当で、大雑把で、周りの都合なんてあまり意に介さないけれど。
馬鹿ではない。
それに、不義理じゃない。
おいちゃんだって、ダンマを捨て駒にするような人じゃない。
なら、僕が何かを見落としている。
そもそも、そんな立場でもない僕が、横から口を挟むような話じゃない。
ダンマ本人も何も言わなかった。
ただ、玉のおいちゃんを見ている。
これは、
『ここで金将会の看板を掲げて、シノギを始めろ』
そんな単純な話じゃない。
だからこそ、わざわざジャンク商会の商会長であるテオに先に話を通したのだ。
そこには、何かしらの思惑がある。
「ダンマにはさ、金将会から離れてもらおうと思ってんだよ」
玉のおいちゃんは、静かに言った。
ダンマの腰が浮いた。
口を開き、そのまま立ち上がりそうになって――止まる。
腰を下ろす。
何も言わない。
僕ですら、今の一言には思わず口を挟みそうになったのに。
普段はあれだけ口が悪くて、短気で、向こう見ずで、僕相手なら頼んでもいないのに好き勝手喋る男が。
玉のおいちゃんの言葉が続くのを、黙って待っていた。
「いや、なにも、こいつをうちから外そうって話じゃないんだよ?」
そう言って、おいちゃんは煙草を咥えた。
その瞬間には、もうダンマが火を差し出していた。
いつもと何ひとつ変わらずに。
おいちゃんは煙を一つ吐く。
「うちも、随分古くなってきたろ?」
ダンマは何も言わない。
「そいで、新しい試みっていうの? アニキんとこと一緒になってさ。まあ、なんか始めようかって話でさ」
随分ふわっとしている。
「そいで、こいつなんか、ちょうどいいんじゃないかって話になったんだよ」
へへ、と、おいちゃんは笑った。
ダンマは笑っていない。
けれど、口も挟まない。
「まあ、何でも屋っていうかさ。ここには上の偉い人とか、商人とか、色々来るじゃんよ?
そういう連中の護衛でもやらせようかなって。要は身辺警護っつーの? そういうのをさ」
なるほど。
それなら、一応は筋が通る。
ジャンク商会の傘下で別の看板を掲げるなら、金将会そのものが中層へ進出してきた形にはならない。
中立区画だからこそ、どこか一国、一派閥に直接属さない護衛役には需要もあるだろう。
まして、どこからもそう簡単には文句をつけられない│ジャンク商会が後ろ盾だ。
……まあ。
ただ、なんだろう。
ものすごく嫌な予感がする。
「んでさ」
おいちゃんが、僕を見る。
いや、待て。
こっち見ないで。
「こいつには、しばらくアゲハちゃんの護衛を頼もうかなって思ってんだよ」
……。
僕はダンマを見る。
ダンマも僕を見た。
「…………」
「…………」
なんでだよ!?




